一気通貫のチーム力で新価値を創造!
~コミュニケーションと価値観共有で現場力を引き出す~
サントリープロダクツ株式会社
代表取締役社長 垣見 吉彦 氏
サントリープロダクツ株式会社は2009 年、サントリー株式会社の純粋持株会社制への移行に伴い、清涼飲料水の製造会社として設立。国内に9 工場を持つ国内最大規模の清涼飲料製造会社である。ビール醸造技師として豊富な現場経験を持つ代表取締役社長の垣見氏は、現場を信頼し、大切にしてこそ強いものづくり企業へと成長できるとの信念を持っている。垣見氏の、現場やマネジメントへの想いについてお聞きした。
入社後2年間でものづくりの一気通貫を経験
鈴木:垣見社長は、大学で発酵工学を専攻されてサントリーに入社されましたが、発酵工学を学ばれたきっかけや、入社当時の思いなどをお聞かせください。
垣見:実は私は、「柳ヶ瀬ブルース」で有名な岐阜市柳ヶ瀬の出身で、実家は酒屋を営んでいました。お酒に囲まれた環境で育ちましたので、自然に自分でもお酒を造ってみたいと思うようになり、大学で発酵工学を学びました。
当時のサントリーはトリスウイスキーから、角瓶、オールド、ローヤルと価格帯も特色も違うウイスキーがありました。「うまい」「安い」のキャッチフレーズで人気のトリスウイスキーを飲みながら、いつかはローヤルを飲むぞ、といった気概が日本の社会を元気づけていたように思います。お酒にはそういう役割があると感じていましたので、迷うことなくサントリーを選びました。
入社後配属されたのは品質保証のセクションで、1年目は麦芽や果汁などすべての原材料の品質規格書作成に携わり、実際にサプライヤーの工場を訪問して品質管理の確認も行いました。2年目はお客様からの声を受けるセクションになり、お客様のお褒めの言葉やお叱りといった生の声を聞く機会に恵まれました。
この最初の2年間で、ものづくりの始めである原材料の調達と、お客様が飲まれる瞬間に至るまでを考えることで、ものごとを一気通貫で見ることと体系的に考える基礎をしっかり学んだと思います。よりよい製品を提供するためにはどうすべきなのかを徹底的に考えたこの経験は、後々の仕事にも非常に活きてきたと思います。
技術と技能が融合してこそ成果につながる
鈴木:一気通貫でものごとを見ることを学び、実際のものづくりに携わられていかれる中で、技術者としてどのような経験をされたのでしょうか。
垣見:入社3年目でビール工場に異動になり、そこから26年間ビールの技師としてビール製造に携わってきました。最初に配属されたのは京都のビール工場で、サントリーの2つ目のビール工場でした。今でも印象深いのが、当時製造の最前線にいた班長から「醸造の仕事は、技能と技術が融合してこそ成果につながるものだ。俺は技能で一番になるから、お前は技術でトップになれ」と言われたことです。双方が支え合って強くならなければならないと思いましたね。技術者と技能者のチームワークでものづくり現場を支えて行こうと決意しました。その一つの事例が、製造現場の衛生管理です。雑味の無いクリーンな味のビールを造るための製造現場の徹底した衛生管理は、それを熟練の技能にだけ頼るのではなく、科学によって最適で合理的な技術として確立する必要が有ると考えて、洗浄工学を現場のメンバーと一緒に勉強し、ビール工場の洗浄技術体系を確立しました。これは、その後に装置の大型化、自動化を進めるための必須技術となりました。 次の受け手のことを考えて技術と技能が支え合い、ともに成長しながら一気通貫でものづくりをすることの大切さを実感したのです。私にとって、この京都工場での原体験はとても大きなものでした。
ものづくりの現場ではコミュニケーションがすべての要
鈴木:工場勤務には様々な出来事があったと拝察いたします。マネージャーの時代に、"いいビール"をつくっていくためご苦労されたことをお聞かせください。
垣見:自分が本当の意味でマネージャーとしての責任を果たせたと思ったのは、ある工場に醸造技師長として赴任したときです。
