第9回 人づくりの原点を見直す 〜経営トップが考えメッセージする人材育成のあり方〜

成果主義の次へ! キーワードは“貢献”

必ず返ってくる人材への投資 5年後、10年後大きな実力差へ

企業の付加価値をつけるための投資を考えたとき、さまざまな項目が対象としてあがるだろう。だが、伊藤は「人材への投資だけは無駄になるということがない」と断言する。「たとえば設備投資は需要との関係でマイナスの影響をもたらす可能性があります。けれども、人を育てるという投資は、成長率が予想通りでなかったとしても成果がゼロということはありません。時には、相手が思うようには育ってくれないこともあるでしょう。でもそれでいいのです。人材育成とは、本人の可能性を引き出すことです」また、人と組織が学んでいく力次第で、5年後に5倍、10年後に10倍の成果をあげることも不可能ではない。「同じ年数の社会人経験を積んだビジネスパーソンの間に、数倍の実力差ができることがあります」
では大きな成果をあげる『学ぶ力』の実態とは、どういったものなのだろうか?単に講座やセミナーに出席して知識や経験を得ただけでは、組織としての力にはなりにくい。伊藤は“学びの実力段階”を10のステップとサイクルでとらえている。1つめのステップである『実践』、そこから得たことを語る『教訓』の2つめまでは、手がけている企業も多いという。「3つめの『反復』、つまり継続になるとだんだん数が減ってきます。続けて得たスキルをナレッジ化する『原則』、全員での『共有』、後輩への『伝承』、新たな気づきを得る『触発』と気づきからの『探索』、そして逆の見方をする『否定』、優れた学びは1つのステップに進むと、自然にその先が開けていきます。最終的には『学び方』そのものを見直してよりよいものに刷新し、新たな『実践』へとつながっていきます」このサイクルが稼働することで、具体的に“10倍の格差”への道筋が見えてくるのだ。

学ぶ力をさらに伸ばす ポイントはモチベーションの向上

人材育成には個々人のモチベーションをどう維持・向上していくのかという現実的な問題もつきまとう。特に、現在の企業が直面している全世界的な不況のなかでは、どうしても暗いニュースばかりが目立ちがちだ。「未来について無責任なことはいえないものですが、前に進もうというときに必要なのは、将来への意志、そして展望ではないでしょうか」これほど変化が急で先が見えない状況下では、想定外の事態も起きてしまうだろう。しかし、世の中が閉塞している状況だからこそ、企業や経営トップは展望を持つことが重要だ、と伊藤は指摘する。「将来に向けたステップとして具体的な成長がイメージできる目標を見せてあげることです。遠くを見渡せる爽快感が活力になるのです」
もうひとつ重要な点として、伊藤は“存在感”をあげる。20年ほど前にある企業でのコンサルティングの現場で生まれた言葉だという。「それ以来、存在感という言葉を味わい、考え続けてきました。組織のなかで人が充実感を味わうには“周囲に認められること”がとても大切なのです。企業のなかで設定された役割に沿って自分はこれがやりたいと目標を持ち、それを達成し、成長したと感じる…… その上で、他者にその成果を認めてもらうことによって、人は自分の存在を強く感じ、新たな役割に向かって前進していける。このサイクルが、人と組織を活性化させるのです」つまり、成し遂げた結果への適切なフィードバック・コミュニケーションが人に存在感を与え、自分がその組織のなかで役立っているという実感になるというのだ。「存在感を感じたかったら存在感を人に与えること。それが人と組織をいきいきさせる環境づくりにつながります」

開拓と伝承の両輪で生み出される人材育成

革新テーマを掲げ、新しいことに挑戦している企業は数多く存在する。だが、それが新たに「教えるに足る事柄」を見出す“開拓”プロセスだと意識している企業は多くはないだろう。同様に“伝承”プロセスも十分にできている企業ばかりとはいえない。「一例をあげれば、高度な職人的技術を必要とするメーカーでの後継者問題があります。採用抑制による後継対象人材の不在もありますが、後継者を育てることが先輩のミッションである、という意識の欠如が最大の原因といえるでしょう。これはごく一般的に見られる問題です」過去の開拓サイクルでの経験や方法が、すべて役立つものとは限らない、だからこそ、開拓サイクルを回し続ける必要がある。伝承サイクルと開拓サイクルの連動が必須となるのだ。「これは育成の大前提ですね。新たな挑戦から教訓を抽出し、それを情報や知識に変えて後進に伝えて人材育成は完結するのです」逆に考えれば、このような開拓と伝承の双方を行える人材を増やさない限り、充実した人材育成を行うことは難しいともいえる。管理職でも、開拓サイクルだけを手がける人材は数多くいるが、本来はどちらもできることが望ましい。「後継者を育成して初めて“マネージャー”といえるのではないでしょうか」
そして人材育成は、管理職に限らず、これまで企業を支えてきたベテラン層の重要な役割ではないかと伊藤はいう。「年齢差のある若手とのコミュニケーションは簡単ではありませんが、そこから逃げてはいけません。対話の姿勢を持ち、ベテランこそ学び続ける姿勢を見せることが後進を育てることにつながるでしょう。そして、成果主義の先にある考え方『貢献主義』が重要になると考えます。成果ではなく、人や組織や社会に役立つこと、尽くすこと=貢献が求められています。自分の経験や役割を次代に受け継いでいくことは大変大きな貢献であり、やりがいにつながるはずです」過去を振り返り、次世代に生かすことによって前進するとともに自分の存在意義を見つける。それは企業に限らず、社会が普遍的に目指す姿だろう。

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