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技術者の知的生産性向上と職場活性化の現実

第3回 見える化は単なる手法ではない

星野 誠

 本コラムでは、技術部門の職場の現実を直視しながら「技術者の知的生産性向上と職場活性化」を考えていきます。「慢性的に忙しく元気がない」職場を真に活性化するためのヒントを提案していきたいと思います。第3回目は、チームで見える化を進めるうえでの押さえドコロについて考えたいと思います。

見える化は日常業務で機能しているか?

 みなさんの職場では、どのような見える化をしているでしょうか?

 見える化というと、もともとはトヨタ生産方式における「目で見る管理」が有名ですが、その後、国境も超えながら継続的にさまざまな分野で発展してきました。

 開発現場においても、欧米を中心にリーン開発の方法論や見える化ツールが広まり、今や世界各地で仕事の流れを可視化したボードを貼り出してみたり、ITツールを活用し各種データベースを整えたり、いろいろなやり方が実践されているようです。

 「見える化は知っているし、やっている」「やったことがある」「一時の見える化ブームで全社的にやってみた」――その経験や反応はいろいろあるかと思います。しかし、日常の仕事に目を向けたときに、その見える化が業務遂行に本当に役立っているでしょうか? 見える化が事前の問題発見に活かされているでしょうか? チームの計画的、創造的な仕事につながっているでしょうか?

見える化で「動き」を「働き」に変えた「自働化」

 見える化の本質とは何でしょうか? かつて、さまざまな会社の生産現場で「トヨタ生産方式は簡単には模倣できない」という話題がありました。カンバンやアンドンの見える化手法は導入できても、「根本の"人"のところが簡単には真似できない」し、今でも「トヨタ製品開発方式や部品メーカーと一体となった全体のシステムはそう簡単には真似できない」とその違いが指摘されています。「人」や「システム」が伴ってはじめて競争力になるということです。

 その中の象徴的な考え方のひとつにトヨタ生産方式で使われる「自働化」があります。(※1)「自"動"化」ではなく、ニンベンがつく「自"働"化」です。これは、もともとはトヨタ自動車の社祖である豊田佐吉氏が発明した織物を織る作業を自動で行う自動織機がルーツです。糸切れなどの異常を検知すると運転を停止する装置をビルトインすることで、異常がひと目でわかる仕組みにし、その結果、管理・監督する作業者の動きを「単なる動き」はなく、ニンベンの付いた「働き」に変え、効率良く多くの機械を管理することを実現したのです。

 この「自働化」は、機械に人間の知恵をつける、持続的な改善を機械に折り込む、すなわちベースとしての人の知恵、人の工夫が常にセットになることで成り立っています。「働き」の文字に表されたとおり、見える化にひもづく「人の関わり方」が成否のカギを握る部分なのです。

見える化に必要な「見せる」「見る」「見える」

 実際の日常業務の見える化も「人」や「システム」が伴ってはじめて機能します。すなわち、「見せる」「見る」「見える」がワンセットが整ってはじめて「見える化」といえます。

■見せる:気になることや心配なことを共有する

 まずは「見せる」側の人の関わりが必要です。せっかく仕事が見えたとしても、「問題なくやっています」「大丈夫です」では、そこで話は終わってしまいます。

 ここではタスクや進捗状況はもちろん、その裏側にある感情もあわせて「見せる」ことが求められます。

 たとえば、
・表面的には同じタスクでも「自信満々」なのか「先輩から見れば簡単だが、自分ははじめての仕事なので不安」なのか
・「関連部門の担当者と意見が合わない。苦手な人だ」と思っているのかどうか
・「うまくいく可能性もあるが、条件が厳しいので違う方式も試した方がよいかも」と考えているのかどうか
などで実質的な業務の難易度や潜在的な問題の質も変わってきます。

 チームで潜在的な問題や懸念を見つけあい、知恵を集めるための見える化であることを前提として、「見せる」側は、気になることや心配なことを発見して見せること、共有することが役割になります。

■見る:経営者・管理者・リーダーは自ら問題を見て手を打つ

 もう一方は、経営者・管理者・リーダーたちの「見る」側の人の関わりが重要です。

 定期的な進捗会議で、すでに火が噴きかけた問題を確認して事後に手を打つのは結果の管理でしかなく、「働き」とは言えません。また、何か問題が起きると威圧的に部下を叱る、もしくは文句は言うが何も手を打ってくれないような管理者がいる職場では、担当者から事前に問題が上がらず、担当者個人が問題を抱え込み、疲弊していきます。

 「働き」にするためには、見えにくい問題を事前に顕在化させて事前に手を打つ「見る」側の関わりが重要です。管理者が、チームの計画づくりの現場にも足を運び、自分の目で確かめ、自ら問題を拾い上げる役割や浮上してきた問題に自ら手を打つ役割を発揮することが、見える化のシステムを機能させるのです。

■見える:ツールに頼らず人の意識や行動を変える

 「見える」フォーマットやツールの工夫も重要ですが、ツールそのものは成果を生みません。問題を見つけるのも、知恵を集めるのも、動くのも人であり、ニンベンのついた見える化、すなわち人の意識や行動が変わる、関わり方を変えることが効果を生み出します。

「見えない」を見える化することが「働き」を生む

 技術部門の見える化は難しいと言われています。実際に「ウチらの仕事は日々変わるので先が見えにくいのです」という話をよく聞きます。確かに先まで見通すのは難しいでしょうが、完璧な作品として100点満点の見える化を目指してしまうと挫折してしまいます。これから先の日常業務の見える化、すなわち計画の見える化とは、あくまでのその時点の客観的事実と主観的な認識を含めて現実を明らかにするものであり、潜在的な問題を発見するためのベース、知恵を集めるベースだと考えることが有効です。

 逆説的ですが、予定が「ガラ空き」で先が見えていない計画にも意味があります。「1ヵ月先が見えていない」「このタスクの時間が読めない」というその裏側には、「本来入手できるはずのモノが他部門の事情で遅れている」「技術的な難易度が高く、どう切り崩していくか悩んでいる」などの明らかに生産性を妨げ、将来のトラブルにつながる現実を表しています。「工数が書けない」「作戦が見えていない」こと自体に意味があり、これが問題発見なのです。これがきっかけで、リーダーが新人をフォローする、課長が気づき案件の再調整をする、ベテランの有識者を巻き込み作戦を立てる、ことが「働き」になります。

 組織的な知的生産性向上の観点からすれば、見えないことを見える化することにむしろ意味があり、それを実現する組織の計画行為が「働き」なのです(下図)。

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 次回は、計画遂行と人の意識の関係について考えていきます。

※1 参考:トヨタ自動車ホームページ



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