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株式会社デンソー

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自動車技術を生かした製品開発で社会的課題に挑む ~飽くなきチャレンジとベンチャースピリットで画期的製品を生み出す~

我々が日頃よく目にするQRコード。実はデンソーが開発したものだとご存知だろうか。同社は業界ナンバー1のシェア部品を誇る大手自動車部品サプライヤーだ。しかし近年、これまで培った高度な自動車技術を生かした新規事業の取組みにも注力し、社会的な課題解決に向け、画期的な製品を生み出している。今回はそのような同社の「新規事業」に対する考え方や取組み事例、将来展望についてお話をおうかがいした。

歴史はモーターと板金から始まった

case36_pict01.jpgデンソーは1949年、トヨタ自動車工業から電装品およびラジエーター部門を分離独立させ、日本電装株式会社として設立された。現在は先進的な自動車技術、システム、製品を自動車メーカーへ提供する世界有数の自動車部品サプライヤーとして、世界35カ国以上の国や地域で事業展開している。2013年度の連結売上高は4兆959億円、グループ総従業員数はおよそ14万人に上る。

まさしく大企業の同社であるが、トヨタ自動車から分離独立した当時は企業規模も小さかった。「この頃当社は"モーターと板金"を中心とする技術しかなく、主体となっていたのは、オルタネーターやラジエーターといった製品でした。不況のあおりを受ける中、従業員を養っていくためにと、洗濯機やラジオまで作っていたこともありました」と語るのは、技術企画部担当部長 沼澤成男氏だ。

そのような時代背景の下、1953年に同社に転機が訪れた。事業分野の拡大を視野に、ドイツのロバート・ボッシュ社と電装品に関する技術提携契約を締結したのである。自動車部品サプライヤーとして世界一の地位を誇るボッシュ社は、まさにお手本とする企業だ。当時から電動工具や電気冷蔵庫、テレビといった生活消費財も手がけるボッシュ社では、現在さらに自動車、非自動車事業の売上割合を5:5にすることも標榜しており、それは今も同社に大きな刺激を与えていると、沼澤氏は語る。

新規事業を骨太の事業へ強化

実はそれまでにも同社では、自動車事業以外の新たな分野に取組んできた歴史がある。「自動車向けの開発は、小型・軽量・耐久・コストや環境対応面でいち早く高い技術が求められます。ですからこれを新商品に応用したり、また、新たな技術を、最終的に自動車で実用化するために、他の製品分野で先駆けた適用をすることにも取り組んできました」(沼澤氏)

例えば1970~90年代にはアマチュア無線機、自動車電話や携帯電話等、環境分野では生ごみ処理機や浄水器などを手掛けていたこともあった。しかし、90年代の終わり頃から2000年初頭にかけ、本業の自動車産業がBRICs等で成長のきざしを見せると、その煽りを受けるかのようにこれらの新規事業は縮小・中断していったのである。

それに待ったをかけたのが、当時の深谷社長だ。「2000年頃から、非公式ではありましたが始めていた『新たな分野にチャレンジする個人を側面サポートする仕組み』を、2005年には社長直轄の正式な部署として立ち上げ、強力に推進しました」(沼澤氏)

自動車業界が活発になれば自動車事業に人員も集中し、不況になればまた新規事業をゼロから模索する-かねてからその繰り返しを重ねてきた同社だったが「それではダメだ。いくら自動車事業が忙しくとも"新しい事業の芽"とそれに"チャレンジする人材"は、今のうちから育んでおかなくてはならない」という社長の考えの下、新規事業を継続して推進していく方向へ正式に舵を切ったわけである。

そして3年後の2008年、リーマンショックが勃発する。その影響は甚大なもので、売上は2割程度ダウンするとともに、営業利益も赤字に転落した。「自分たちでもそんなに事業体質が弱かったのかと改めて実感し、危機感を募らせました。そうした事態を分析・検討し、状況を打開するために、初めて"戦略"という名がついた『経営戦略室』が設けられました」(沼澤氏)

