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研究開発現場マネジメントの羅針盤 〜忘れがちな正論を語ってみる〜

第19回 企業内研究者は顧客価値を語るべし

  • R&D・技術戦略
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塚松 一也

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 一般の企業内研究者は、将来、なんらかの社会価値・顧客価値に結び付き、自社の収益につながる研究をすることが基本的な役割である。もちろん、直接的に商品のキラーテクノロジーとなる技術もあれば、基盤的・共通的・支援的に貢献していく技術もある。時間軸での長短の違い、直接・間接の違いはあれ、企業内研究者は自分の研究がどのように社会価値・顧客価値に結び付くのか、どう世の中の役に立つのかを語る必要がある。

 上から降ってきたテーマや、顧客や後工程から依頼されたテーマではなく、自分が「これを研究したい」と思った研究テーマを提案する場合は、特にその説明は重要となる。

 とはいっても、世の中に広く分かってもらえるような、普遍性が高く客観的データも充実した説明をする必要はない。社内の研究投資の意思決定者に理解してもらい、しかるべき研究予算(お金とリソース)を確保するというのが、社会価値・顧客価値を説明することの目的である。落とすべき相手(理解してもらう必要がある相手)は、特定の人である。この点を間違えてはならない。

技術のすごさ(すばらしさ)でなく、顧客価値を語る研究者になれ

 「この技術、すごいでしょ。こんな機能です。こんなに性能が高いんです。こんな特性があります」など、技術を主語にしてその機能・性能・特性の良さを言うだけでは、社会価値・顧客価値を説明したことにならない。その機能・性能・特性を生かして、どのような商品(製品・サービス)に活用できるのか、生産技術であればどのような生産に活用できるのかをいうことが説明できて、初めて価値を語ったことになる。

 ここに一つの転換点がある。主語が技術ではなく、商品あるいは社会や顧客にならないと、価値を語っていないことになる。例えば、「技術として○○ができることによって、商品(製品・サービス)として○○が具現化され、それは従来の顧客の困りごとがなくなる(減らす)ことにつながる。顧客の問題解決ができる」というように、顧客がうれしくなるストーリーでなければならない。

 ここでいう社会価値・顧客価値とは、従来に比べて安くできる(コストダウン)、従来に比べて速くできる(スピードアップ)というような、従来との比較で良くなる(改良・改善)という価値だけではない。これまで「それをやろう」とすら思っていなかったことを「やりたい」という需要(欲求)を生み出すことにもつながるという新カテゴリーの創出、いわゆるイノベーションも含む。

 新カテゴリーの創出やイノベーションの場合は、それより前にその需要が顕在化していないだけに、その価値を丁寧に説明しても周りの人には初めのうちは分かってもらえない(共感を得ない)かもしれない。しかし、「この価値に顧客はやがて気付き、新たな需要を生む」というストーリーは必ず必要である。

 研究の実務は、新しい技術を確立することや開発に先立つプロトタイプをつくり上げることだが、価値を説明するには自らの研究実務の範囲を超えて語る必要がある。

企業内研究で研究価値を説明すべき範囲

研究者だけに「いくら儲かるの?」と問い詰めるのは酷

 研究がもたらす社会価値・顧客価値を研究者自らが語ることは、近年はほぼ普通に求められるようになっていると思う。その中で時々、価値を語るだけでなく、その将来の収益貢献額まで算出しろと研究者に迫っているケースを見掛けることがある。「どういう商品になるのかは分かった。で・・・」と切り出され、「それでいくら儲かるの?」や「その市場規模はどのくらいなの?」「シェアはどのくらいとれそうなの?」といった質問が研究者に投げられるという構図である。

 確かに市場規模や収益を知りたいというトップの気持ちは分かるが、それらの数字まで求めるのは少し酷だと私は思う。市場での売上額などはさまざまなパラメーターが絡む世界である。それらを面倒と思う研究者もいるだろうし、勢いで適当な数字を言うことに抵抗がある研究者も少なくない。

 技術の世界だけに閉じていては駄目で、なんらかの活用イメージが湧くような話をする必要があることに異論はない。そこまでは、民間企業に所属する研究者はぜひやるべきだと思う。しかし、その価値が将来、どのくらいの大きさの市場を生み出し、その中でどのくらいの売り上げを自社が得ることができ、そしてどのくらい利益を生むのかまで、そのテーマの発案者たる研究者に「数字を言え!」と迫るのは少々行き過ぎのように思えてならない。

周りも協力して事業・商品の魅力を判断する


 価値の可能性を商品イメージ(活用イメージや市場のイメージ)の形で語りさえすれば、あとは発案した研究者だけでなく周りの人(マーケッター)などが協力して市場規模などを想定するという連携プレーをとるべきである。いやむしろ、連携プレーにしたほうが市場の見方も多面的になって、いい効果をもたらす。商品イメージさえ湧けば、市場規模の推定を直感的にできるセンスのいい人もいるはずである。

 新しいことをテーマに掲げる研究者は、市場規模を想定する力を養うだけでなく、そういうセンスのいい人など周りの人の協力を得られるようにしておくことが大事だと思う。

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