第82回 事業強化を目的としたIT活用
- 経営改革の知恵ぶくろ
神奴 圭康
今回は、H社の消費財ビジネスの事業システム改革事例をふりかえり、事業強化を目的としたIT活用の要点と成功ポイントをお話しします。
事業強化とIT活用
第53回にご紹介したH社は、消費財ビジネス(生活用品)の企画・製造・販売を、社内カンパニーS事業部で展開しています。消費財ビジネスは、収益を還元するためには、デマンド(需要:開発・営業)とサプライ(供給:購買・生産・物流)をマッチングさせることが永遠の経営課題と言われています。
S事業部は、強い商品力を持ち市場シェアNo.1を維持してきました。しかし、消費の成熟化と共に、ライバル企業との競争が激化していました。事業の成長と利益を確保するためには、顧客満足(消費者と得意先の満足)と競争優位を実現して、事業強化に取り組む必要がありました。
全社的には、H社では新情報システムの導入を2年後に計画していました。S事業部の新事業部長は、新情報システムの導入に合わせて、事業モデルの変更も含めた事業システム改革を実行することを決めました。
以上は事業システム改革の背景ですが、事業強化を目的としたIT活用の要点を示すと、上図のようになります。
DCM改革とIT活用
消費財ビジネスのDCM(デマンド・チェーン・マネジメント)は、需要開発を目的に「消費者~流通(小売・卸)~メーカー」の需要開発プロセスを有効にマネジメントするものです。
H社の流通チャネル戦略は、卸戦略が中心でした。卸に自社商品を販促費付きで販売し、後は複数の物流拠点から商品を卸に届ける、というメーカー起点の流通モデルです。同社のDCM改革は、この考え方を消費者と商品の出会いの場である店頭を起点とする流通モデルにすることでした。具体的には、長い歴史的取引がある卸との営業機能分担と取引制度を見直して、上図に示す営業プロセスや新商品開発育成プロセスの改革に対して、ITの有効活用を実施しました。
SCM改革とIT活用
消費財ビジネスのSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)は、販売機会損失と在庫・物流コストを最適化することを目的に、店頭起点で「調達~生産~物流」の商品供給プロセスを有効にマネジメントするものです。
H社では、過剰在庫と物流コストの増大が目立っていました。一方で、卸から小売りへの商品供給では、販売機会損失も発生していました。メーカー起点の流通モデルを店頭起点の流通モデルへ改革するために、SCM面でも思い切った改革を実行しました(第53回「店頭起点SCMの目指す姿」の図を参照)。
具体的には、卸との物流機能分担を見直して、上の図のように、SCP(サプライ・チェーン・プラニング、販売・生産・在庫計画)プロセスと商品補充プロセスの改革にITを有効活用しました。なお、SCMの前提となる各事業部共通の購買・製造・販売の基本業務については、会計業務と共にERPパッケージを導入しました。
成功のポイントは
H社の事例は、事業モデル変更を伴った事業強化とIT活用の事例として、社内外で高く評価されました。同社では、次の3点を成功ポイントとして挙げています。
1.意識改革を伴う事業戦略の変更
特に流通チャネル戦略の見直しを行い、卸戦略中心のメーカー起点の流通モデルから小売り戦略中心の店頭起点の流通モデルに変更した点です。消費者と商品の出会いの場である小売店頭から事業強化を発想する考え方には、事業メンバー一人ひとりの意識改革が必要でした。この意識改革が大きな成功要因となった、と事業部長は評価しています。
2.BPR業革+IT活用
需要開発プロセスと商品供給プロセス、2つのコア・プロセスを対象に、BPRによる業務改革をしてITを有効に活用した点です。BPR業革をしてITを導入するアプローチによって、新情報システムの導入目的・成果を明確にすることができました。このことは、IT投資に対する成果を仮説検証することも可能にしました。また、開発・導入段階になって情報システムの要件定義に戻ってしまう、「後戻り現象」を防ぐことができた点も評価していました。なお、H社ではIT導入後のDCMおよびSCMの運営を通じて得られる、KPI(キー・パフォーマンス・インディケータ)による事業マネジメントを行っている点も評価しています。
3.事業部門とIT部門の連携
H社では、事業部は事業面、情報システム部門はIT面を中心に、お互いの連携がうまくとれた点です。この点については、社長からも他事業部の推進モデルになると評価されました。
事業部サイドでは、事業部長の改革リードと事業メンバーの意識改革が噛み合いました。事業スタッフの企画力もありました。情報システム部門では、ITによる技術支援だけでなく、他社の成功・失敗事例など有益な情報提供もありました。さらに、事業部と情報システム部門では、全社に先駆けて成功事例づくりをしたいという情熱も持っていました。
「事業戦略とIT活用の整合性」とよく言われますが、私は、「事業戦略は?→コア・プロセスは?→ITの有効活用は?」という3段階発想をすることが、大切と考えています。事業部門はITを、情報システム部門はビジネスを、それぞれ理解する姿勢が必要です。
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