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第3回 タイ製造拠点における仕組みづくり① ―製造プロセスの立上げ―

 本コラムでは、製造拠点のアジア展開についてタイを事例として取り上げます。アジア製造拠点の実態や今後の方向性について筆者がタイ製造拠点を支援した経験から、拠点運営を成功させるための課題や処方箋を解説していきます。第3回となる今回は、タイの製造拠点における仕組みづくりとして、高い生産性を実現する製造プロセスをつくるうえで大切なポイントについて説明します。

タイの製造プロセスを立ち上げる際の課題を整理する

 タイで製造拠点を展開している企業は、多くの場合日本国内での製造プロセスを移管しています。しかし、日本国内の製造プロセスのように正常な生産ができてない企業が多いのが実態です。これらの課題について製造プロセスの立上げという観点で2つの問題について整理したいと思います。

 1つはプロセスそのものを立ち上げる、すなわち新しくラインや設備を設置して量産していくうえでの問題です。2つ目は新製品やモデルチェンジ製品の量産を行っていく、いわゆる量産立上げの問題です。

新しく生産ラインや設備を設置するときの課題

 タイにおいて新しくラインや設備を設置するうえで非常に大切なのは、単純化・標準化された作業設計となるように工程設計を行うことです。日本国内の製造プロセスをそのまま移管すると問題を起こしやすいと考えることが重要です。

 日本国内のプロセスは古くから小集団活動やQCサークルなどを通じて現場の工夫が多く盛り込まれています。また、高いスキルを持った熟練作業者を前提とした工程になっていることがあります。過去からの改善ノウハウや熟練者の作業を前提条件として、タイに製造ラインを設置すると、多くの場合不具合が発生し、管理ができない状態になることが多いのです。

 筆者もそのような現場を数多く見てきました。たとえば、日本でセル生産を行っている組立作業があり、タイにそのまま移管したところ、生産性は一向に上がらず、不良も減らないという問題が継続して、日本でかつて行っていたようなライン作業(分業)体制をあえてつくったという企業もありました。日本国内では高いスキルを持った作業者が図面を見て組み立てるという作業をしており、実際には図面を読み取り、それを組立手順に展開し、実行するという高いノウハウが必要だったのです。ところが、タイでその生産方式は十分機能しなかったということになります。過去には日本でも生産方式に関してライン生産方式とセル生産方式どちらがよいのか、という議論がありましたが、その本質を知らずに今の生産方式をそのまま移管してしまって無理が生じた例ということができます。

 海外で新しく生産ラインや設備を設置するときには分業レベルを考慮して工程設計を行うことが重要です。

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 また、別の企業では鋳造設備を導入して鋳造部品を生産していましたが、1回の切替え時間に数時間もかかるため稼動率が低下、さらに生産しても金型に起因する不良が多発している状況でした。切替え作業の方法や金型のメンテナンスに関しては日本国内で標準手順書を作成して、その英訳版を作業者に読ませて作業させていました。ところが作業者が英語で書かれた作業標準書を正確に理解できないうえに、内容そのものも表面的な手順の記載しかありませんでした。本来のノウハウは高いスキルの作業者に属人化していたため、タイの拠点には技能が伝承されないのです。これは、ある意味では日本国内(日本の作業者)の生産性の高さを裏付ける事例ですが、海外で生産ラインや設備を立ち上げる際にはこのように単純化・標準化が進んでいないと大きな問題を引き起こす可能性があるのです。

新製品やモデルチェンジ製品を立ち上げるときの課題

 既存ラインや設備を用いながら、新製品やモデルチェンジ製品の量産を立ち上げるうえでの問題について整理します。

 タイ製造拠点の展開が進んでいるとはいえ、設計/開発部門は日本国内にある、という企業が多いのが現状です。試作までは日本国内で行い、量産試作、量産を現地で行うという企業が多いと思います。量産試作、量産立上げは日本人技術者が現地に出張して行うことも多く見受けられます。

 実際に起こる問題としては、量産試作、量産立上げを日本人の出張者が行い、量産を現地メンバーが行うときのつなぎが不足していることが見受けられます。日本人技術者が現地で設備を操作し加工して良品を製造する、ところがその際の製造条件がしっかりと現地に引き継がれないというのが現地で起こりやすい問題です。具体的な例としては、NC加工機で使用するツール、プログラム、求められる精度を出すための条件設定、精度を確認する検査方法など設定しなければならないことは多岐にわたりますが、当初決めたものが量産段階で守られないということが起こるのです。このようになる原因は複数考えられます。日本人技術者(出張者)の条件設定の甘さ(単純な設定のみで、量産時の変動を加味していない)や、日本人技術者(出張者)と現地メンバーとのコミュニケーション不足、量産段階での現地メンバーのマネジメント不足などです。

安定した製造プロセスを早期に実現するための処方箋

 これまで説明してきたように、単純化・標準化したプロセスを設計し、守るべき標準や製造条件を現場で遵守させることが安定した製造プロセスを早期に実現するために必要なことです。新規にラインや設備を設置するときには、現地の作業者の技能レベルを見極めたうえで、ライン(分業)方式を検討することも重要です。また、量産立上げにおいては量産時を想定した製造条件を設定し、遵守できるような現場への落とし込みと遵守されるように管理することが非常に重要です。

 こられのことを実現するには、現地のガンバリだけではなく、生産技術部門や開発設計部門を中心とした日本からの支援方法や体制を改める必要があるでしょう。たとえば、現地の技術者、管理者を交えた工程設計や立上げのプロセスを確立する、現地生産技術者を強化するための実践教育を強化する、量産開始時点だけではなく安定生産までを常駐してフォローするなど、これまでのやり方を見直してみることです。

 第3回はタイ製造拠点の製造プロセスの立上げという観点でどのような問題が生じているか、その問題を解決するために大切なことは何かということを解説しました。次回は立ち上げたプロセスをより高いレベルに改善する「製造プロセスの生産性向上」について、具体的事例を交えて整理します。

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