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現状を打破する!物流業界をポジティブにする働き方改革

  • 調達・物流・SCM

広瀬  卓也

 2016年頃から、日本の産業界全体での人手不足が大きく報じられるようになった。特に物流業界はその筆頭として挙げられている。ヤマト運輸が2017年5月に実に26年ぶりに行った値上げは、産業界に衝撃をって持って迎えられたが、物流事業者の人手不足と値上げはその後も続いており、収束する気配は全くない。コロナ禍はこのような状況に拍車をかけている。

 一方で、政府は2017年以降、働き方改革を積極的に推進している。2019年度施行の新法令には残業時間上限設定・計画有休取得義務化などが盛り込まれ、各産業界は対応に追われている。働き方改革という考えが浸透するにつれて、従業員に低賃金で長時間労働を強いる企業は「ブラック企業」として広く認知され、敬遠されるようになった。

 さらに2024年4月1日以降、自動車運転業務の年間時間外労働時間の上限が960時間に制限される法律(いわゆる2024年問題)が施行される予定であり、トラックドライバーの労働環境の改善が目されている。

 筆者は物流・ロジスティクス業界を対象としたコンサルティングビジネスに携わって30年となる。その立場からすると、今日の状況は実は2014年頃あたりから予想がついていたことで「なるべくしてなった」という感が強い。

 人手不足の要因は、荷主企業・物流企業・産業界それぞれにあり、根が深い。本稿では、物流事業者の置かれた状況や課題などを概観しつつ、業界全体で働き方改革を進めていくためにはなにが必要かを、できるだけ率直に論じたいと思う。

物流業界の特性と課題

 物流事業者の特徴は、以下の2点に集約される。

・基本的に労働集約型業種である
・サービス内容の差別化が困難である

 運送業は「トラックでモノを運ぶ仕事」、倉庫業は「倉庫にモノを保管する/出し入れする仕事」であり、高度な熟練技能や商品やサービス開発が特別に必要な業種ではない。

 また、機械化や自動化の余地は相対的に高くなく、特に輸配送はそのほとんどが人による直接的業務である。物流業においては、原則として人さえ集めれば事業遂行が可能であり、参入障壁はかなり低い。

 日本では1990年代以降、多くの物流事業者が乱立した。労働集約型かつ参入障壁の低い業界において、プレーヤ―が急激に増えた場合、2つのことが起こる。

・値引きによる受注合戦
・各種コスト、特に人件費の節約

 これらが物流業界における「低賃金での長時間労働常態化」の原因となった。3K(キツい・汚い・危険)労働という呼称は、まさにかつての物流事業者を表す言葉だった、と筆者は考えている。

 さらには、働いても働いてももうからない・利益が残らないと言う構造がある。以下の図にあるように、主要な物流事業者の営業利益率は3%~4%台であり、大手でも利益率はさほど高くない。筆者が多くの物流業経営者の方々から聞いた言葉は「利益なき繁忙」であった。忙しいだけで何も残らない…こういった状況が長く続くことで、物流業界全体からポジティブさや積極性が失われていったのである。

売上高・営業利益率相関

 一方で、「顧客にモノを届ける」物流の重要性は、ここ30年ほどで非常に大きくなった。2000年代以前の物流は「第3の利潤元(コストダウン対象)」などと言われ、製造や営業部門からドロップアウトした人がやむを得ず行くような、ステータスの低い職種と思われていた。

 宅配便の出現、さらにはロジスティクスやSCM(サプライチェーン・マネジメント)といった概念の登場により、上記の状況には徐々に変化が訪れ、さらには2010年以降のネット通販拡大・定着により、物流業へのニーズが拡大した。日本のネット通販は、全国ほとんどの地域に翌日にモノが届くという、極めて高度な物流・ロジスティクスインフラに支えられているが、そのことがようやく理解されてきたのである。とは言え、ヤマト運輸でさえ値上げを実施するのに26年もかかった。他の事業者においては、推して知るべしである。

