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第7回 顧客洞察の方法論(3)「観察」の方法とマーケティングにおける意義

 「顧客洞察の方法論」として直近2回は、CXすなわち「カスタマーエクスペリエンス」の意義、そして「観察」の重要性について紹介した。今回は「観察」についての実務的な方法と、観察が自社のマーケティングにもたらす効果や意義について紹介する。

「観察」の手法にもいろいろある

 さまざまな企業のマーケティング部門の方々に機会があるごとに「観察をしたことがありますか」と質問してみると、「ない」という企業がほとんどである。「顧客のニーズがわからない」「実はよく顧客のことを理解できていないのではないかと思う」という問題意識がありながら、顧客理解・洞察の努力をし尽くしていないのである。
 とはいえ観察という手法にはどのようなものがあり、おおむねどういった特性があるのかということは、これまでなかなか紹介されてこなかった。したがって、まずは主な手法について紹介し概要をご理解いただくために下図に主な手法と特性をを示す。それぞれの手法の概要は以下のとおりである。

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【対象者による思い起こし記録】

 これは対象者自身が自身の体験について体験後ある程度時間が経過してから、体験時の自身の行動や考え・感覚を思い起こして記録するものである。たとえば、「自社製品を使った日はこの記録用紙に回答を書いてください」といった方法である。「それが観察と言えるのか?」との声が聞こえてきそうだが、体験後数時間以内の記録であれば、体験から半年や1年経過した後にアンケートに答えるよりは、記憶の鮮度が良いため気づきが増えることが期待される。

【対象者による逐次記録】

 思い起こしよりもさらに情報の鮮度を高めるために、対象者に関連する体験の直後もしくはその最中に自身の行動・考え・感覚を記録してもらう方法である。たとえば「サービス利用中にこの用紙に感想を記録してください」という方法であり、WEBで提供しているサービスの場合などは、WEB上での操作途中に問いをポップアップさせたり、操作そのものの中に質問を織り込んだりすることもできる。思い起こしよりも対象者の負荷が高まるため対象者の調査への理解・協力が必要である。

【現場見学や通常接点での観察】

 ここからはいわゆる「観察」に近い手法である。お客様が製品やサービスを体験している場面、もしくは「それ以外の生活場面や業務場面」を洞察を行う者がまさに観る手法である。SIerがユーザー企業の業務場面を常時観察しシステム開発の参考にするといった例や、文具メーカーが生活の中での製品の使われ方を家庭の現場に立ち会って観察するといった例などがある。また、昨今では店舗内を常時カメラ撮影しそれを分析するという方法も活用されるケースが増えている。
 ある医療機器メーカーでは「自社の医療機器の点検のために、機器の利用場所であるご自宅に伺う際に、機器を点検するだけでなく、ご利用の方の暮らしぶりや生活の中での機器利用状況を観る」といった観察を取り入れている。そしてこの点検時の観察を通じて「ご高齢者が以外とスマートフォンやタブレットを器用に扱っている」ということに気づき、「機器の操作ボタンは大きい方がよいだろう」といった紋切り型の認識を改めるきっかけにしたという例もある。

 B to B事業であれば顧客の協力を得て現場・現地を観察するという方法は意外に実施しやすいし、生活者相手の場合も趣旨が理解されれば協力が得られることも多い。取組み例は出てきてはいるが、まだまだ多くの企業では活用されていない方法であり、ぜひトライしてみていただきたい。

【同行やシャドーイング】

 ここからは製品やサービスの利用場面「以外」にも焦点をあてる手法である。対象者に同行し、まさに影のように付いていき観察するという手法である。当然ながら製品やサービス利用場面に遭遇することもあるが、本来は製品やサービス利用の前後の体験に注目しようという手法である。(利用場面であれば前述の見学や通常接点での観察でこと足りる)
 たとえば顧客企業の営業担当者やフィールド担当者に許可を得て密着同行し、どのような行動がありどのような点に困っているのかを発見するといったケースがある。また特定の顧客セグメント(主婦、高齢者・・・)を定めて、該当する対象者の許可のもと家を出てから帰宅するまで同行し観察するというケースもある。特定の製品やサービスありきではなく、「人」に注目する手法であり、具体的な製品改良やサービス向上策に直結させるというよりは、より本質的な問題発見を目的とするケースが多い。したがって、観察から得られる洞察の量と質は、観察者(この場合は同行者)の力量に大きく左右される。

