お問い合わせ

第73回 「売れない時代の営業活動を改めて考える(1) ~顧客志向営業の必要性~」

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

笠井 和弥

日本における営業の歴史的変遷

戦後間もないころ、品物を作ればさばけた時代がありました。 「売った」のではなく、「さばけた」のです。 営業不要の時代と言えるでしょう。 続いて、売ろうとすれば売れた、営業の時代です。 生産が優先し、どちらかと言えば、営業は副次的な位置づけでした。 これら2つの時代は、生産者優位の時代でした。

それに次ぐ時代は、売ることに努力を要した時代です。 その前半は、高度成長下でしたが、競合に先んじて増大するマーケット需要を獲得するために、多くの企業が営業努力をして売り込んでいました。 企業の中で、営業力が重んじられ始めた時代です。

しかし後半になると、今までと同じような努力では、とても売れない状況になりました。 この時代の特徴を購入者である顧客の側から見ると、生活者一人ひとりの生活行動様式が変化し、それに呼応して需要が伸び悩むようになりました。 戦後すぐは、ほとんどの日本人は、生きるため汲々と働いていたのです。 それが、成長過程の中で、働きながら楽しみと余裕を求めるようになりました。 所得水準も文化度も右肩上がりで上昇し、生活はどんどん充実していきました。 物も飽和状態になり、人々は、より高いレベルの生活を楽しむために働くようになったのです。 物心両面の充実と多様化という状況が生まれたのです。 物があり余り、需要が低迷するのは当たり前です。

企業は、営業改革をしなければならないところにきたのです。 単に営業を強化するとかではなく、市場や顧客のことを考えて手を打つマーケティング発想を、経営全体に取り入れる必要性が増しました。 それまでの経営計画と言えば、売上予測の延長線上で、5年後に売上は利益はいくらにする、といった内容でした。 ところが、マーケティング志向が根づき始めた企業では、顧客をどう取り込んでいくか、5年後の顧客構造をどういう形にするか、経営全体で考えていくようになります。 マーケティングというものを、経営戦略の中に取り入れる一方で、営業は、どれをどう具現化していくかに腐心する。そういう意味で非常に難しい時代になったのです。

顧客志向の基本的考え方とは

では、顧客志向の営業とは何でしょうか。

mk73_1.jpg

1つ目は、徹底して買う側の立場に立つということです。 高度成長以来、第一線の営業の人たちは、売り込み志向の意識を強く持っています。 売れないと、ますます売り込んでいこうという姿勢になります。 「お客さまの側に立って考えています」と言いますが、本当にはなりきっていません。 いつの間にか、売る側の発想しか出てこないのです。 買う側の立場に立つと言う時、ある前提があります。 顧客の特性がわかっていないと、買う側の立場に立てません。 消費財は言うまでもありませんが、生産財の場合も、ビジネスの対象となる顧客企業が携わっている事業の特徴とか、会社の経営体質、技術・生産特性などを把握することが前提となります。

2つ目は、なぜ買わないのかということを徹底的に追及することです。 実践面では、どうも、なぜ売れないのかと考えがちです。 特に、市場のことがよくわかっていない人たちは、「売れないのは営業力がないから」と短絡的に考えるケースが多いようです。 それも、1つの要因かもしれませんが。

そこで、顧客が買わない要因を考えてみると、買う側の論理に起因するものがあります。 まず、これを徹底的に調べてみることです。 そして、買う側の論理がわかっていないことも含めて、売り手側の要因についてもう一度考えてみる、というプロセスを踏むことです。 このプロセスが逆では、上手くいきません。

3つ目は、幅広く考え、メッシュを細かく分析してみることです。 とかく、買う買わないという行為にスポットを当てて、売り込むことを考えるから、その範囲内でしか頭が回らないのです。 しかし、もっと広く、顧客の生活様式に関わる心理、あるいは、購買に関わる背景があります。 生産財であれば、企業の経営行動に関わる論理や購買の背景など、細かく突っ込めば突っ込むほど、様々な要因が出てきます。 その要因を、次のように分析するのです。

ここに買わないという現象がある。そして、そういう現象を起こしている「結果の要因」があります。 そういう結果を引き起こした「媒介の要因」があります。 媒介するものを、さらに突き詰めてみると、「原因となる要因」があります。 その原因が生じる「背景要因」があります。 なぜ、なぜ、なぜ、なぜ・・・・、事実を見ながら聞きながら、「なぜなぜ問答」を徹底してやってみるのです。 これを、「原因結果の関連構造分析」と呼びます。 こうした分析の結果として、きめ細かい具体的な売りの手立ての知恵が出てくるのです。 そこまでメッシュを細かくしないと、売りを上げるための適切な方法が見つからなくなっているのです。 突き詰め方が不十分だと、「売れないからもっと値引きをして売れ」というような短絡した対策しか出てきません。

