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第5回 顧客洞察の方法論(1) カスタマーエクスペリエンスとは

 前回は多くの企業が「新しい価値」を生み出せていない現状から、本来のマーケティングに必要なものは何かを問いかけた。そして新しいマーケティングいや本来のマーケティングの姿に立ち返るために、自社と顧客の「接点ではなく、顧客の生活や業務といった背景」に着目すべきだと主張した。

 今回以降はその具体的な方法論を紹介し、マーケティングの理論だけではなく実践に踏み出して頂くきっかけを提供したい。最初に紹介する方法論として「カスタマーエクスペリエンス」を取り上げる。その意図は「流行の言葉やコンセプトの本質を理解して欲しい」ということである。

カスタマーエクスペリエンス(CX)とは何か

 最近「カスタマーエクスペリエンス」(以降「CX」とする)というキーワードが使われる機会が非常に多く、いわゆる「流行」している状況だと認識している。このCXの原点は10年近く前に生まれた「ユーザーエクスペリエンス(UX)」だと理解している。その当時はコンピュータやシステムにおいてインタフェースという発想を超えて、体験そのものに根ざし、体験そのものを変えていくという発想であった。  CXもこのUXから派生・発展したものであり、根本的な考え方は同じである。つまり、顧客と企業の接点を顧客の視点から連続して捉え、顧客の期待や企業からの提供物・サービス、そして提供価値を明確にしていこうというものである。
 その考え方や表し方はさまざまである。関連する書籍や論文、事例などをもとに整理すると、CXの要素は突き詰めると以下の7つであると言える(下図)。

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 これらは何も目新しいものではないし、「CS」という考え方や活動が普及し始めたころ(1990年代)からほぼ同じ枠組みはあった。我々もほぼ同じ技術・手法を開発し、コンサルティング実務の中で活用していた。ただし、JMACとしての呼び名は「お客様行動プロセス分析」であり、今さらながらネーミングのセンスが無かったと痛感せざるを得ない。しかし、さかのぼること20数年前から現在のCXと同じ考え方・手法を提唱し実践していたという点では先見の明があったと自負もしている。  このCXについて、言わば先駆者としてJMACが認識している活用上のポイントについては後述するとして、まずこうした「ハヤリことば」とどう向き合うべきか考えて頂きたい。

「ハヤリことば」に踊らされない

「流行る」とは一過性・一時的にもてはやされることである。マーケティングには流行を作る目的もあるが、経営の本質的機能であるマーケティングの考え方や枠組み自体が「流行」に左右されては本末転倒である。本当に自社にとって意味のある考え方や言葉なのか吟味し、的確に活用していく必要がある。  私自身、マーケティング領域で20年以上コンサルティングをしていると、様々な考え方や言葉が流行っては廃れていくのを見てきているし、時には自分自身も踊らされてしまったという自覚もある。
 そのような体験から培った「これは一時期の流行なのかそれとも一考に値するのか」を判断する視点をあげてみよう。

■定義が明快か否か

 1つ目の視点は「定義が明快か否か」である。生まれては消えていく考え方の中には定義が曖昧で、何を読んでも、あるいは提唱者の話を聞いても結局は何を主張しているのかが不明確であったり、理由がはっきりしないまま主張が微妙に変わったりしているものがある。これは論外である。

■活用すると新たな発見が得られるか

 2つ目の視点は「活用すると新たな発見が得られるか」である。私は新しい考え方や言葉を評価する際、この視点が最も重要だと考えている。今までと同じことを表現だけ変えて主張しているのではないか、もしくはマーケティングの実務や企業の実態を変えるほどの違いが無いのに、目新しい印象だけで話題になっているのではないか。  言葉としての響きが良いからか、もしくは何となく賢そうな印象があるといった理由で話題になってしまう例も残念ながら多い。

■技術的・環境的な変化とその効果

 3つ目の視点は「技術的・環境的な変化とその効果」であり、言い換えるなら「技術や環境が変わって、以前より上手にできるようになったかどうか」である。

 この良い例が「CRM」である。Customer Relationship Management自体は古くからその意義を踏まえて、様々な方法で取り組まれてきた。これがITの普及により、これまでよりも精密に効率的に効果的に実践できるようになった。これがCRMという新しい概念で体系化され、マーケティングの進歩に貢献したと考えている。

CXを「ハヤリことば」に終わらせないために

 では、CXはどう評価すべきだろうか。結論から言うと「本質を理解して活用するならCXの意義は大きい」である。  まず1つ目の視点である定義についてだが、これは多少の違いはあっても概ね「顧客がどのような体験を通じどのような価値を得るか」を整理したり新たにデザインしたりすることである。また、前述の7要素も提唱者・実践者により大きく異なることはない。

 また3つ目の視点である技術的・環境的変化とその効果についても、顧客の行動はSNSやビッグデータ活用などで追い掛けやすくなっており、以前より確かに顧客の体験を捉えやすくなっている。さらに環境的にも顧客が企業に直接アクセスできる場や機会も増えてきたし、企業側もWEBを中心に顧客接点を充実させるチャンスを得ていると言える。

 さて、最も重要な視点である「新たな発見が得られるか」についてはどうだろうか。この点はまさに「本質を理解して活用」できるか否かにかかっている。外部のセミナーなどで、CXの考え方を導入して他社との差別化を図ろうとする企業とその事例をいくつか見てきたが、残念なことに「結局、新しい発見は無かったのではないか」と言わざるを得ない事例が多い。そもそもCXを活用しようという動機やその本気度が疑わしい例、すなわち「何となく使ってみました」という例すらあり、これはまさに「ハヤリことば」に踊らされているのであり、時間の無駄である。

 では意義あるCXの使い方をするためのポイントは何か。細かくかつ重要なポイントはさまざまある(本当にさまざまある)ので、このコーナーでは紹介しきれない。ここでは要点中の要点を3つだけ紹介しよう。

■要点1:現状把握か理想のデザインか

 現状把握なら淡々と漏れなく整理すればよいが、デザインしたいのだとなると検討の体制からその結果の受け皿まで見据えて取り組まなければならない。必要な情報も極めて多岐にわたるし、事業戦略上の意思も明快にしておかなければ議論が迷走してしまう。

■要点2:「顧客」は誰か

 CXの現状整理にせよ理想のデザインにせよ、顧客の定義が曖昧で結果としてのCXが意味をなさない例が極めて多い。マーケティング全般に常に重要な視点だが「顧客は誰か」をいかに鮮明に描けるかが、CXでも勝負どころである。

■要点3:自社との接点「以外」にこそ目を向ける

 CXが企業体験ではなく顧客体験である意味を考えなければならない。顧客の体験は自社との接点「以外」の方が圧倒的に多いのだから、自社との接点だけを体験として捉えていてはCXを使う意味がない。だからこそ、顧客は誰かという点を考え抜かなければならないし、顧客を鮮明に描いた上で「どういう生活をしているか」「どういう業務を行っているか」を顧客体験として捉える必要がある。

 繰り返すがこれらは要点の中でも、最も重要なものである。他にもマーケティングの実務としてCXを活用する際には様々な落とし穴もあるし、目的を果たすために外せない急所も実に多い。実務で取り組む際は、ぜひ社内外の知恵を結集することをお勧めするし、豊富な経験を有するJMACもその選択肢の1つとして検討していただければ幸いである。

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