ビジネスインサイツ58
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残念なことに、この水性マニキュアは市場に浸透させる ことができませんでした。その技術自体はたいへん優れて いましたが、強い知財網を構築しすぎたがゆえにフォロ ワーがつかず、 ビジネスとしてはうまくいきませんでした。 しかし、私たちは、その後も関連研究を続けました。そし て、水性マニキュアに用いた染料の代わりに、水に強い顔 料を融合させ、 にじみにくい世界初の 「顔料系インクジェッ ト用インク」を開発したのです。 技術には失敗はありません。しかし、研究を止めれば、 それ以上技術は伸びません。だから、私たちは研究を止め ることはしません。 たとえば、10 人でやっていた仕事がうまくいかなかっ たら、1 や 0.5 で残します。一応抹消しているようにして も、実はコソッとやっている。 「止めなければ失敗になら ないのだ」と先輩が見えないところでやらせてあげていま す。こういう風土が花王なのです。 時代を先取りしすぎてうまくいかないこともあります。 そのときは生かせなくても後で生きると思われる発想や切 り口、進め方のモデルもあります。これらは同様に、一度 止めてしまうと再度立ち上げるのに 5 年 10 年とかかりま す。どこかで生き返るときがあると、 常に議論しておいて、 完全に切らずに残す必要があると考えています。 少し前の話になりますが、ベビー用おむつメリーズが低 迷している時期がありました。研究も生産も販売も、皆全 員が努力しているのに振るわないのです。それゆえ、残念 ながら、各部門間で不調和音が生じていました。そのと き、私たちは「花王は何のためにメリーズを世に出したの か」をじっくり問い直してみよう、原点に回帰しようと提 案しました。 「赤ちゃんがぐっすり眠るとお母さんもゆっ くり休むことができる」そして「お母さんがゆっくりでき ると赤ちゃんにやさしく接することができる」 、すなわち 「かぶれにくく赤ちゃんの肌に世界一やさしいオムツの提 案」それがメリーズブランドの原点です。このブランドの 原点に立ち戻り、 「通気性」 と 「やわらかさ」 の機能価値を、 手持ち技術を総動員して高めていったのです。そして、メ リーズを使うことで、 「赤ちゃんが笑顔になり、その笑顔 を見て家族も笑顔になる」 という想いを、 ブランドのキャッ チフレーズ「スマイル&スマイル」に込めました。 今振り返れば、競合との熾烈な戦いに気持ちが行きすぎ て、お客様のためにという原点を忘れかけていたように思
います。
本質を追求し 「花王らしさ」を具現化する
鈴木:2012 年に社長という違う立場になられましたが、 経営の場における本質の追求や花王らしさについてお聞か せください。 澤田:最近は形や数字ですべてを語ろうとする傾向があり ますが、本質をしっかり議論せずに形だけ整えようとする と中身が薄くなってしまいます。また、それでは物事の本 質までたどり着かないようにも思います。 たとえば「ガバナンスを整える」 「社外取締役を任用す る」 「女性の比率を増やす」など、形や数字にとらわれず、 どういう目的でやるのかということを掘り下げて議論する ことが大事です。 ガバナンス強化という観点では、取締役会の役割は将来 の会社の方向性をしっかりと議論するのが目的だと考えて います。ですから、豊富な経験と高い見識を当社の経営に 生かしていただくことを期待し、6 名の取締役のうち 3 名 を社外取締役として選任しています。私たちが従来から持 つ、科学の視点やものづくりの視点に加えて、金融の視点 や学術の視点など、社外の多様な角度から花王の方向性を 議論していきます。それは経営という観点での本質の議論 ですので、花王の将来にとってたいへん貴重なわけです。 私は、花王は不器用な会社だと思っています。いっとき のことに惑わされ、本質を横に置いて器用にふるまえば、 一時的には伸びるかもしれませんが、長期的な成長にはつ ながりにくいと考えています。短期的視点で見れば、器用 にふるまって、たとえば現在の 1.3 倍の利益を上げること は比較的容易と思われますが、長期的視点を持って 1.1 倍 の利益をずっと続けていくことのほうが花王にとっては重 要です。もちろん、 単に続けるのではなく、 何かのイノベー ションをプラスして成長し続けることが花王らしいと考え ています。 イノベーションというのは、破壊的な価値提案というイ メージがありますが、 「凡を極めて非凡に至る」という地 道な改善の積み重ねによる大きな価値提案も重要です。不
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