イノベーションで成果を出す技術人材をつくるには 〜カギは「場づくり」と「仕掛け」〜
- JMAC EYES
鬼束 智昭
R&D組織には2つのことが要求されている
R&D(研究開発)の現場では、現在2つのことが要求されている。
1つは現事業の競争力強化につながる技術開発である。現行製品の機能・性能向上であったり、低価格化対応であったり、あるいは海外市場への展開対応などもここに含まれる。
もう1つは、新たな価値の創造や新事業の創出につながる技術開発である。現事業の競争条件を覆すような技術開発、さらにそこにつながる基礎研究や先端研究などもここに含まれる。
現事業の競争力を強化していく技術開発は、従来から日本企業の強みとしていた。開発ターゲットも設定しやすく、事業部門と連携しながら、チームワークを活かして着実に改善・改良を進めていくマネジメントをしっかりやっていくことで対応できている企業も多い。
難しいのは新たな価値の創造や新事業の創出につながる技術開発である。ここを実現するには、自らターゲットを設定して、そこでの価値をデザインしなければならない。場合によっては既存事業の枠外で事業化を進めていく力が必要になる。ここで求められるのが、"イノベーションを起こす人材"だ。今、その育成に多くの企業がチャレンジしている。
今後求められる技術人材とは
JMACとJMA(日本能率協会)はこの課題に取り組むため、2013〜14年にかけて「技術者育成担当者勉強会」を実施した。この勉強会には日本を代表する大手製造業約20社の技術者育成担当者が集まり、「今後求められる技術人材」「イノベーションを起こす人材育成」などについて各社の育成事例紹介とディスカッションを行った。
このときに「今後求められる技術者に必要なスキル」を整理した結果、
①ヒューマンスキル(コミュニケーション能力、自主性、自律性、ネットワーク構築力、環境変化への柔軟性、グローバル対応能力など)
②専門スキル(固有技術、専門知識、設計力、仮説構築力、検証力など、市場、顧客ニーズの汲み取り力など)
③事業化推進スキル(ビジネスモデル構築力、オープンイノベーションマインドなど)
④マネジメントスキル(経営知識、管理能力、リーダーシップなど)
の4つのスキル領域があげられた。
技術者のベースとなる固有技術のような専門スキルに重点があることは従来と変わらない。また、ある程度の階層になってくればマネジメントスキルが必要となることも従来と変わりないという結果になった。
従来と異なって強調されていたのが、③の技術イノベーションを事業につなげる事業化推進スキルである。R&Dを起点にして新たな価値の創出や新事業を創出するには、事業化推進スキルを持った人材が必要なのはいうまでもない。日本の製造業は「技術では勝っていても事業で負ける」「いい技術はあるのになかなか新事業が生まれない」などと言われているため、マーケティングや事業化に長けた技術者を増やしたい、という方向に向かっている企業が多い。
勉強会の中でも、事業化スキルの習得を育成するプログラムとして、各社での内容は異なるものの、「MOT(Management of Technology)プログラム」を実施している企業は非常に多かった。確かにJMACにもそのような相談を受けることも多く、実際に支援も行っている。しかしそれを技術者に期待することが本当に正しいのだろうか。もちろん、マーケティングや事業化に関する基本的な知識は知っておいて損はない。事業化を進めるチームとしてそれに長けた人は必要だが、技術者にそこまで負わせることが本当によいかは疑問である。そちらに注力するばかりに、本来の技術のイノベーションが起こらなくなっては本末転倒だ。
では各社が、技術者が技術でイノベーションを起こすような教育を行っているのかというと、基礎的な教育は非常に充実しているが、中堅以上の技術者に向けた教育講座は持っていなかった。革新的な技術を生み出す技術者の育成については、「技術者個人任せ」という企業が多いのが実態であった。
イノベーションを起こす人材を育成するには
それでは、どうすればこのようなイノベーションを起こせるスキルを持った人材を育成できるのだろうか。勉強会では、各社で実在する(した)イノベーションを起こしてきた技術者の実例をもとにその特性を整理した。
これを見ると「心の持ち方」「人間性」「思考特性」「行動特性」としてあげられた要素は、元来その人が持っている資質であり、これらをいかにして伸ばすかが重要なことがわかる。これらの要素を伸ばす(あるいは開発する)には、育成というより、その人が持っている特性を磨いたり、発見したりする"場"や"仕掛け"が大きな役割を果たす。各社で行われているMOTプログラムのようなものは、そうした"場"や"仕掛け"のひとつと考えられる。仮想的なテーマを設定して、新事業の立案を検討したり、それを異分野の人と議論したりするなど、さまざまな障害を乗り越えて提案して、事業化へと持っていく――事業化推進スキルを磨くには有効な場である。
一方で、事業化につながる革新的な技術を生み出す技術者を育成するための"場"や"仕掛け"はどうだろうか。技術者の現場を見てみると、ひと昔前のように自分の研究開発を自分の裁量で自由にできる時間を持つことができる現場はかなり少なく、あるとしても有効に使えていないケースが多い。
