山九株式会社
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世界中で「山九品質」を届ける人材育成拠点のつくり方
マレーシアにある「SANKYU TECHNICAL ACADEMY」(山九テクニカルアカデミー)
山九株式会社
1918年創業。現社長が6代目。総合物流やプラント設計・建設・メンテナンスを手がける。プラントの企画から重量物輸送、据え付け、試運転、操業のオペレーションから調達・生産・販売の物流まで、トータルサポートが強み。
ビジネスのグローバル化が加速度的に進む一方で、海外でも即戦力となる人材の育成を喫緊の課題とする企業は多い。山九では、事業戦略上重要な意味を持つ現地法人を牽引する社員の育成に力を入れている。国をまたいだ社員同士の協力体制、人的ネットワークの構築を目指す「山九テクニカルアカデミー」に迫った。
山九の課題
労働力不足/幹部候補の育成/人的ネットワークの構築
東京都中央区勝どきにある本社
マレーシア・セナイ国際空港から車で約30分、シンガポール・チャンギ国際空港からも車で60分ほどの場所に「山九テクニカルアカデミー」はある。ここは山九が、年々拡大している海外での業務に対応するため、2022年10月に設立した人材育成拠点だ。
約1万6800平方メートルの敷地内には、研修棟、事務所棟のほか宿泊棟を完備。東南アジア各国の現地法人で働く約7000人のナショナル社員を対象に、「安全研修」「品質研修」「技術研修」「技能向上研修」「階層別研修」など数々の研修を行っている。
従来、海外のプロジェクトを受注した場合は日本から現地へエンジニアや現場管理監督者を派遣してきた。ただ、少子高齢化が進む日本国内での人材採用は年々厳しさを増している。一方で「中期経営計画2026」では、海外売上高を2021年度の881億円から2030年度には65%増の1450億円へ、拡大させる方針を打ち出している。
目標達成のためには海外案件に対応できる高度な技術や技能を持った人材の確保、育成が急務。そこで各国の現地法人で働くナショナル社員を集め、日本と同じ教育水準で育てあげるべく山九テクニカルアカデミーを立ち上げた。
現地法人社員を経営幹部に育てるために必要なこと
山九テクニカルアカデミー社長の堀口和彦さんは長年にわたり、世界各国のプラントエンジニアリングの現場で働いてきた経験がある。その貴重な経験を、講師として階層別研修のなかで伝えている。
たとえば日本では、セーフティヘルメットのあごひもを締めることが当たり前。だが海外では、この習慣を浸透させるのが非常に難しい。堀口さんは現場パトロールのたびに、あごひも着用を指示し続けたという。あるとき、現場で高所からの飛来物により社員がケガをしたことがあった。管理監督者としてその社員を守れなかったことを堀口さんは悔いた。そのケガをした社員からは、「山九のような安全文化が浸透した会社で働けてよかった。あごひもを締めていたからケガだけですんだ」と感謝されたという。
「こういった40年の現場経験のなかのエピソードを情熱を持って語ることで、研修受講者たちに変化をもたらしたい。あごひもを着用していなかったら重大な事故につながっていたかもしれないなと受講者それぞれの心に残ることが大事だと考えています。安全確保のためには、現場に安全意識を浸透させることが不可欠で、そのためには何度でも繰り返し実行することが重要だと伝えています」(堀口さん)
山九テクニカルアカデミー社長・堀口和彦さん
山九テクニカルアカデミーでは、こういった座学にとどまらず、実際にプラントで使われている大型のコンプレッサーやポンプを活用しながら、メンテナンスや整備の技術を学べる。ただ、海外に人材育成拠点を設けた理由は、これだけではない。 ジェネラルマネジャー トレーニングデパートメントの二宮信治さんは、「創業から100年以上にわたって受け継がれてきた『社訓三原則(公言実行・自問自答・感謝)』の哲学を、現地法人の従業員と共有したい」と意気込む。
