第1回 製造拠点のアジア展開の難しさ
本コラムでは、製造拠点のアジア展開についてタイを事例として取り上げます。アジア製造拠点の実態や今後の方向性について筆者がタイ製造拠点を支援した経験から、拠点運営を成功させるための課題や処方箋を解説していきます。第1回となる今回は、製造拠点のアジア展開の必要性やタイにおけるその難しさについて説明します。
アジア製造拠点に求められるもの
企業の成長を実現するためにアジアに製造拠点を展開することの目的は大きく変わってきています。国内生産への回帰と盛んに言われた時期があり、この流れが本格化すれば、日本の製造業は再び成長軌道に乗ると考えられました。しかし、現時点で日本の製造業が大きく成長する流れには至っていないように思います。元来、海外とくにアジアを中心とした製造拠点の展開目的は安価で大量な労働力を活用し、日本や欧米の先進国に輸出する製品の製造コストを下げることにあったといっても過言ではありません。しかし、先進国の人口減少、市場の縮小傾向を鑑みれば、成長が見込めるアジア市場における製造・販売で利益を創出し、日本企業に貢献することが求められています。
このような観点から見ると製造拠点のアジア展開の位置づけは、日本の製造拠点の代替としての製造拠点ではなく、進出国を中心とした「地産地消」を前提とした製造拠点を目指したものになっています。すなわち、進出国や進出近隣国の市場拡大や、雇用創出などを通じて進出国の繁栄に貢献することを目指したものと言えるでしょう(下図)。
そのため、製造機能を海外に保有している企業も「地産地消」を実現するために設計・開発機能も保有することも当然のこととなっています。
製造拠点のアジア展開を取り巻く環境も変わってきています。過去には安価な労働力が大量に確保でき、かつカントリーリスクが多かったのですが、中国やタイに見られるように賃金の上昇が進み、労働力の確保も困難になり(進出国の失業率は低下)、カントリーリスクも低下(対応力の向上)しているように感じます。しかしながら、日本国内で製造拠点を運営するのとは違い、まだまだ難しさがあることも事実なのです。
タイ製造拠点の運営の難しさを知る
タイという国は「微笑みの国」とも言われ、親日国であり日本人が生活するにはとても良い環境の国だと思います。しかし、製造拠点を運営するという観点では、事前に考えておくべきことがあります。ここではそれを整理しておきます。おそらくこの内容はタイに限らずアジアの製造拠点に共通的な課題、もしくはこれから課題になるだろうと予想しています。もちろんそのレベルや対応の困難さは進出国により異なりますが、大なり小なりこのようなことに悩んでいる製造拠点が多いのが実態です。
タイの法律、文化・風土を理解する
まずはタイの法律を理解・遵守すること、そして文化・風土を理解することです。法律を守るためにそれを理解し、適用するためには専門家と連携することが大切だと思います。法律は時間経過とともに変化しますので、タイムリーに適応するためには情報収集が欠かせません。専門家との連携は必須だと感じます。
また、日本にいても各種情報から当該国の歴史、文化、風習など理解することはできますが、頭で理解するだけではなく、実際にタイで生活をし、タイ人と接することで文化・風土を体感することで初めて適応できるようになります。まさに現地に入り込み、溶け込むことが求められるのです。
人材の確保・育成の困難さを覚悟しておく
次にお伝えしたいのは企業運営の最重要なインフラである人材の確保・育成です。タイの失業率は2011年を境に1%を下回る水準で推移しています。このことは採用の困難さを象徴する数字のように感じます。実際に募集をしても、目標人員数に到達しないということもよくある話です。
また、数だけではなく、質の問題もあります。採用する際に経験、学歴を確認すると希望を満たす人材が応募してきていないということがあります。学歴の面からみても、日本でいう大卒レベルの人材は少なく、高学歴の人材の獲得はより困難な状況です。
さらに育成についても基礎学力の違いや言葉の壁によるコミュニケーションが困難なうえ、日本では通用するOJTも指導できる人が少ないために機能しないのが実情です。
このような環境下でいかに人材を確保・育成するかということは、どの企業においても大きな課題となっているように思います。
本稿ではアジアで製造を行うことの意義、目的、海外で製造拠点を運営することの難しさの一端について紹介しました。次回からは製造現場にフォーカスした生々しい実態やその処方箋について整理していく予定です。
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