 以上を鑑みるに、物流業界における人手不足の要因は、昨日今日始まったことにあるのではない。各企業が自らの課題を真摯に見極め、必要な施策を講じない限り、状況の改善は見込めない。

 ここまでの論点、すなわち物流業界における課題は以下の図をご覧いただきたい。

物流業界における課題

物流業界における働き方改革の主要な論点は、4つある。
・企業ビジョンの明確化
・働きに報いる
・顧客サービスは絶対ではない
・多様な働き方ニーズに対応する

以下で詳しく見ていこう。

打つべき手その1:企業ビジョンの明確化

 ビジョンは経営理念・企業理念とも言われる。起草したものを社長室などに掲示したり、朝礼で唱和したりする企業も少なくない。

 ビジョンは企業の姿勢を端的に表すものであり、大変重要である。ビジョンや経営理念についてはいろいろな考え方があるが、筆者は「社長(経営者)の思い」と定義している。この会社を通じて生み出したい価値・達成したい企業の状態・顧客への貢献・・・などの思いを端的に表したもの、それがビジョンである。

 物流事業者はその特性上、差別化が難しいことはすでに述べた。このことは同時に、多くの人が就業したいと思える理念やビジョンを描きにくい、ということを表す。実際、多くの物流事業者のビジョン(企業理念)を見てみると、当たり障りがなく共感を得にくいものがほとんどである。

 物流事業者が良い人材を集め、長く働いてもらうためには、経営者が自らのビジョンをもっと赤裸々に打ち出す必要がある。特に中小事業者は、顧客や提供サービスなどをより具体的に描きやすいはずである。そうでないと、多くの人は耳を傾けない。

 物流事業者に限らないが、筆者のお付き合いしている企業でも社長の「キャラが立っている」企業では、若い・面白い人材がたくさん集まっている。そういう社長・経営者はいろいろな場面で自らの考え=ビジョンを社員に語っているのである。

 ビジョンや社是は額縁に入れて唱和するためのものではない。経営者がこれについて繰り返し語り、賛同する人を増やすためのものである。

打つべき手その2:働きに報いる

 日本の企業全般において、筆者が最大の問題と考えることがある。それは「人件費はコストであり、抑える・下げるべき対象」と考える習慣である。

 特に1990年代初頭のバブル崩壊以降、経済が長期的に低迷する中で、人件費=人材は使い捨てのコストとして扱われるようになってしまった。昨今においても、人件費を増やして従業員に報いようとする企業はまだまだ少数派である。

 企業とは人であり、人件費はコストではなく「資産」もしくは「財産」と呼ぶべき存在である。特に物流事業のような労働集約型産業において、人とは価値そのものなのだが、そういったスタンスを取っている企業は多くない。

 結局、皮肉を承知で言えば昨今の人材不足は、コストとして使い捨てにされてきた従業員側の「反乱」であると言えるだろう。口では人が財産と言いながら、実際は従業員をモノや道具と同じ扱いしかしてこなかった経営者が、その反乱に遭っている。

 ではどうすればよいのか。一義的にはやはり給与を上げ、雇用を安定させるしかない。

 一方で、給与以外の面でも従業員に対してさまざまな形で報いることが必要となる。この際に重要となるのが、人事評価制度である。必要なのは日本企業に多い減点型の評価ではなく「従業員満足度向上」に特化したものである。給与や待遇面で従業員の満足度を上げれば、業績は上がる。これは他企業でも実績があり、全ての経営者が忘れてはいけない事実である。

