ビジネスインサイツ63
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別なものに変わる。書き心地やデザインなど、感性に訴え る逸品は持つのも楽しい。いつかは持ちたい憧れの品とし て贈答品に選ばれることも多く、誕生祝いや就職祝い、自 分へのご褒美など、所有のきっかけや想いはさまざまだ。 「万年筆は筆記用具でありながら、使用価値以外の特性 がたくさんあります。私はこれを『使用感の価値』と呼ん でいます」と中田氏が語るように、万年筆は筆記用具の中 でも特別な位置づけにあるといえよう。 と事態は急展開する。 このときの様子を藤井は「車中では社長の隣でお話を伺 いながら何が課題かを想定し、現地では “ 欠品の主な原因 は何か ”“ 生産管理や設備・人の能力に問題があるのかど うか ” に絞って観察しました」と振り返る。帰りの車中で はさらに話が進み、 「今の製品群とその先の発展形はどう したらいいのか」などについても議論した。 中田氏はこのときすでに、JMAC に依頼しようと決め ていた。 「車中で私がつらつらと話したことに対しても的 確なレスポンスがありましたし、非常に常識的でマイルド な人柄にも惹かれました。現場のことをよく知っていて、 ペーパーワークだけではなく行動でしっかり示してくれそ うなところも良かった」とその理由を説明する。 こうして 2013 年 2 月、 プラチナ万年筆は JMAC をパー トナーとして生産性向上に向けた活動をスタートした。
大ヒット商品の生産が追い付かない! 生産力をアップせよ
プラチナ万年筆の歴史は古く、創業は今からおよそ 100 年前の 1919 年(大正 8 年)に遡る。中田氏の祖父であ る俊一氏が万年筆事業に着手したことに始まり、1931 年 (昭和 6 年)には当時としては先駆的なカタログ通販を開 始して経営を軌道に乗せた。さらに 1957 年 (昭和 32 年) には “ インク出を自動調整するペン芯 ” を完成させ、世界 に先駆けてカートリッジインク式 「オネスト 60」 を実用化 ・ 発売した。先の手紙に登場した万年筆である。プラチナ万 年筆の愛用者への想いとそのパイオニア精神は、今もなお 脈々と受け継がれている。 中田氏は 2009 年、3 代目の代表取締役社長に就任した が、かねてより長年温めてきた構想があったという。 「それまで多くの顧客訪問をする中で『久しぶりに使お うとしたらインクが固まって出ないんだよね』という声を 本当にたくさん聞いてきたので、これを解決したいと思っ ていました」と語る中田氏。この発想をもとに開発された のが、 2 年間使わなくてもインクが乾かない 「スリップシー ル機構」だ。2011 年にこれを搭載した「#3776 センチュ リー」 を発売すると、 この画期的な構造は市場に驚きを持っ て迎えられ、大ヒット商品となった。 しかし、 ここで新たな課題が出現した。 「#3776 センチュ リー」が飛ぶように売れたため、生産が追い付かなくなっ たのだ。 「欠品が続き、とにかく困っていた」と当時を振 り返る中田氏。問題の解決には外部コンサルタントが必要 だと考えたが、それまでの経験から「期待に応えてくれる コンサルタントを見つけるのは難しい」と感じていたとい う。しかし、取引銀行系列のアドバイザリー部門からの紹 介を受けて JMAC シニア・コンサルタントの藤井広行に 会って話をしてみると「藤井さんが非常に良くて、その日 のうちに一緒に群馬と越谷の工場を回りました」 (中田氏)
理想と現実のギャップを埋める
着実な活動で生産能力が 20 倍に
万年筆のメイン部品は「ペン先」で、これがなければ次 の組立工程に進めない。当時、供給不足の主な原因はその 生産能力不足にあったため、まずはペン先の生産能力向上 を目指した。対象となったのは群馬工場と越谷工場で、群 馬工場はペン先の生地づくりなどの前工程を、越谷工場は そのあとの細かなペン先加工を担っている。 活動を始めるにあたり、最初に工場診断を行った。工場 内の「工程」や「作業」を分析して能力を測定し、 「本来 発揮できる能力」と「現状の能力」の差異はどこにあるの かを調査する。そのうえで、能力のギャップのあったとこ ろを改善していった。 主な改善点は次の 3 つである。 ①資材調達ボトルネック改善(前工程からスムーズに部品 インクが乾かない「スリップシール機構」とは?
普通の万年筆はキャップの開閉でインクが吹き出さない ように通気を持たせた開放構造になっているため、時間が 経つとインクが乾いてしまう。この万年筆の「最大の欠点」 を解決したのが、 「スリップシール機構」だ。回転ねじ式 のキャップにより、耐久性も考慮され た完全機密性を保持する仕組みである。 これにより耐水性・耐光性が高い顔料 インクも安心して使えるようになった。 「インクが乾いて書けない」という不満 を「いつでも書ける」喜びに変えた、 写真提供:プラチナ万年筆 画期的な技術である。
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