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第6回 顧客洞察の方法論(2) マーケティング機能の低下を「観察」で打破する

 前回はCXすなわち「カスタマーエクスペリエンス」についてコンサルティング実務から導き出された考え方を紹介した。つまり、CXに意義はあるのか、また「ハヤリことば」に終わることなく貴社に気づきをもたらすためにはどのような点に注意すべきか、という点である。

 今回は、その中で紹介した2つの点、すなわち「顧客」は誰か、という点と、自社との接点「以外」にこそ目を向けるべきだという点について考えてみたい。いまさらながら「顧客」を題材に掲げるのは(本連載で掲げ続けているのは)、「多くの企業のマーケティング機能が低下している」と考えるからであり、その主因はマーケティング機能の根幹である「顧客への洞察力が低下している」と見ているからである。私の24年間コンサルティングのなかでもここ5年は特に多くの企業の顧客洞察力が低下していると危惧している。 結論から言うと、この顧客洞察力の低下ひいてはマーケティング機能低下を打破する突破口は「観察」であると考えている。いきなり「観察」と言われても腑に落ちないと思われるので、少々堅苦しくて恐縮ではあるが、過去約25年間のマーケティングの変遷を振り返り、現状を位置づけてみたい。そこから「観察」の重要性を理解していただき、具体的な「観察」のあり方については次回に紹介したい。

「顧客中心マーケティング」の時代・・・1991年から2010年前後まで

 コトラーはその著書『コトラーのマーケティング3.0』(朝日新聞出版)の中で、マーケティングは「顧客中心のマーケティング(2.0)」の登場により、マスマーケティング(1.0)から劇的に変化した、と述べている。このマーケティング2.0が日本にもたらされたのは1991年(※)である。この年にそれまでは理念として位置付いていたに過ぎない「CS」という概念が米欧の先進事例からもたらされ、日本におけるマーケティング2.0への進化が始まったのである。

 ※1991年に日本能率協会グループの取組みとして各産業・業態のCSが測定されるとともに、『CS経営のすすめ』(日本能率協会)が出版され多くの企業で読まれ活用された。

 以来2010年頃までの20年間は、節目はいくつかあったものの原則としてマーケティング2.0すなわち「CS」の時代であり、多くの企業がさまざまな取組みを行い、CS向上に努力してきた。この間の取組みの共通的な視点は当然とも言えるが「顧客」であった。多くのB2C企業は顧客満足度調査(CS調査)を行い、お客様接点で生の声(VOC:Voice Of Customer)収集に励み、VOCをテキストマイニングツールなども活用して分析・解析した。大量に顧客の声を集める一方で、FGI(フォーカス・グループ・インタビュー)も積極的に活用され、またペルソナに代表される手法で「顧客像」を描き・見抜く取組みにチャレンジする企業も見られた。B2B企業においてもCS調査は盛んに行われてきたし、顧客インタビュー、営業担当者や法人コンタクトセンターによるVOCの収集など熱心に行われてきた。個々の取組みの出来映えや成否はともかく、この間の取組みに共通していたのはあくまでも「顧客が中心」という軸であった。

「マーケティング迷走」の時代・・・2010年前後から現在

 このように顧客中心は当たり前と思われるようになったように見える。しかし多くの企業において、2010年頃から現在に至るマーケティングは本当に顧客中心であっただろうか。振り返って考えてみよう。

 この5年にマーケティングにまつわる実に多くの「大波」が押し寄せている。消費の主導権を握る一翼を担うに至ったネット通販、フェイスブック(2008年日本上陸)に代表されるSNS、ツイッターなどの生活者・消費者同士の「つながり」、ビッグデータの有効性喧伝、クラウドの活用によるCRMの効率・効果の向上。また顧客接点のあり方もマルチチャネルからオムニチャネルへの進化を訴える声も多いし、デジタルマーケティング抜きにマーケティングは語れないといった認識も生まれてきた。

 これらは一面的には顧客を理解する機会や接点の増加や顧客接点の増加とも言える。しかしこれらの大波は「生の顧客」との接点を奪ってしまうという側面もある。誤解いただきたくないのは、決して懐かしいブリック&モルタルへの回帰を訴えているのでも、デジタル化やオムニチャネル化を否定しているのでもないという点である。デジタル化、ネットワーク化、ソーシャル化は必然であるし、視点は違うが日本のような超高齢化社会において生産性を維持する切り札だとも思っている。

