第3回 人材体系が示すメッセージ
人材体系を図にしてみる
人事制度改革のプロジェクトは、10ヵ月から1年間の期間で支援することが多い(現実的に「来年度導入向けて半年で...」という依頼もあるが)。いきなり制度内容の構築の議論をするわけではなく、プロジェクトの初期には現状の把握・診断と基本構想を検討するステップを設ける。そこで新人事制度の大きな方向性や基本的な考え方を整理するのである。その際、各制度の方向性を設定することはもちろんであるが、今後の人事管理上の社員の動き方・留まり方などを想定する必要がある。
そこで、まず人材体系という図を描く(下図)。
この図の中には、主に社員区分や等級制度、役職制度のフレームワークが表現される。つまり、前回のコラムで示した人事制度の領域のうち、社員に期待することを示す仕組みの部分である。それ以外にも、雇用方針(新卒採用、中途採用等)、給与水準、また社員の動き方などをイメージしながら描く。
社員の動きについては矢印を使い示してみる。たとえば横の矢印は社員区分間の転換であり、縦の矢印は昇降格の考え方になる(昇格のみの場合は↑、降格がある場合は↓)。そして、実在者がどこにあてはまるか、またももれなくどこかに収まるかを確認し、さらに今後社員がどのような縦横の動き方をするか、そのボリュームも予想しながら図を完成させていく。
このような人材体系を検討する中で、社員はいくつかに区分される。これは人事管理の基本方針の違いに基づく区分であり、必要に応じて区分ごとに適用する制度の性格や内容を変えて制度を構築する。
つまり、人材体系を描きながら、
①社員区分ごとの人材への期待
②等級体系・役職体系ごとの人材への期待
③人材区分ごとの各人事制度の基本的な考え方(等級制度、給与・賞与制度、評価制度)
④雇用の方針
⑤配置異動の方針、
⑥育成施策の方針
などを詰めていくわけである。
社員の動き方を予想する
さて、上記のような人材体系を描く中で重視していることは、今後の社員の動き方を予想しながら人事管理の考え方を検討することである。
最近は管理職層に役割等級を導入する会社が増えている。たとえば、職能資格制度のみを運用してきた会社が、一般職層は職能資格制度を継続し、管理職層に役割等級制度を導入した場合、役割等級制度の性格からその一歩手前の等級に滞留する社員が多くなることが想定される(役割等級制度を導入する背景には、このような状況をあえてつくり出すことを意図することも多い。職能資格制度運用の中で実際には管理職相当の役割を担っていない社員も上位層の等級に位置づいているといった実態や、人件費をコントロールする観点から管理職層の給与水準を適用する社員を役職者中心に絞り込みたいという問題意識から導入する場合である)。
また、以下のケースも検討しておく。
・これまでにない人員構造になっても、その状況を実際に認めるのか。
・役割等級制度は役割が変わるとそれ相当の等級に格付けをし直すという運用になるが、役割水準が下がった場合に下位等級への格付け(等級を下げる運用)を実際に行なうか
・ある役割を担っている社員よりその役割を担うのがよりふさわしい社員が育ってきたら、現在の社員と入れ替える運用を行うか(これをしないと人材が固定化する可能性を秘めている)
これらを検討し、制度導入後の運用方針として決めておく必要がある。
近年は、必要な量と質の人材を確保するためにも、働く側の要望を受けた多様な働き方を吸収できる仕組みが不可欠になってきた。たとえば、特定要件の中で業務を遂行する社員を区分して扱うといったことである。一方で、会社としては業務運営を円滑に行うために、基本的にできるだけ柔軟な人員配置が可能な状況にしたいという気持ちがある。特定要件の下で働く社員区分に社員の多くが位置づいてしまうと、柔軟な人員配置が行いにくくなる。このあたりをどのように読むかは十分に検討する必要があり、その読みに応じて区分間での転換の要件、タイミングなどを詰めていくのである。
このように社員を区分せず1つの枠で同じように人事管理を行うことはむずかしくなってきている。そこで、ある程度の区分数の中で(あまり数が多いと処遇に関わる実務が煩雑になる)、それぞれの区分にふさわしい人事管理の基本的な考え方を検討することになる。
人材体系図を描き、社員の区分や動き方・留まり方をイメージしながら、人事管理上の課題を抽出し、新人事制度の基本的な方向性を決めるのである(下図)。
なお、人材体系図の中に働き方の区分がいくつかある場合にも、会社として基本的に進んでほしい道筋、つまり基本的な社員への期待(目指すところとそれに至るまでの段階的なステップ)を明確にして社員に伝える必要がある。人事管理に関わる資源を最優先で投入する範囲が明確になるからだ。
人材体系図を眺めながら「腹を決める」
人事制度改革では、とくに改革前の制度と変わるところについては、十分な検討が必要だ。また、会社トップ層を巻き込んで検討し、会社の人事管理の方向性を共有することも人事制度を機能させるために不可欠となる。
新人事制度を機能させるためには、人事担当者だけがその意味や「思い」を理解しているだけでは不十分であり、会社トップと人事管理のあり方の議論を重ねることが必要である。そのようなとき、人事管理の基本的な考え方の全体像を示すツールとして、人材体系図は有効であるはずだ。トップ自らが会社全体の社員の構造を俯瞰して、制度運用のための「腹決め」をしてほしいのである(「腹決め」としたのは、ルールあるいは運用ガイドとして設定しても、実際それを運用できるかどうか、最後は〈決め〉にかかっているからだ)。
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