物流業界における人事評価制度

打つべき手その3:顧客要求は絶対ではない

 運送業界、特にドライバー不足の最大の原因が、長時間労働や肉体的に負担の大きい業務の存在である。

 前述の通り、運送業界は値引きを中心とした過当競争にさらされ、一方で各企業は配送サービスの利便性を売りものに業績を拡大してきた。時間指定配送、バラ納品、納品先での付帯作業…などは、現在当たり前のように行われているが、これらは全て現場のドライバーや倉庫作業者の負担となっている。長時間労働は昨今の各種規制変更でかなり緩和されてきているが、特にBtoBの流通現場では、重さ数十kgの品物を場合によっては100個以上手積み・手卸しで納品するといったことがまだまだ行われている。こういった「重筋労働」に耐えられず辞めていくドライバーは後を絶たない。

 以下にドライバーの「重筋労働」の一部を列挙する。

受注~出荷リードタイム・納品頻度
・定時終了1時間以内の受注~作業指示(時間外に直結)
・当日受信当日出荷
・受注~出荷まで数時間以内の作業
・少量での毎日納品

納品時の付帯サービス
・納品先での先入れ先出し業務
・バラ積みバラ降ろし、バラ納品業務
・夜間・早朝・深夜納品
・再配達

その他
・納品先での長時間待機
・異常に厳しい品質要求(ミスクレームゼロ等)
・事故発生時の過剰な報告・再発防止要求

 値上げしてドライバーの賃金を上げられたとしても、この問題はなくならない。根本的に解決するには、過剰なドライバー負担につながる納品サービスそのものを、荷主と事業者が一体となって減らしていかなければならない。

 物流事業者は「顧客要求サービスは絶対であり守らなければならないもの」という立場を余儀なくされてきた。サービスを維持できなければよその事業者に仕事を取られる・・・という状況だったからである。だが今や環境は大きく変化した。サプライチェーン全体を見渡してもドライバーは最も人手が足りない業種である。つまりボトルネックであり、ドライバーは「希少資源」となってきている。

 筆者のコンサルティング先企業でも、配送サービス条件を再整理し、顧客・荷主に働きかけて負荷の大きいサービスは見直す・・・という動きがかなり本格化している。荷主企業には、無理な納品サービスを続ければものが運べなくなってしまう、と言うことをぜひ理解してほしい。

打つべき手その4:多様な働き方ニーズに対応する

 働き方改革と言うと、すぐに時短や休日取得の話になることが多い。もちろんそれは大切であるが、より重要なのは「働き方のいろいろなニーズにできるだけ応えること」であると考えている。

 例えば長時間労働は多くが違法であり、良いことではない。だが残業を規制しようとすると、残業代を生活給としている一部の従業員から不満が出る。もちろん、給与を上げて生活給を賄えるようになるのが一番良いが、「長い時間働きたい」というニーズがあることを一方で見逃してはならない。

 多くの物流事業者に見られる硬直化したキャリアパスも「働き方の選択」を狭める一因となっている。物流事業者においてマネジメント職とは、拠点・センターの管理職、あるいは管理間接部門の部門長がほとんどであり、乗務職一筋でそのまま役員になった…という例はあまり聞いたことがない。多くの職人かたぎなドライバーにとって、乗務職を辞めて事務職のトップになるというのは、魅力的な話とは思えないかもしれない。こういったことの積み重ねが、従業員離職の大きな要因となってしまう。できるだけ多様な働き方の選択肢を示し、多くの社員が自分に合った働き方を選択できるようにすることが必要となる。

 以下に働き方ニーズの一例を示す。長時間労働をしたい人・したくない人、単純労働が嫌な人・苦にならない人、従業員にはいろいろなタイプとニーズがある。多様なニーズに対応するためには、企業側も制度を整備しなければならず時間がかかるが、取り組むだけの価値はあると思う。

物流業界における業務特性・課題・施策

 筆者は数多くのコンサルティングを通じ、物流事業者の悩みや苦境に多く接してきた。もちろん彼ら自身が改善すべきことは多い。ただし、多くの荷主企業が物流の持つ価値を軽視してきたのは事実であり、その結果が昨今の人手不足に繋がっているのは明白だ。

 本稿をきっかけに、一つでも多くの事業者が行動を変革することを願ってやまない。

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