顧客分析の視点

顧客起点の営業が大事になっているとすれば、顧客をどう分析するのか、顧客とはいったい誰なのか、もう一度調べてみる必要があります。 生産財を例にとって申し上げると、顧客≒企業あるいは組織体と考えていいと思います。 それをさらに突っ込んでみると、購買を発起する人がいます。 そろそろ設備を更新しないと生産効率が悪くなる低下するということを考える立場の人です。 それを一緒に検討する人がいます。予算を預かって、お金を払う人がいます。 もちろん決定する人もいます。 (社内外を含め)それに影響を与える人がいます。 土木建築の営業では、社内外にオピニオン・リーダーのような人がいます。 購買したものを使う人、メンテナンスする人がいます。ダイレクト・セールスでなく、ルート・セールスでやると、代理店といったチャネラーも、顧客の一つでしょう。 そういうことを含めて、顧客とは一体誰なのか、買うに当たっての決定構造はどうなっているか、攻略すべきキーパースンは誰かをはっきりさせる必要があります。 それに、買おうとしている商品やサービスについて、顧客がどういう価値観やニーズを持っているのかという問題もあります。

さらに、顧客はどういう時に買う気になるか、動機について突っ込んで分析してみる必要があります。 それから、購買行動を起こす環境条件として、どういうものがあるのか、条件がどのように作用した時どう変わるのか、をみておくことも必要です。 前述の「顧客が買わない理由は一体何か」ですが、機械を例にとって考えてみると、まず、機械そのものを買わないということがあります。 もう一つ、当社の商品は買わないという場合もあります。 その理由を分析していくと、競合商品との対抗になってくるはずです。 そういうことを通じて、自社商品によって、どういう価値を提供するのかという売り側の論理につながっていくのです。

顧客心理・行動の変化と営業の難しさ

どのような商品の顧客であれ、顕在ニーズを持っている顧客の数は、非常に少なくなっています。 消費財のケースで言えば、店頭やWeb上でその顧客を逃すと、他の顧客で補うことが難しいのです。 従来、顧客が多かった時代は、Aが買わなくても、Bが買ってくれるので、辻褄が合いました。 しかし、今は、そうはいかなくなったのです。 そういう意味で、ロスト客を起こさないことが大事で、失敗が許される機会が少なくなっているのです。

顧客は商品を吟味し、ニーズに合わなければ買いません。 簡単に否定します。 それだけに、見込み客を購入可能性のあるホット客にし、受注につなげるまでに要する時間とエネルギーが増えています。 すなわち、顧客を説得することが難しくなっているのです。 顧客は、企業の多くの製品やサービスが販売不振に陥っている状況をよく知っています。 売り手企業の足元を見て、条件などで無理を言うのです。 競争が激しいから、売るために、ついつい価格競争に入っていってしまいます。 タイヤの値引き競争など、大変なものです。 一度、市場価格が落ち込むと、引き上げは極めて困難でしょう。 迂闊な値下げはダメということです。 では、どうすればよいのでしょうか。 私自身も、残念ながら、そのための打ち出の小槌は持ち合わせていません。

顧客は、物の良し悪しはあまり変わらないと思っているので、それ以外の付加価値のあるサービスを重視するようになっています。 物の売り込みだけでは、買わなくなっています。 幅広いサービスが必要なのです。 また、一度不満を持つと、二度と振り向いてくれないケースが増えています。 クレームでも発生すれば、その顧客の不満は募っていきます。 そこを競合はすかさず衝いてくるでしょう。

顧客は、欲しいものをほとんど手に入れているから、買い替えか、特別変わった商品しか望まなくなっているのです。 ところが、商品開発の面で、次々に新しいものを出すというわけにもいきません。 買い替えに対応するとなると、持続的な顧客管理が重要になってきます。 コンサルタントとして様々な企業を支援する中で、「顧客管理をしていますか」とお聞きすると、ほとんどの企業では、「データベースを作って顧客情報を入れています」という答えが返ってきます。 しかし、「それをどのように活用していますか」と尋ねると、「個々の営業所や営業マンの対応に任せている」「まだ、そこまで手が回らない」という返答が大半です。 顧客データ入力はやっていても、顧客管理はできていない、ということです。 顧客の情報をどう活かし、顧客への営業ロスを最少化するかを再考することが必要です。

(シニア・コンサルタント 笠井 和弥)

コラムトップ