それは経営サイドにも余裕がないためである。研究開発投資に対する目先の成果を求める傾向が強くなり、自ずと成果創出のための管理を重視する傾向も強くなる。そうなると技術者は"短期思考"になり、大きなイノベーションにつながるような研究開発テーマには取り組みにくい状況になってしまう。
もちろん、志の高い技術者はそのような状況でも革新的な研究開発テーマに取り組むだろうが、全員が全員そうではない。
現場がこのような実態にある中で、革新的な研究開発テーマを設定して成果を創出していくためには、
①もともとイノベーターとしての特性を持った技術者にとって、「やりやすい/やる気になる場」をつくること
②やる気はあるがやり方がわからない、いい方法が見つからない人に対して、「鍛える場」をつくること
が重要である。
「やりやすい/やる気になる場づくり」の1つとして、「技術者の砂場づくり」をオススメしたい。砂場を研究開発現場のアナロジーとすると、そこには技術者が自由な発想で成果を出すための行動・環境を見い出すヒントがたくさんある。ここで"場"としての砂場の特徴を整理しよう。
(1)外から丸見え
どんな子どもが遊んでいて、どんな遊びをしているかは丸見え。何も遮るものはない。
(2)誰でも出入り自由
そこに入りたい子どもは誰でも入ることは自由(他の子供に危害を加えない限り)。
(3)簡単な道具で、自分がつくりたいものをつくる
砂場に高価なおもちゃを持ち込むことはない。スコップやバケツなど簡単な道具で子どもは楽しく遊ぶ。山をつくったり、トンネルを掘ったり、子どもは自分のつくりたいものをつくる。
(4)他の子の遊びが面白そうだと一緒に遊び始める
隣の子どもが何をして遊んでいるかは丸見えなので、そこの遊びの方に興味を持つとその遊びに加わることも自由(その子に嫌がられることもあるが)。
(5)親は近くにいて、自由に遊ぶ子を見守っている
親という漢字は、木の上に立って見ているという意味である。つまり手が届かないところから見ているということ。子どもの遊び方に対して、親はいちいち口を出さない。ちょっと離れたところから見守っているが、すぐに行ける距離感が大事。子どもがひとりで遊んでいれば一緒に遊んであげたりもするが、遊び方に対して指図することはない。
(6)親は見守るだけではなく、時には手をかけてあげる
ずっと同じことで遊んでいると飽きてきたりもするが、少し手を貸してあげるとまだ遊び始める。水をかけてあげたりすると、団子をつくったり、泥遊びを始めたりする。ちょっとした手の加え方でまた新たな遊びを見つける。
(7)遊ぶのに大きなお金はかからない
スコップやバケツなどは大したお金はかからない。お金をかけて何かを買ってあげなくても、どこか遠くに連れて行かなくても、子供は楽しく遊ぶことができる。
このような場が"砂場"であり、好奇心を持った幼児や児童が楽しく創造性を発揮する場なのだ。これを研究開発現場に適用し、創造性を発揮できる環境をつくり、自由に遊ばせることが「砂場マネジメント」である。実際にこれをうまく運用して成果を出している企業はまだ少なく、誰に適用するかが、もっとも重要な仕掛けだ。そこを見極めて運用を徹底できれば成果に結び付くはずである。
もう1つの「鍛える場」として、Off-JTのMOTプログラムのようなものも有効だが、もっと大事なことは現場で技術を議論する"場"である。研究開発の現場では、他の人がどんな研究開発をしているか知らないというように、"タコつぼ化"しているケースがよく見受けられる。このような現場では技術者は鍛えられないし、新たな知は生まれにくい。
他の技術者に自分の考えをぶつけたり、他の技術者の発想を取り入れたり、思いっきり否定されたりすることを通じて技術者は鍛えられ、それが新たな知を生み出すきっかけとなる。最初は他人のテーマに関心のなかった技術者でも、いったん議論の楽しさを知れば徐々に議論に加わるようになる。いろいろな場面で技術の議論をする空気が生まれ、より議論が活発になっていく、このような場をつくることが研究開発部門のリーダーの重要な役割である。
組織が人材を育て、人材が組織を変革する
新たな価値や新事業を創出できるR&D部門に変革しようと組織機構的な改革に取り組む企業は多いが、組織機構だけを変えても現場が変わらないことには成果は出ない。前に述べた、やりやすい、やる気の出る研究開発の場づくりや、技術グループやチームで活発な技術議論が行われる場に変えていくことで強い組織が出来上がっていく。そのためには研究開発トップや研究開発リーダーがその重要性を認識し、現場を変革していくことが重要である。
このような変革は成果が出るまで時間がかかるが、それは組織機構的な改革も同様である。組織機構的な変革の方がやりやすいためでよく行われるが、継続的な成果に結び付くのは手を入れにくい現場の変革の方だ。現場を変革することで「成果を生み出す技術人材」が創出され、その人材が増えていくことで、さらにその"場"がより良い場になっていく、このような循環がうまくできている組織から新たな価値や新事業を生み出す技術開発が行われる。
イノベーティブな成果を求めるのなら、ぜひ現場からの変革にチャレンジしていただきたい。
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