ツール活用で営業人材の育成にオドロキの進化 〜コロナ禍が変える営業スタイル〜
- マーケティング・営業
江渡 康裕
皆越 由紀
江渡康裕(シニア・コンサルタント) 皆越由紀(チーフ・コンサルタント)
「人に依存している」代表的な仕事の機能の1つが営業であろう。人が人に会い、伝え、説き、共感と納得を通じて商品・サービスの購入を意思決定してもらう。「販売」はAIに取って替わられるかもしれないが、「営業」は「人の仕事であり続ける」という認識も根強い。
しかし、いくらなんでも人に依存し、人が関与しすぎてはいないだろうか。もちろん、人が重要という点に異論はない。とくに営業人材を育てるという点では「名プレイヤー名指導者にあらず」ということがわかっていても、いまだに「自身の成功体験の拡大再生産」が正しいとする傾向すらある。
こういった状況を一変させうるのが奇しくもコロナ禍である。象徴的な変化は「商談のリモート化」である。リモート化により常識に風穴が開いたかのように、さまざまな営業変革の事例が見受けられるようになってきた。
今回はとくにオンライン・リモートという特性を活かしたツールの活用事例を紹介しつつ、これからの営業を「脱経験依存」の観点から捉えてみたい。
営業人材の育成に有効な手法とは
商談は営業の大事な場面である。しかし、リアルで行われる商談は営業担当者個人に依存していることが多い。本来、担当者一人ひとりの特性を見抜いて育成していくべきだが、実際の管理者は、その担当者の商談場面を見る機会はほとんどない。担当者から状況報告を受ける程度に留まっている。助言・指導も、名プレイヤーだった管理者ほど自分のスタイルを押しつけてしまいがちである。結果、商談遂行上のポイントは、営業担当者一人ひとりが試行錯誤の末に体得していることも多い。
一方、電話やメール、チャットなどの非対面営業(インサイドセールス)を中心としたある企業では、一人ひとりに応じた育成が行われている。次のように、細かく一人ひとりを見て、ていねいにサポートしている点ではリアル商談の担当者育成とは大きく異なっている。
基礎スキルの習得:デビューに必要なスキルの獲得
まず、採用・配属時の担当者スキルは低い前提である。そこから基本情報を提供して底上げを行い、求めるレベルへといち早く成長させるために、自社が求める最低限の対応・サービスレベルを示し、スクリプト(台本)を提供する。話し方の指導も徹底的に行う。
スキル拡大/スキル補完:さまざまなケースに関する具体的対処法の情報提供
基本指導の後、「主要用件の6、7割は何とか外さずに対応できる」というレベルでデビューをさせる。そしてデビュー後も、担当者の対応を随時(少なくとも月次単位で)モニタリング・評価する。その結果から苦手な事象や未経験と思われる事象を取り上げ、具体的な対応例を含めて情報提供を行う。
内容自体は、過去の取引情報やWEBサイトのアクセスログの変化に応じた商談の展開パターンなど、基本の再確認といった場合もあれば、取引先の特性・そのときどきの相手の反応に合わせた展開&話法の習得などさまざまだが、いずれも実例を各担当者のレベルに合わせて提供される。このため、担当者は早期に実践的な対応方法を広く認識し、案件の種類や対応幅を拡大することができる。
早期ノウハウ獲得と主体性・判断力の醸成:組織的な試行錯誤の推進
とはいえ、情報提供ばかりでは、その情報がないと何も判断できないように育ってしまうおそれがある。ある程度は提供された情報で対応できても、その場をとっさに判断し、仕切り、表現していく力が個人に求められる。「各自が考える」ことが不要なわけではなく、一人ひとりが考え、対応する行動を習慣化する必要がある。
重要なことは「一人ひとりの試行錯誤時間を"組織としてムダにしない"」ことである。類似案件に対してそれぞれが悩む時間を極力減らし、より精度の高い「今後のアクションや解決方向が見える状況」をつくり出すことが求められる。
ある企業では、次のような形式で組織的な試行錯誤に取り組んでいる。日頃のチーム・ミーティングで「悩ましい案件の実例」を提示し、「各自が考えるお客さまの反応・展開ストーリー」を15〜20分程度でディスカッションする。各自のとっさの判断・思考・表現力を習得・発揮する機会であるのと同時に、他者のノウハウ・スキルレベルを知る機会にもなっている。
上記いずれの段階でも録音データ(商談時の声や文字などのやりとりの実録データ)を使用する。一人ひとりの日頃の顧客対応・商談を録音し、管理者は必要に応じてその録音を聴き、「相手に最適な展開・伝え方であったか」を評価・フィードバックする。
以上のインサイドセールスでの実例を踏まえ、「リアル商談にもそこまでの育成・フォローが必要なのか」と思う方もいるだろう。しかし、各企業の管理者にインタビューすると「最近の担当者には手厚い育成も必要だ」という声は多い。ただ、「実施したくても、マネジメントの負荷がかかりすぎて現実的に難しい」というのが共通意見である。
これまで、リアル商談の実態を把握するには、担当者への同行調査が必要だった。しかし、同行時間の確保・日程調整だけで(対象者数)×(サンプル数)が限られてしまううえに、顧客に気を遣われる、営業担当者が前面に出ようとしない、など期待どおりに商談が進まないこともあり、負荷の割に真の実態が得られにくかった。