この経営戦略室で現状分析を行なった結果、2つのことが導き出された。まず1つが、アフターマーケットにしっかり対応できてこなかったという点。新車の売れ行きばかりに頼るのではなく、メンテナンス上必要となる修理部品など、アフターサービス・商品にもっと注力していれば、ここまで打撃を受けなかったのではないかという反省だ。

そして2つ目が自社の事業をポートフォリオで捉えると、自動車分野が98%を占め、新規事業の割合はわずか2%でしかなかったという点だ。消費者にとって自動車は高額な買い物だ、販売台数は景気に大きく左右される。今のポートフォリオで事業を続ける限り、不景気の際にはまともに打撃を受けてしまうことになる。だからこそ、非自動車事業、つまり新規事業の割合を増やしていくことが喫緊の課題という結論に至ったのである。

新規事業の「3つのマスト条件」とは

新しい事業の芽を育むチャレンジ人材を何十人もサポートしてきた。まさに今が飛躍のチャンスである。しかし、いざ本格的に取組もうと検討しようにも組織的なベースがなかった。「経営から大きな方向性は出ましたが、どういう分野・市場を、どういう考え方や組織で取り組んでいくかは鮮明ではなく、社内にも深くディスカッションできるメンバーがあまりいませんでした。そこで、実績があるJMACにディスカッションパートナーをお願いしました」と沼澤氏。2009年のことである。ディスカッションには、現JMAC代表取締役社長 鈴木 亨をはじめ、チーフ・コンサルタント 池田 裕一と数名のコンサルタントが参画した。

池田は「デンソーさんは、オペレーションは非常に強く、方向性が決まればスピード感があり、品質の高いものづくりができます。しかしゼロベースで物事を考えていくためには、どういう組織や仕組みを作るべきかを十分に検討する必要があり、時間も決めずに濃いディスカッションを行いました」と当時を振り返る。

「JMACのコンサルタントは例えばプロジェクトを一緒にやっている時など、まるでデンソーの社員のように『"うち"でそれをやりましょう!』と同じ立場・目線にまで下りてきてくれます。定型のコンサルティングスタイルを押し付けるのではなく、一緒になって考え、悩むというスタンスですから、考えるプロセスが自分のものになっていると実感しています」と沼澤氏。このディスカッションをきっかけに新規事業の意義や目標も設定され、取組みも会社の中で少しずつ認知されるようになっていった。

こうして事業ドメインへと同社内で議論が進む。自動車で鍛えられた高い技術を持っているからといってどの方向に進んでもいいわけではない。飛び地に出たり事業が分散しても一つひとつが弱くなる。ある程度方向感を定めておく必要があったのだ。社内での検討を経て、最終的にデンソーが新規事業の分野を決める条件として掲げたのが「3つのマスト」条件だった。

まず1つ目がこれから伸び行く安定した事業分野であるということ。大企業だからこそできる新規事業領域への挑戦だ。2つ目が全くの飛び地ではなく、技術や、販路といった自社の強みが活かせる分野であるということ。そして3つ目に、これが最も難しい条件だが「自社がその事業をする大義(意義)」があるかということだった。継続的な新事業への取り組みには欠かせない条件だ。

自社の技術を生かしてまず自動車周辺事業へ、そして間接的にでも社会の課題解決に"徳"をもって自社ならではの貢献ができるものを選ぶ必要があるという結論に至りました」(沼澤氏)

「3つのマスト」条件で新規事業の深堀りが始まった!

画期的な製品で社会課題へ挑戦!

方向性が定まり、2010年には食のテーマなど新規事業のテーマの深堀りを進めた。様々な取組みの成果として、「3つのマスト」を兼ね備えた代表のひとつが医療関連機器分野だ。具体的には、睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング検査を簡便にできる「スリープアイ」という装置だ。これはデンソーの自動車用乗員検知センター技術を応用したもので、ベッドに敷くだけで微量な体重心移動から呼吸変化を抽出する独自の手法で、無呼吸状態を検知するものである。

「当時、睡眠時無呼吸症候群の診断は、入院して計測する必要がありました。家で寝具の上に置いて寝るだけという『スリープアイ』は、誰でも手軽に『無拘束』に計測できて、多くの潜在患者に早期診断、治療を促すきっかけにもなりました」と、沼澤氏。

case36_pict03.jpg開発着手当初、社内では医療機器分野に進出するという明確な方向性を定めていた訳ではなかった。しかし、既に国内でも睡眠時無呼吸症候群の患者数は推定200万人以上、自覚症状が無いため本人も気が付かない。熟睡できていないことで、交通事故を起こす頻度が3~5倍高いと、大きな社会問題になっていた。