当時、その工場ではある日常管理のトラブルが発生していました。この工場のメンバーは高い固有技術を持っていることを知っていた私は、その技術をどう生かしていこうかと考えました。そこで、一人一人が力を最大限発揮したいと思える工場にする必要がありましたので、全員で「どういう工場にしていきたいのか」を徹底的に話し合いました。
こうして、「まず、社内から一番信頼される工場を作ろう」という話になり、そのためにはどうしたらよいのかを更に話し合い、「全員が自分たちのプロセスに責任を持つものづくりをしよう、それで信頼を取り戻そう」との結論に至り、約1年間にわたって工場全体で"自分たちのものづくりとは?"と自らに問いかけながら苦闘をした結果、成果を出すことができました。ものづくり現場は全員の力で作っていくわけですから、一人一人が力を最大限発揮するためには、お互いの志の共有、即ちコミュニケーションが何よりも大切だと感じました。
私はこれまでの経験から、ものづくり企業にとって現場は最も大切だと思っています。現在も国内の9工場は年に3、4回ずつ回って、現場のメンバーと直接コミュニケーションをとるように心がけています。現場では特に新入社員との接点を持つことを意識しています。言動や動線を見て新入社員と会話することが楽しみですし、それによって、その職場のチーム力を推し量ることもできます。現場に行くたびに社員が成長し、生き生きと動いている姿を見るとうれしいものです。社員の成長は、ものづくり企業の成長そのものです。工場の上長と共に、より活発なコミュニケーションが交わせる職場づくりを目指しています。
チーム一丸で現場力を高める
鈴木:サントリーと言えば"やってみなはれ"の精神が有名ですが、垣見社長がこれまでチャレンジされたエピソードをお聞かせください。
垣見:私の入社数年後の1980年代当時は、当社の事業はウイスキーが主流でビールはまだまだ利益が出ない時代でしたが、これから伸ばすべき分野だと期待は大きくなっていました。そのような中で、効率的な生産と工場のキャパシティー増強のため、設備の増設をしていきました。他社のように毎年設備を増設し続けられる程の販売の伸長はありませんでしたから、我々は、今作る設備は5年先に最先端であるべきとの責任感に燃えて、5年先の技術を推し量りながら新しい設備を作っていきました。「5年後に勝てる醸造設備や醸造技術を持つためには今何をすべきか」ということを皆で議論し、知恵を出し合いましたね。当時はアメリカの酒造メーカーから効率のよさを学び、ヨーロッパの酒造メーカーから伝統的な味作りを学び、それが意味することを技術的に解釈して、その上に5年先を見据えた独自の技術を構築しました。ですから、ベンチマークするのは今でも世界ナンバーワンです。技術者の先輩からも「目標は高く世界レベルの"あるべき姿"を描いて、そのギャップを解析し全て埋めるんだ」と教えられました。
かつて日本市場ではビールは中味を容器に充填後に加熱殺菌する方式が主流でしたが、サントリーは充填後に加熱殺菌をしない「おいしい生ビール」にこだわりビール市場拡大に挑戦してきました。おいしい生ビールを安定して製造する為には、お客様の要求するおいしさ品質に徹底してこだわり、高度な品質管理が欠かせません。
そこで武蔵野工場の醸造技師時代には品質管理の最高賞であるデミング賞への挑戦に関わりました。品質機能展開法を開発して、技術スタッフと現場が一体となって全工程を一気通貫で管理できるしくみの基礎をつくりあげるなど、当時のしくみが現在の日常の品質管理の礎になっています。
また、現在統括している清涼飲料水事業では、天然水やトクホのお茶など事業拡大を見据え工場建設やライン改造を進めてきましたが、常に業界No.1や世界基準になることを目指した高い目標に挑戦する風土づくりを意識しました。また、新製品開発や容器軽量化にともなう多くの技術的に困難な課題も、安全・安心・美味・美装の品質にこだわり、開発部門、技術部門、製造現場が常に一気通貫で積極的にコミュニケーションが図れるよう配置要員数なども配慮し、「やってみなはれ」が実戦できる環境づくりを行い進めています。