技術や安全に関する30以上の研修プログラムは自前で構築できた。技術や安全に関する指導は、社内のプロフェッショナルに任せられる。ただ、社訓三原則の哲学的な考え方をどう伝えるかが課題だった。
「海外事業は、その国の社会的、経済的発展に寄与できてこそ永続的な展開が可能になるというのが山九の創業者の理念です。現地法人の経営幹部候補である部長や課長、係長クラスのマネジメント研修では、こういった理念や社訓を理解してもらうことが不可欠なのです」(二宮さん)
ジェネラルマネジャー トレーニングデパートメント・二宮信治さん
山九テクニカルアカデミーは、外国人材を育成しつつ「企業の理念」をも浸透させることでグローバルな成長を目指している。とはいえ、企業の理念を外国人材に浸透させるための研修カリキュラムをつくるのは自前では難しい。そこで山九は、日本の本社で経営幹部育成の研修を実施しているJMACの支援を受けることに決めた。
宗教や文化的背景を考慮した研修プログラム
JMACの加藤修之は、「階層別研修プログラムのローカライズでは、参加者の宗教や文化的背景への考慮がポイントになる」と説明する。たとえば、日本のマネジメント研修でよく聞く「サーバントリーダーシップ」という言葉がある。
組織のリーダー(上司)はメンバー(部下)に指示や命令を出すのではなく、メンバーに奉仕し、そのうえで目標達成に向けてメンバーの主体的な行動をうながすことが求められるという考え方だ。これを英語に直訳してしまうと、カースト制度の価値観が残るインド人は「部下の召使になる」という誤った印象を持ち拒否感を示す可能性がある。
「日本での取り組みをそのまま英語に翻訳しても、真意は伝わらない」と二宮さんは言う。日本にある本社が考える経営理念をもとにした中期経営計画をいかに海外に広げていくか。そのためのカリキュラム設計は、JMACへの詳細なデータ提供から始まった。
日本と海外のインシデントデータベースや各国の価値観、ワークスタイルなどを一つひとつ照らし合わせて調整。これを5日間のカリキュラムに落とし込む行程は、「JMACの手法なくしては実現できなかった」と二宮さんは振り返る。
経営理念や社訓を自分ごとに落とし込む仕掛け
山九テクニカルアカデミーの階層別研修では、現地に集合する前に「事前課題」が与えられる。たとえば、「社訓三原則(公言実行・自問自答・感謝)と人を大切にするという経営理念を、どのような仕事にどのように活かしたいですか?」「自法人での顧客志向の事例をひとつ挙げ、顧客の概要、顧客の悩みや課題、提供したソリューションについて整理してみましょう」といった課題の回答を受講者は持参する。
創業者である中村精七郎が座右の銘とした処世訓を「社訓三原則」として受け継いでいる
経営理念や社訓は、言葉を聞いただけでは共感できない。受講者それぞれ自分ごとに落とし込めるように、座学でありながら参加、実践できる仕掛けをちりばめた。事前課題も仕掛けのひとつ。
グループ分けにも仕掛けがある。プラント・エンジニアリング、ロジスティクス、オペーレーション・サポートなど各事業の現地法人から参加した受講者同士をグループにすることもあれば、シャッフルしたグループで議論することもある。母国語や文化が近い受講者のグループで情報交換することもあれば、離れた文化圏同士が交流を持つこともある。
これによって、国籍や事業が違っても部下との関係構築の難しさなど困りごとは同じだという気づきがある。あるいは同じ悩みに対して、各国の参加者はどのように考え対応しているかを共有することで学びがある。社訓や経営理念、安全管理やコンプライアンス、組織運営などテーマごとに受講者の理解が深まるように、事前課題からグループ編成までをJMACは設計した。
「受講者に賛同しながら、うまく受講者同士の議論、会話を引き出していく講義の進め方はJMACならでは」と二宮さんは評価する。