「自社の技術を応用した製品で、"睡眠時無呼吸症候群"という社会の大きな課題と向き合うことは、新たな市場へのチャレンジであり、結果的に交通事故を減らせるという自動車業界に携わる企業として非常に深い意義を感じました。まさにデンソーとして取組むべき"大義"がそろった進出すべき分野だと定め直しました」(沼澤氏)

一方で人材育成のさらなる強化にも取組み始めた。沼澤氏は「私も元々エンジニアですが、エンジニアはもっと社外や異分野の人とディスカッションや仕事を通じてもまれることで、真に役に立つ技術開発や、新しいビジネスを立ち上げられるような"イノべーション人材"に成長できると思います。実践的に個を鍛える人材育成をしたいと思い、JMACには他社の過去のケースを解くのではなく、参加者が現在の自分の課題をテーマとして持ち寄り、考え行動する"実践的ワークショップ"をお願いしています」と語る。  池田は「デンソーさんの『当たり前』レベルは非常に高く、更に視野を広げ、マーケティングなどのスキルを身に付け、深いディスカッションを行うことで個が鍛えられると思いました」と語る。

オープンイノベーションの橋渡しを期待

2004年、同社はグループ全体で共有すべき価値観・信念を「デンソースピリット」として明文化した。創業以来、暗黙知として連綿と継承されてきたことではあったが、企業規模が拡大する中でデンソーのDNAを間違いなく次代へと受け継いでいくために、敢えてここで明文化し全社員の行動へとつなげていこうとしたのである。それが「先進」「信頼」「総智・総力」。この中には、大企業であってもベンチャースピリットを忘れず果敢にチャレンジし、またどの職位の人も部下に挑戦させる風土をつくっていくという思いが込められている。

「技術開発の際は何度も試作、失敗を経て完成品へとつなげていくのは当たり前。ビジネス開発もそれは同じで、課題が大きく先駆的であればある程、ある程度の失敗は覚悟しないといけません。ただし、避けられない失敗なら、なるべく早く、小さく失敗することが大切だと思います」(沼澤氏)

そのためには、まず仮説を立てて、実行し、検証により仮設を修整する。そのスピーディな繰り返しこそが重要であり、さらに2度目のチャレンジの際は、先の失敗から教訓として"あの時の状況でどう考えるべきだったか"を導き出してアプローチすることが何より大切だと沼澤氏は強調する。

そして「社会的な大きな課題解決には1社のみでは限界があります。それぞれ各社得意とする事業領域がある訳で、そのような情報を一番もっているのはJMACのようなファームだと思うんです。これから重要なのは共に未来を創るオープンイノベーションであり、JMACにはその橋渡しの役割を期待したいですね」と沼澤氏。

今後も同社の自動車技術を生かした新規事業から、様々な製品が世に生み出され、我々社会が抱える課題の解決へと繋がることが期待される。それがまた自動車産業へとフィードバックされ、さらなる社会の発展へ寄与することに繋がるのではないだろうか。デンソーの"大義"を持ったチャレンジは続く。

担当コンサルタントからの一言

進むべき方向を見定めること、ブレないこと

会社方針として決めたことを確実に実行していくことは当然ですが、一方で将来に向け、どのような分野で事業展開していくべきかを決めることは、企業にとってますます重要になってきます。進むべき方向を決めるためには、「誰がうれしいのか」「誰にとっての商品・サービスなのか」を明確にしていくことが不可欠です。デンソーさんの事例のように、社会課題解決型の事業は日本企業の技術やノウハウを十分に活かすことが出来る分野です。デンソーさんは進むべき方向を見定め、その実現に向けてブレずに、徹底した技術開発と事業開発をされています。

池田 裕一(チーフ・コンサルタント)

※本稿はBusiness Insights Vol.53からの転載です。
社名・役職名などは取材当時のものです。

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