また、同行結果のフィードバックは、お互いの記憶が明らかなうちに行う必要がある。後日、担当者と共有するのでは、論点・結果はきれいに整理されていても、臨場感に欠ける。もっとも伝えたい「その場で、何をどうやりとりしたか」を示すことに限界があり、仕組みとして同行を取り入れる企業も限られていた。
しかし、コロナ禍のオンライン商談をきっかけに、実態把握や育成方法も大きく変化しつつある。
ツールを活用した実態把握と育成
商談の評価・フィードバック
オンラインツールの活用で、同行せずとも部下/他者のリアル商談に立ち会うことができるようになった。
B to Bのある企業では、必要に応じてリアル商談でオンライン同席を行っているが、以前のような移動の負荷なく、同日に複数担当者の実態を把握することができるようになったという。
また、リアル商談を録音・事後チェックしている企業もある。担当者とのスケジュール調整も不要で、倍速再生によって、より短時間での内容把握も可能になった。何よりも商談結果など担当者からの報告を元に、あらかじめ把握したい対象のログを選ぶことができる。また、商談すべてのモニタリングではなく部分チェックで済ますこともできる。
かつての同行調査と比較すると、「担当者が、相手とどのような流れでどうやりとりしているか・何をどう伝えているか」把握する負荷は大きく軽減した。
商談の実態を共有
コロナ禍でリアル商談が強制的にオンラインへ切り替えられた当初、全員が「オンライン商談をどう進めるべきか」を考えなくてはならなかった。個々で試行錯誤するよりも、お互いに学び合おうと、「画面映りや相手への魅せ方」を中心にオンライン商談の進め方検討や実践結果の共有を図った企業も多いだろう。しかし、その後はどうだろうか。
ある企業では、リアルとオンラインの併用型になった現在も、リアル商談を含めて録音し、必要に応じて音声データの文字化を図り、共有を続けている。ベテラン勢のさまざまなやりとり・伝え方が文字になっているため、若手層には個別具体的・実践的な例示として参考となり好評だ。
とくに、商談相手に対して担当者から積極的に問いかけて情報を引き出すケースや、相手の状況を踏まえた提案が必要なケースを中心に共有している。複数回にわたって商談が続くケースも、各回を続けて読み進めることで全体ストーリーが確認できるようなっている。
商談音声の全文文字起こしにはそれなりの時間も要す。しかし、音声を聞き返すよりも、文字データの方が振り返り・他者との共有の使い勝手はい。世の中には音声の文字化ツールもあれば、文字起こしを受託する企業も存在する。そういったツールや企業活用も手段の1つである。
システムと人に分けた評価の実施
システムによる文字起こしの場合は、文字認識・変換のミスも生じうる。しかしある企業では、システムの変換ミスも含めて商談の内容を評価することにした。評価項目をシステムによる自動判断・評価と、人による評価に分けて行い、それぞれ担当者へフィードバックしている。システムと人を併用した評価について、具体的にみていこう。
(1)文字認識機能による評価
あいさつや名乗り、提案のポイント、クロージングワードの有無にかかわる文字認識の誤りは、「そもそも、機械が聞き取れないような話し方・滑舌をしている」という共通ルールで指導を行うこととした。機械判定のため、人による評価のブレはなく公平である。
(2)「伝えるべきトーク」や「顧客によく聞かれる質問」の調査
次にキーワードを設定し、文字データの中から発生の有無を自動判定できるようにした。管理者は、キーワードの発生があった対象のログについてのみ、その対象個所を中心に「担当者がどこでそれを伝えたか、どのように回答しているか(わかりやすく伝えられているか)」を確認している。
(3)相手の反応をふまえた商談が行えているかどうか
(1)(2)はシステムに任せ、管理者は主に次の点に絞って録音や文字起こしされた商談内容の確認を行っている。
- 商談場面を、どのようにリードしているか
- 相手の反応に合った回答・提案で、アピールしたいことが伝わる構成か
- 話の中で、うまく相手の情報を聞き出せているか
- 担当者からの報告(担当者認識)と実商談の内容に食い違いがなかったか
担当者がどのような事前準備をし、何をどう聞き出し、どのようなストーリーで相手に話をしているか、次回以降のクロージングまでにどう展開しているかという事実をふまえ、管理者は個別具体的・実践的なアドバイスをフィードバックする。
データ確認の際には、共有すべき・参考となる案件にフラグを立てて蓄積するため、管理者は自身の個人技に限らず、他者の好事例・実例ケースを提供することができる。また、担当者セルフでも他者の参考になる案件がないかを情報収集することができる。
リアルで自らスタイルをつくり上げてきた担当者にはやや気の重い手法であり、他者に見せたくないという気持ちもあったことだろう。しかし、そのような担当者こそ他者対応の関心度も高い。B to Cのある企業では、営業成績のインセンティブに加えて、個人のノウハウ・アイデア発信も処遇・評価の要素とした。一人ひとりに自分の試行錯誤を囲い込ませず、共有・展開させることで組織全体の成長に取り組んでいる。
オンラインツールの活用をきっかけに、実態を知ろうと思えば知ることができる環境が整いつつある。だからこそ、その情報を活用するかしないかは企業に委ねられている。難しいと諦めるのではなく、うまく実現できないかを考える企業こそ、チーム営業のあり方を変えていくのではないだろうか。
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