第80回 経営改革にIT活用はつきもの
- 経営改革の知恵ぶくろ
神奴 圭康
前回まで、経営改革の技(発想法や手法)について、財務・事業・管理という3つの面から述べてきました。経営改革の主体は、トップから第一線まで人であることは変わりませんが、経営改革にはこのIT活用がつきものです。そこで、経営改革とITの有効活用について、6~7回に分けてお話しします。
ITの進化と改革リーダーシップ
IT(Information Technology)は、直訳すれば「情報技術」です。コンピュータ技術がイメージされると思いますが、通信技術(ネットワーク技術)も含めた「情報通信技術」の意味で使用されています。人によっては、ITでなく、通信技術も全面に出したICT(Information & Communication Technology)と呼ぶでしょう。いずれにしても、その技術は進化し、今では経営改革の分野でも有効な解決手段になっています。上の図は、ITの進化とIT活用を大きく俯瞰したものです。
企業におけるITは、その昔、事務処理の省力化を中心とした事務改善に、コンピュータが活用されていました。OA(Office Computer)と呼ばれた時代でした。次に、マネジメント分野への利用を意味する、MIS(Management Information System)が叫ばれた時代もありました。1980年代後半には、SIS(Strategic use of Information Systems)と呼ばれ、情報通信技術を戦略的に活用する企業が注目を集めました。いずれも、目的観をもってITを有効活用した企業が成功事例になりました。一方、そうでない企業は、技術に振り回されて失敗事例となりました。
その後1990年以降に、ITのハード技術は、ホストコンピュータ/オフィスコンピュータから、クライアント/サーバーと呼ばれる要素技術のシステム化によるダウンサイジング、オープン化の時代へと推移しました。
また、ITのソフト技術についても、自社専用の情報システム開発だけでなく、ERPに代表されるパッケージ導入も盛んになりました。さらに、ご承知のように、インターネット技術の目覚ましい進歩によって、ITは多くの人が活用するものになりました。近年、スマートフォンやタブレットなど、端末デバイスの発展には目を見張るものがあります。企業がIT資源を外部に求めるクラウド技術の活用も、拡大しています。
企業におけるIT活用は、今や単なる事務業務の効率化でなく、あらゆる分野の業務改革に拡大しています。第一線では、業務プロセスの効率化と内部統制への活用、コミュニケーションの活性化に広がっています。
第56回~64回にお話ししましたBPRに、IT活用は不可欠なものになりました。先進企業では、事業競争力強化、ビジネスモデル開発や経営の見える化といった、経営改革の分野にもIT活用を進めています。ITは、もはや情報システム部門だけの問題ではありません。経営トップ、事業ライン、経営スタッフなど、経営改革にITを活用するチェンジリーダーの問題でもあるのです。今や、チェンジリーダーは、IT有効活用の方向性を明示し、その推進を担う改革リーダーシップを問われていると言えるでしょう。
経営改革に役立てるIT憲章
経営改革とIT活用について、経済産業省が企業トップの意見を10原則にまとめた「IT経営憲章」があります。詳細については説明を省きますが、経営者の改革リーダーシップを示す理念として参考になります。
日本企業のIT活用課題とは
一方、企業におけるIT活用については、課題もあります。日本企業のIT活用課題を、守りと攻め、活用目的とマネジメントの面から示したのが、上の図です。企業によってその内容は異なりますが、多くの企業にとって共通の課題と考えています。
1.コスト削減のためのIT活用
コスト削減には、業務コストとITコストの2つがあります。業務コスト削減は、各部門の個別業務や業務プロセスに対するIT適用によるコスト削減です。また、グループ経営における間接業務の集中化やアウトソーシングに伴うIT活用による削減です。
一方、ITコスト削減は、大きな課題と言えます。日本企業のITコストは、運用コストが大きく投資コストが少ない構造と言われます。これは、各企業が自社の事業・業務に適合したシステムを、個別にローカルに開発・改良してきたことが要因でしょう。グループ経営をグローバルに展開する企業にとっては、ハード・ソフトの両面からIT基盤を整備・共有化して、運用コストを削減することが急務の課題です。そして、事業展開スピードに合わせて、投資コストのウエイトを高めることが求められています。
2.IT活用のリスクマネジメント
IT活用にはリスクが伴います。情報漏洩や不正ウイルス汚染など、情報セキュリティに関するリスクです。トップの十分な認識と共に、情報システム部門が組織メンバーを巻き込んだ、継続的対策活動が不可欠です。
また、天災など事業継続に関するリスクもあります。BCP(事業継続計画)対策の下に、多くの企業が取り組んでいます。中長期的な対応が不可欠なテーマです。データセンターのバックアップやクラウドの活用など、政策的意思決定だけでなく、在宅勤務システムの導入を始め、一人ひとりの意識・行動改革も視野に入れた取組みが必要となります。
3.経営改革のためのIT活用
各社とも、業務の効率化を目的としたIT活用は進んでいると思います。これからの本命課題は、先進企業が進めている、事業の経営成果を追及したIT活用でしょう。既存事業を中心とした、事業競争力強化のためのIT活用です。また、既存事業のビジネスモデル再構築や、新規事業のビジネスモデル開発のためのIT活用です。
経営や事業の意思決定を支援する経営の見える化も、課題です。第74回~79回に述べた「管理会計システムのIT活用」は、経営の見える化に関するテーマです。また、商品・顧客・エリアなどの切り口から、膨大なデータベースを活用して、マーケティング対策に活かすことも、経営の見える化に関するテーマと言えます。
事業の競争激化・グローバル展開・M&Aが進む中で、経営改革のためのIT活用には、経営とITの融合、事業・業務とITの融合がますます必要とされます。
4.IT活用の人材マネジメント
ITの導入を成功させるには「何をしたいか」という目的を明確にする必要があります。しかし、これが必ずしもできていないようです。特に経営改革のためのIT活用は、今後の事業戦略やビジネスモデルの方向と経営成果、具体的なビジネスプロセスを明確にしないと、IT導入はできません。目的が曖昧なままのIT導入は、いわばIT投資・費用に対する成果が曖昧なことを意味しますから、失敗リスクを抱えてしまうことになります。
目的を明確にしてIT活用の方向性を示すには、経営とIT、事業・業務とITの両面にわたって精通した人材を開発することが求められます。トップには、IT活用の戦略と人材ビジョンを明示するリーダーシップが必要であるということです。一方、事業ライン人材にはITの活用能力が、情報システム部門の人材には事業・業務の理解が、それぞれ必要なのです。
IT活用は、守りと攻めのバランスが重要です。今後は、守りの面に加えて、攻めである経営改革へのIT活用が欠かせません。
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