【エスノグラフィ】

 同行やシャドーイングをさらに場面や密着度を高めたもので、対象者の生活や業務に寄り添い気づきを得る手法である。この手法の起源は文化人類学にあり、もともとは異民族の文化や習慣を理解するために生まれたアプローチだと言われている。これをビジネスに応用し、対象者の生活や業務の全場面を比較的長期間観察し続けるものである。同行やシャドーイングも製品やサービスが焦点ではなく「人」が焦点であったが、エスノグラフィはさらに「人」の行動全般を対象にし、対象者も気づいていないような問題や期待を発見しようとする手法である。
 本来のエスノグラフィをそのままビジネスに応用することはなかなか困難であり、実務的には前述の方法を組み合わせたり、より深く対象者にインタビューを行ったりという工夫で、洞察の量と質を増やすように取り組んでいるケースが多い。

「洞察」を深めるためのポイント

 「観察」の主な手法は前述の通りだが、どの手法にも共通して重要なポイントがある。
 1つめは「適切な対象者選び」である。

 目的により、自社の製品・サービスの利用者を選ぶか、まだ利用したことのない人を選ぶか。また、対象者自身が内省的で分析的な人かその逆か。たとえば、内省的・分析的な思考に長けた人は観察されるなかでその目的を見抜こうとしたり、自分の行動の何が価値を生むかをついつい考えたりしてしまう。その結果として自身の行動が普段とは違うものになってしまうといったことも懸念される。いずれにしても、目的に合致するのはどういう特性の人なのかを十分に議論し決める必要がある。

 2つめは「どの程度、体験に関与するか」である。

 一般的に観察の醍醐味は「自然な行動を観る」ことだが、場合によっては「なぜそういう行動をとったのか」「そのとき何を考えていたのか」「いつもと同じ行動か違うのか」を対象に問う必要がある。これも対象者の行動や思考に影響を与えすぎないよう配慮する必要がある。関与度がもっとも高い例としては、観察者が対象者と共同作業を行う仲間として参加しともに体験し一方で観察するというケースである。いずれにしても、自然な行動を引き出すことが重要であり、そのうえでどの程度の関与が必要か十分に検討する必要がある。

 3つめは「観察者の力量」である。

 全場面や体験を動画で撮影する場合であれば、後日、複数の観察者が各自の気づきを述べて洞察を深め合うことができる。しかし同行やシャドーイング、エスノグラフィなどの場合は、観察者はたいてい1名であり、その場で気づいたことをメモしたり、体験後に質問すべきことを抽出したりするのはその観察者の力量にかかっている。したがって、自社内に「優れた観察者」を養成することもマーケティング部門として重要な取組みである。

 これら3点のほか洞察を深めるための視点や工夫はさまざまであり、次回紹介したい。

「観察」のマーケティング部門にとっての意義

 今回のコラムの最後に観察がいかにマーケティング部門にとって重要であるかを解説しよう。そもそもマーケティング部門に求められる最も重要な機能は何か。プロモーション企画力だろうか、製品企画への提案力だろうか、流通チャネルの構築だろうか、価格政策だろうか...。それらはすべて重要だが、それらに共通している機能、それらの根底にあるべき機能がある。それは「市場・顧客理解機能」である。マーケティングは顧客を生み出し維持し関係を強めることがミッションである。したがって、顧客を広く・深く理解するという「インプット」抜きにマーケティングは機能しない。
 にも関わらず多くの企業のマーケティング部門では、プロモーション企画や製品・サービス開発への関与といった日々のアウトプット業務に忙殺されている。新たなインプットすなわち顧客洞察抜きに、新たなアウトプット・質の高いアウトプットは生まれるはずもない。

 今回紹介した「観察」は、製品・サービスありきで顧客理解をしようとするものではなく、顧客の行動とその背景にある生活・業務に目を向けるものである。顧客洞察力を高めるために、アンケート中心のインプットに加えて「観察」を取り入れることで、自社のマーケティングに新たなインプットをもたらしていただきたい。マーケティングは企業サイドからの発想も必要だが、原点はあくまでも顧客であるはずであり、原点への回帰のための小さいが重要な刺激として、ぜひ「観察」にトライしていただきたい。

 次回は、観察も含めて「顧客洞察」をより効果的に行うための視点、方法について総合的に紹介したい。

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