カスタマーハラスメントから従業員を守れる組織になるために
第1回 ガイドラインに求められる具体性とは
- マーケティング・営業
江渡 康裕
断り慣れていない日本企業
2025年4月1日からの「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」施行に伴い、「カスタマーハラスメントはお断り」の姿勢は企業にとって当たり前になっている。しかし顧客対応の最前線では、実際に具体的な変化が起こっているのだろうか。貴社では、「カスハラはお断り」と掲げてはいるものの、強硬なクレームに対して今まで通りの対応に終始し、終わってみれば結局1時間費やしてしまったということが続発していないだろうか。
ほとんどの日本企業の企業理念の根底には「お客さま第一主義」があり、それが1990年代から「CS経営」として発展してきた歴史がある。そのような価値観がある組織においては、「お断り」と掲げてるものの、実際には「断り切れない」という現象が続くことがある。厚労省のガイドライン、自治体の条例や宣言、自社におけるガイドラインなど、カスハラは断るのだという理解は確立しているにもかかわらず、なぜ毎日カスハラ対応に長時間を要するということが続いているのだろうか。
一言で言えば「断り慣れていない」ということに尽きるが、その背景にはいくつかの要因がある。真っ先に考えるべきは自社のガイドライン(もしくはマニュアル)の具体性である。
「ガイドライン」は具体性が不足しがちである
都条例は企業に対していくつかの責務を課している。その一つが、事業者が主体的・積極的にカスタマーハラスメントの防止に取り組むことであり、その一環としていわゆるガイドラインの策定も努力義務として掲げられている(条文の表現を意訳)。こういった公からの要請もあり、多くの企業がカスタマーハラスメントに対応するためのガイドライン作成と発信に取り組んでいる。
ではそれらのガイドラインはどのような効果を生むのだろうか。
ガイドラインに書かれていることは要するに、「カスタマーハラスメントは認めない」「毅然と対応する」「従業員を守る」といったいわば当然の内容がほとんどである。もちろん明示することは前進であり、良識的な顧客はこれまでにも増して「カスハラにならないように気をつけよう」と気をつけてくれるだろう。さらに、従業員も「カスハラは断って良い」と理解するだろう。
しかしその一方で、そもそもカスハラを起こす客はガイドラインや宣言など気にしないし、自分達がカスハラ客だとも自覚していない。企業に「物申すのは正義」だと思っているわけであり、結局のところコアなカスハラは減少しない。そして従業員からすると、一つひとつの「カスハラ的な出来事」にどう対処して良いか分からず、「断っていいのだろうか?」という不安にさらされ、結局は断り切れず1時間たってしまう・・・ということが一向に解消されない。つまり、よくあるガイドラインには「具体性」が決定的に欠けていることが多いのである。
求められる具体性のレベル
「カスハラは断る」ことを実際の対応において実現するためには、最低限以下の内容を具体的に決める必要がある。
- カスタマーハラスメントの定義
- 個々の対応のなかでカスハラだと判断するための方法
- 断り方
1.カスタマーハラスメントの定義
都条例では、カスタマーハラスメントについて「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう。」とされている。この内容に間違いはないが自社が実務のなかでカスハラ対応を進めるためには具体性が不足している。
とくに「著しい迷惑」とは何か。
例えば「令和の米騒動」など根拠の無い不安から、米を買いだめした客が返品をしたいと要求する場面で考えてみよう。
生鮮食品である米を返品したいと要求するだけでも「迷惑」ではあるが多くの売り場では「著しい迷惑」とまでは考えないだろう。では「それはムリです」と伝えたにもかかわらず「そこをなんとか」と粘られたらどうだろう。一度粘るだけなら著しい迷惑ではないかもしれない。では「客の要求を断るのか!」と怒鳴りつけてきたなら「著しい」と言えるだろうか。怒鳴ってはいないが何回説明しても穏やかに「なんとかなりませんか」と明らかにお困りの様子で「涙ながらに」求め続けてきたらどうだろうか。
店員の心情としては「怒鳴っている客」と「お困りの様子の善良に見える客」がいる場合にどう判断すべきなのだろう。どちらに対しても「返品不可です。お引き取りください」と毅然と告げられるだろうか。自社のガイドラインがこういった迷いを払拭できるような具体的な内容になっているだろうか。まずは何がカスハラなのかを具体的に示さない限り、現場ではカスハラ対応に長時間費やし続けることになる。
2.個々の対応のなかでカスハラだと判断するための方法
カスハラだと判断するための方法についても、多くの企業では具体的に決めておらず、「臨機応変」と言いつつ結果的には「場当たり的」な対応に委ねてしまっている。カスハラ対応の現場では「定義は具体的に示されていても、いざとなると判断できない」ということがよく発生する。これも断り慣れていないことに起因するのだが「自分の判断で、本来断ってはいけない要求やお客さまに”お引き取りください"というのは勇気が要る」という心理が働くからである。
そこで必要なのが判断の方法を具体的に決めることであり、弊社では極めてシンプルな方法をお勧めし効果をあげている。端的に言えば「複数人でカスハラだと判断する」である。店舗で言えば、対応を担っている従業員ともう1人程度が合議してカスハラか否かを決めるというだけである。電話対応の場面でもオペレータが1人で決めるのは荷が重いため、SV等と相談するかもしくはモニタリングしつつ、複数人で決めるという「方法」を定める。カスハラにさらされながら目の前の客を一旦待たせて他者に相談するということも遠慮してしまう従業員も実際には多い。「誰かに相談して複数人で判断する」ということを具体的に決めておくことが必要な判断を促す効果があるのである。
複数人で判断することで「心理的な負担」を軽減
- 「お断り・対応終了」との判定は、複数メンバーで行なう(明らに悪質なケースはその場で判定)
- お客様への対応とは異なり、遠慮せず対応することが毅然とした対応である
- お客様への心配りを、悪質な“お客様”に対して行なう必要はない
3.断り方
断り方について、本来は自社の決めたカスハラの定義に当てはまり、複数人でカスハラだと判断したなら、本来は「対応を打ち切る」ことが唯一の選択肢のはずである。しかし現実には、判断しても断り切れず結局1時間・・・ということがよく発生する。
改めて「カスハラ客を断る」とは何をすることなのだろうか。
「お引き取りください」と伝えても帰らないのがカスハラ客である。帰るまでカスハラ客に言い続けるのか。それとも警察を呼ぶのか。電話ならこちらから切ることができるわけだが、カスハラ客の多くは何回でも電話してくるし、他の無関係な部署に電話して同じことを繰り返すこともある。帰れと言ってもカスハラ客が帰らず、結局長時間にわたり対応が続いたり、今日は電話を切ったが明日またかかってくるということにどう対処するべきか。
この「断り方」についても、どうやって退去させるのか、どうやって2度目、3度目の電話に対応するのか、他部署に連絡してきた場合にどう対処するのか、場合によっては監督官庁にクレームを入れられた場合にどう対処するのかなど、具体的に決めておかなければならない。人里に熊が出没し自治体の要請で射殺したケースで役場にクレームの電話が殺到した際に「ではあなたのお宅に熊を送りますね」と回答した自治体が話題になった。その表現の是非はともかく、具体的に「何をどう伝えるか」まで決めて共有・実践しなければ「結局長時間対応してしまう」ことが解消されないのである。
ここまでコラム第1回では、カスタマーハラスメントは「断る」ということは当然としつつ、カスハラ対応の現場ではなかなか断れないこと、断るためには「ガイドライン」の具体性が重要であることを述べた。第2回ではカスハラを断ることができ、従業員を守ることができる組織になるための取り組みについて解説する。
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