「研修の5日間の最後にはいつも多くの受講生から、sankyu likeness(山九らしさ)、sankyu never say No!(山九は断らない)という言葉が飛び出すようになります。1971年に初の海外現地法人を設立してから50年以上かけてつくりあげてきた顧客との信頼関係を前提に、困りごとに対してフルサポートする山九の姿勢。このことを研修を通して再認識しているようです。
また研修では受講者たちに、あなたたちは東南アジアにいる約7000人の現地法人社員のなかから選ばれて山九テクニカルアカデミーで研修を受けているのですよと伝えています。研修を終了することで資格や処遇が上がるといった目先の利益が生まれるわけではないことを受講者は納得し、それでもモチベーション高く自国に帰っていきますよ」(堀口さん)
モチベーションアップという研修による育成効果は出ているものの、 「受講者たちが研修で経験したことや築いた人脈をもとに、各国で成果を上げるにはもう少し時間がかかる」と堀口さんは見る。
講義は英語で行われるため、研修受講者はこれまで「英語力」を基準に選ばれてきた。ただそれでは、マネジメント経験やベースとなるスキルに差がある受講者が集うことになり、結果、ばらつきに配慮したカリキュラムしかできず、マネジメント力アップに直結しない。
将来的には、「同時通訳ツールを使うなど工夫して、マネジメント力やスキルにあった階層別研修プログラムにしていきたい」と二宮さんは意欲を見せる。
各国から集まった人材が総合力を発揮できる未来
現在、山九の海外ネットワークは東アジア、東南アジア、欧州、米国、中南米、中東へと拡大を続けており、約1万2000人の現地法人社員が活躍している。
2025年4月には、サウジアラビアにも山九テクニカルアカデミー同様の人材育成拠点とプラントメンテナンス拠点を開設する予定だ。常務執行役員で人事・労政担当の秋友雅浩さんは「マレーシアとサウジアラビアの人材育成拠点で、山九という会社の核をなす公言実行・自問自答・感謝という社訓三原則の精神を各国の現地法人に浸透させていく。これによって、世界中どこでも日本と同じ品質、同じレベルでのサービスを提供し続けられる」と話す。
常務執行役員 人事・労政担当・秋友雅浩さん
山九テクニカルアカデミーが軌道に乗り、日本の社員の階層別研修にも変化が起きている。創業者の生誕の地である長崎県平戸市で行っている階層別研修がある。この研修対象者のうち希望する若手社員は、テクニカルアカデミーで研修を受けられることになった。
山九にとって海外の人材育成拠点は、文化・宗教・価値観の異なる各国社員が同じ場所で学ぶことにより、山九スタンダードを身に付け、世界で活躍できるグローバル人材を育てるための場所と位置付けている。「世界各地から集まった人材がチームを組み総合力を発揮できるようにすること、国境を越えて応援態勢がとれるようにすることが目指す形だ」(秋友さん)
人材育成拠点として設立された山九テクニカルアカデミーが「人材供給基地」にもなったとき、山九の海外展開はさらに加速しているにちがいない。
「人を大切にすること」という経営理念のもと育てられる、山九の熟練技能・技術
担当コンサルタントからのひと言
加藤 修之(かとう のぶゆき)
組織・人事コンサルティング事業本部
チーフ・コンサルタント
世界中から集まる受講者のさまざまな背景を尊重しつつ、創業理念や日本的経営など「変わらぬ幹」を育むことは容易ではありません。知識や理屈ではなく、各自の「物語」として腹落ちすることが大切です。そのためには、受講者が自ら「経験」を収集し、仲間と共有しながら再解釈することが必要です。研修中も、講師から「伝える」のではなく、受講者同士で何度も「語り合って」もらいます。現場を離れ、じっくりと「経験」に向き合える環境でこそ、「山九品質」を世界に広めるアンバサダーが生まれ育つのです。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』78号からの転載です。
※社名、役職名などは取材時(2024年10月)のものです。