 問題なのは、こういった大波により「生々しい顧客像を見失っていないか」という点である。デジタル情報から顧客を見抜くことは必要だし、その力は高めていくべきだが、一方で「顧客は結局は一人ひとり異なる」ということを見落としてはいないか。コンサルタントとして多くの企業に入り込む中で、ここ5年でもっとも驚く変化は「顧客について語れない社員が多い」ということである。たとえば、われわれコンサルタントに「お客様だったらどう感じますかね?」「お客様としてどう評価しますか?」と問われることが非常に多くなった。以前から第三者という立場への期待として同様の質問をされることは多かったが、それはあくまでも「お客様を深く理解しているのはわれわれ(自社)だ」という自負が背景にあることがほとんどであった。しかし近年は「本当にお客様に接したことがなく、その声を直接聞いたことがない」というケースが非常に多いのである。また「コールセンターの担当者(非正社員)が一番お客様と話している」という声や、「アンケートの結果ではこうです」といった認識がどんどん増えている。これが経理部や総務部の社員の声ならまだしも、マーケティング部門やCS推進部門でも多く聞かれる状況なのである。

 もちろんデジタルデータやその中に見える顧客像を否定するつもりはない。しかし、顧客はあくまでも生身の人間であり、実生活(B2Bであれば実務)の中で暮らし、悩み、喜び、生きているのであり、そこから企業への期待や評価が生まれているということを忘れてはならない。たとえば、ある企業では、CS調査で「店舗での顧客対応への不満」について背景を検討しようとしたが、「CS推進担当者は店舗にあまり行ったことがなく、店舗で何が起っているのかという想像ができない」というケースがあった。またある企業では、コールセンターを構築するプロジェクトでエンドユーザーのCX(行動や期待)を整理しようとしたが、営業担当者すらエンドユーザーにはほとんど会ったことがなく仮説も描けないというケースもあった。

 これらはあくまでも一例であり、デジタル化やソーシャル化の影響だけで起ったものではないであろう。しかしこの数年、多くの企業の、しかもマーケティングに関わる社員達の「生の顧客との接触」がどんどん低下している傾向は明らかに見て取れる。つまり、データの背景にある顧客像、その暮らし(実務)をいかに想像できるかがマーケターの能力のはずだが、あまりに顧客像が希薄過ぎてデータも活かせないという状況に陥っているのだ。

突破口は「観察」である

 このような現状をマーケティング3.0への過渡期だ、というご意見もあろう。しかし私はまったくそうは思わない。なぜならば3.0は大前提として2.0すなわち顧客中心に立脚し、それをより広いコミュニティや社会に拡げていく考え方だからである。ポーターのCSVにしてもコトラーの3.0にしても、社会に受け入れられる価値を重視する方向にシフトしていくという主張であり、その根幹には顧客・生活者一人ひとりが据えられているからである。これはマーケティングや戦略の大家が言っているからというだけでなく、コンサルティングの現場にいるわれわれの肌感覚でもある。

 コトラーは無条件に多くの企業が3.0に移行できるとは言っておらず、マーケティング2.0(顧客中心)を十分に実践できない企業も多いだろうと述べている。まさに、日本企業の前述のような現状を見るとこのコトラーの認識が当たっていると痛感せざるを得ない。

 こういった状況をいかに突破すべきか。トップから末端まで顧客中心の思考と行動を徹底し続けるには......と考えると、やるべきことが多い。あれもこれも必要なこと、やるべきことを列挙することもできる。しかし、たいていの場合、「突破口」は小さいものであることが多い。

 今回、われわれが「突破口」として提案したいのは冒頭にあげた「観察」である。いささか唐突な印象を持たれるだろうか。しかしデータ偏重、顧客理解の低下から脱して顧客中心であろうとするために、いくら理屈を語ろうが、いくらトップダウンで意識改革を促そうがそれだけではまったく無駄である。顧客中心で考えるためには、顧客を中心に据えなければならない。そのための特効薬が「観察」なのである。顧客は貴社を中心に暮しているわけではない。顧客は顧客を中心に生活し業務に携わっている。その「場」に飛び込み、そこで顧客を「観る」ことが自分たちの思考を顧客中心に引き戻すためにもっとも有効な手段である。

 店舗担当者は日々来店客と接しているが、それは店舗にいる状態のお客様である。営業担当者も商談で顧客に接しているが顧客の普段の姿に接している訳ではない。コールセンター担当者もマーケティング部門担当者もCS推進部門も「自社の用意した接点」だけでお客様と接している。

 顧客中心とはそういう自社接点で顧客と接することだけでは不十分なのであり、顧客の実生活・実務をいかに「観る」か、そこが重要なのである。そういう意味でわれわれは「観察」が突破口になると確信しているし、ぜひ貴社のマーケティング力再興のために取り入れてほしいと考えている。

 次回はこの「観察」について具体的な方法論をいくつか紹介したい。観察といってもお客様の家庭に上がり込むのか、職場に常駐して観察するのか、擬似的に観察に近い結果を得られる方法はないのか、など実務的に取り入れられるよう考えてみていただきたい。

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