第4回 顧客洞察を軸とした"シン・マーケティング"へ
今回は、現状の多くの企業のマーケティングに不足している点や物足りない点は何か、そしてマーケティングの原点に立ち返り、さらに進化させるための要件は何かについて、実践を通じて考え取り組んでいる内容を紹介する。
顧客の購買行動の変化
マーケティングについて学んだことがなくても、AIDMAについてはご存じだろう。消費者の購買行動のパターンとして長年使われてきたものである。しかしこの10年、消費者の購買行動は下図のように大きく変化した。
「要するにクチコミが大事という話か」と思われるかもしれないが、ネットやSNSを前提に考えるとその意味は計り知れないほど大きい。つまり「企業が顧客接点をコントロールしていればよかった時代」から「顧客接点以外で評価が定まり勝敗が決する時代」への転換が起こっているのだ。
もちろん、クチコミの発端は顧客接点での体験にあるので、接点が大事だと言うことは変わらないが、顧客接点以外で何が起こっているのか、企業サイドは目が離せない環境になったことが重要である。このように顧客サイドは大きく変化を遂げているし、これからも変化していくはずだが、企業サイドのマーケティングはこれに十分に追随できていないのではないか。
「背景にある実態」を見抜けていない
AIDMAからAISAS、SIPSへの変化により、企業は顧客接点「以外」にも目を配らなければならなくなった。しかし、それは実はマーケティングの根本的な原理にもかなうことなのではないだろうか。そもそもマーケティングは顧客を見定めその「ニーズ」に応えること(および生み出すこと)が本質である。「ニーズ」が生まれる原点にアプローチすることがマーケティングに必須の要素なのであり、それ(原点)はもともと顧客接点以外にあるからである。
つまり「ニーズが生まれる場、すなわち生活や業務の実態にいかに迫るか」がマーケティングの勝負どころであり、AISASやSIPSへの変化があろうがなかろうが、ニーズが生まれる原点すなわち「背景にある実態」をいかに見抜くかが焦点なのである。
しかし実態はと言えば、マーケティング部門は「自社の新製品の評価テスト」や「ニーズ調査(どんなニーズが既にあるのか)」に時間をとられ、CS推進部門は「すでに提供している製品やサービスについての評価集め」を重点的に行っている。言い換えれば、どんなニーズがあるのかについては関心高く取り組んではいるが、「なぜそのニーズが生じたのか」や「ならばどのようなニーズがありえるのか」への踏み込みが甘いと言える。さらに、その背景にある「どんな生活をしているのか」「どんな事業・業務を行っているのか」そのものを見抜くこと、すなわち「顧客洞察」が決定的に不足しているのである。
「新しい価値」へのチャレンジが停滞している
ではマーケティングの「アウトプット」についてはどういう実態であろうか。クライアント企業からよく聞くのは「この20年新製品が生まれていない」「新しいサービスは生み出せていない」など、「停滞」を表す言葉である。また新ビジネス探索に取り組んでいるはずなのに、「そのモデルはどこかに事例があるのか」「事例がないのは魅力がないからではないか」と言った意見がよく出てくる。これは自社が他社に先駆けて「新しい価値」を生み出そうという意識・意欲の低下を意味しているのだろうか。マーケティングの「アウトプット」と書いたが、前述の「背景にある実態」がインプットだとすると、インプットの不十分さが結果としてアウトプットの質も低下させているのではないか。
日本は成熟社会だと言われる。確かに少子高齢化傾向とそれにより引き起こされる市場の縮小は避けて通れない。しかしだからといって、企業が新しい価値を生み出せないということにはならないし、むしろ世界の中でも初めて体験する超高齢化社会を日本がどう乗り越えていくのかという面では、新しい挑戦が必要不可欠のはずである。
いまこそ"シン・マーケティング"の確立を
結果として「新しい価値」が生み出せていない状況、その原因としての「顧客洞察」の不足。これらがもたらすものは「維持」という名の「停滞」なのであり、これは企業にとって致命傷である。したがって、企業はこれらに真正面から取り組み、自社流の新しいマーケティングを確立していく必要があると考える。
われわれJMACは目指すべきマーケティングのあり方を"シン・マーケティング"と呼び下図の枠組みを提唱したい。ただし、シン=新なのかと言われれば、むしろ「原点回帰」であると考えている。顧客という原点、価値という原点に愚直に立ち返り、自社のマーケティング力を高めて行くことが"シン・マーケティング"の本質である。
以下に、"シン・マーケティング"の3要素について簡単に解説し、次回以降でとくに「顧客洞察」と「価値発明」の考え方と手法の概要を紹介したい。
[顧客洞察]
前述のとおり顧客の評価や意思決定が「接点以外」でなされることから、企業は自社の接点だけの管理では顧客の姿が捉えられない。とはいえ、そもそもマーケティングの本質はニーズを見抜く・生み出すことなので、そのニーズが生まれる場、すなわち生活や業務の実態に迫ることが必要不可欠である。この「実態」に自社視点ではなく顧客視点で迫るのはもとより、顧客すら気づかない生活・業務の実態を捉えていくことが「顧客洞察」の意義である。
[価値発明]
新製品・新サービスを生み出すというだけでなく、社会と共有できる価値(ポーターの提唱するCSVと言ってもよい)かつ新しい価値を真剣に生み出そうとすることが求められている。日本が超高齢化に代表される世界初のチャレンジに向かっていくなかで停滞は許されない。なぜなら、顧客・消費者が互いにつながること・体験を共有していくということは加速していくため、企業対顧客という「線」の関係から企業対顧客群、企業対社会の関係へと変化していき、そしてこれも原点である「社会の中の企業」であることが改めて求められるからだ。
[共感形成]
顧客の実態に迫り、社会の中で求められる価値を発明しようとすると、今までの顧客・市場とのコミュニケーションでは不十分になっていく。単なる企業・顧客、提供者・利用者という関係を超えて、深い相互理解に基づくある種の信頼関係が必要になっていく。その際もちろんSNSなどの「道具」の活用も必要だが、それよりもいかに企業の理念や行動が見えるようにしていくか、裏表なく透明なコミュニケーションをつくっていくかが大きな課題である。
"シン・マーケティング"は考え方であるとともに、われわれコンサルタントの実務のなかで培った方法論でもある。次回以降、この内容や手法の概要を紹介していく。
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