ものづくり現場の価値観を合わせる
鈴木:垣見社長のお話を伺っていると、常に現場目線を大切にされていると感じます。現場のマネジメントで大切にされていることをお聞かせください。
垣見:やはり一番大切なのは、ものづくり現場で共通の価値観を持つことだと思います。サントリーではTPM(Total Productive Management)を1990年始めから推進しています。TPMはロス排除と保全を基本としたマネジメントの体系で、ものづくりに携わる全ての社員による活動です。巨大な装置産業であるビールや清涼飲料水の製造現場では、多くの社員とコンピューターが共同し、分担して仕事が成り立っています。こういった現場では、皆が同じ目標、目的に向かって心を一つにすることが大切です。ビール、清涼飲料水づくりにとって欠かせないもの、それは"人の和"と"基盤となる技術"です。こうした考えのもと、個人の強みを最大限に引き出しそれぞれが持場のプロになるためにも、TPMは有効なマネジメントツールだと考えています。
さらに清涼飲料水の工場では、近年勤続5年未満の社員が4割を占めるようになりましたが、ものづくりの共通の価値観を浸透させる上でもTPMは有効と考えています。TPMを推進してからは、一人一人が工場全体を見渡し、自分が何をすべきかを考えて取り組むようになってきました。
現在では、国内だけでなくフランスやベトナムなど海外工場でもTPMの考え方の展開を進めており、ものづくりの共通言語として発展させています。そして、これからはグループ内の事業会社の壁を越えてサントリーグループのものづくりの共通の価値観に育てていきたいと考えています。お客様に喜んでいただける価値創出のために、ものづくり全体でレベルを上げていくことが重要だと考えています。
「日本のものづくりの強さ」を海外で展開するために
鈴木:最後に、垣見社長から次世代を担うトップ、経営幹部の方へ向けたメッセージをお願いします。
垣見:一つ目に、若い経営幹部の皆さんには日本のものづくりの強さを一層磐石なものにするための議論を続けて欲しいと思います。日本の企業が海外で行うものづくりの形は、自社で海外に会社や工場を設立するケースと、M&AやJVなど既存の現場でものづくりをするケースが有ります。当然ながら、それぞれのケースで日本のものづくりの適用と浸透のやり方も努力の焦点も違うはずです。
今後日本のものづくり企業がグローバル化を展開する上で、是非「日本のものづくりの強さ」を海外で活かすための道筋を研究して欲しいですね。そして、それを共通の知見・財産として積極的に発信して頂きたいと思います。
また二つ目は、例えば日本の清涼飲料水の市場は、今後の飛躍的な拡大は見込めませんが、そのような環境だからこそ、新しい価値を創造してお客様に提案し、市場そのものをもっと大きくしていく努力が必要です。そのためには、一人ひとりが高い視点を持ちこれまでにない新たな価値を創造できる人材が必要です。
こうした人材育成のためにも新たな挑戦の場を設定し、やってみなはれを実戦させ、一気通貫のコミュニケーションを通して一人一人の成長とチーム力を高めることに真剣に向き合っていただきたいと思います。
【対談を終えて】鈴木 亨のひとこと
ビールの醸造に長い間関わられてきた垣見社長からは、ものづくりに対する熱い思いが伝わってきました。ものづくり現場で技術と技能の融合が良いものを生み出していく、そのためには技術者と技能者のコミュニケーションが何より大切であるという思想を貫いて、日常のマネジメントを実践されていることに感銘を受けました。現場に対する温かいまなざし、それはまさに垣見社長のお人柄の現れであると感じました。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』Vol.57からの転載です。
※社名、役職名などは発行当時のものです。
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