「職場力」の改革で「人」中心の経営を実現する ―「真摯なマネジメント」のススメ―
- JMAC EYES
中村 素子
現在、日本の産業界を見渡してみますと大きく業績を回復してきた企業もある一方で、変革の途中で苦戦をしている企業も少なくないようです。同じ業界であっても、ある分野で世界トップを走っている企業もあれば、事業再編や企業再編の波にのまれ、何度も会社が分割されたり会社名が変わったりして、成長の方向が見えていない企業もあります。
なぜそのような差が出てしまうのでしょうか。これまで大事なことを見落としていたのかもしれません。大事なこととは、これから日本企業が勝ち残っていく、あるいは成果を上げて勝ち続けていくために必要な「職場力」のことです。
企業の業績の成否を分ける「職場力」
「職場力」とは簡単に言うと、ビジネスを成功させる力、仕事のプロセスで人が成長する場の力のことです。
まずはご自身の職場を思い浮かべてください。ドラスティックな企業変革を図りビジネスモデルを変えて、新ビジネス展開のための事業統合などを進め、事業変革することで好業績を実現していく――トップはこう考えているでしょうが、それに応えられない風土になっていませんか。そのような職場では、方針を展開して目標管理などで徹底的に目標を下に展開したとしても、成果を実現するがむずかしく、現場(職場)の「躍動感」も落ちるばかりです。たとえ一部の優秀な人材が高い成果を出しても、急に転職してしまうこともあります。優秀な人材を失うわけですから、「人材の流動性が高くなっている」から仕方がないなどの言い訳や逃げは、もう許されないのです。
優秀な人材には最大限の力を発揮させる場を与えることはもちろん、社内に保有している人材を外部の力をうまく集約させなければ、これまでにない新しい事業展開などを進めることはできません。そのためには現場の「職場力」を上げ、思い切って職場環境も一新する必要があります。もはやトップダウンの投資や戦略だけでは、これまでと異なる次元の企業革新・事業成果は実現できない時代です。
ちなみに現場というと、工場の製造現場をイメージされる方もいるでしょうが、もちろんここでいう現場とは製造現場だけではありません。現代の企業では、従業員の9割はナレッジワーカー(ナレッジワーカー=Knowledge Worker、あるいはKIスタッフ=Knowledge Intensive Staffと呼ばれ、PCなどツールを使いながら知的労働に従事する社員)です。日常のオフィスの職場、開発者・設計者の職場、あるいは営業の顧客訪問先そのものが「現場」なのです。こうしたすべての現場が持つ力を「職場力」として認識しなければなりません。経営もこのことを意識して、明確な視点を定めて改めて自社の「職場力」を見直すべきです。経営戦略が実行されて成果を出すか出さないかは、自社の「職場力」次第だからです。
ところが今の企業の職場では、「職」はあっても「場」がないのです。仕事進めるための業務指示などの「職」はあるけど、人を育て助け合う「場」がないということです。上司の仕事の指示は「一方的な指示命令型」あるいは「放任型」で、そしてメンバーの一人ひとりは「個人商店型」の職場です(下図)。
こんな職場では仕事を通じて「生きている」という実感を得ることもできません。「場」がなく職場力が低いと、仕事に遅れが頻発します。ドタバタで場当たり的な対応で手戻りが多いと、品質にも悪い影響を及ぼします。そしてその職場のメンバーは達成感や成長感を得られないで、モヤモヤを抱えたまま仕事をしていることになります。職場力がどんどん低下していく悪循環のサイクルにはまっている状態ですね。
一方、職場力が高いと、Q(品質)、C(コスト)をねらいどおりのD(納期)で、ドタバタなく達成できます。そしてその職場のメンバーやチームは連続的に成長を果たすことができます。すなわち、職場力が向上すれば「ビジネスの成功」とその職場での「人・チームの成長」を同時に実現できるのです(下図)。
職場で温かい触れ合いがなくなったのはなぜ?
―こうして職場力は低下した―
ここで職場力が低下している背景を少し考えてみましょう。
今の幹部の若いころは、「仕事を離れたときのコミュニケーション」あるいは「仕事の周辺のコミュニケーション」は意識せずに普通のことだったのです。たとえば、会社の帰りの「一杯、行くか?」は単なるあいさつがわりでした。部下同士の関係がギクシャクしていると感じたら声をかけて、おごりがてらグチを吐き出させる、というのは課長の大事な役目というか仕事の一部でした。個人情報ウンヌンなんて気にもしないで、お互いに家族構成も知り尽くしていたし、そういうことを聞いてもかまわなかったし、家の悩みを聞いてもらえる場があったのです。
もしかしたら日本的経営の良さとは「終身雇用」などの「制度」でなく、こうした温かみのある人間同士の価値観の触れ合いではないでしょうか。それがあったからこそ、職場でも助け合いや育て合い、ナレッジの共有を生み出していたのではないかと考えています。事実、世界トップのトヨタ自動車では日本的経営の良さを引き継ぎ、「脈々とした改善を通した人づくり」を「人づて」に「会社ぐるみ」で実践して世界一になっていますから。
ところがこの20年で欧米式の人事制度がはびこり、個人主義、実力主義の時代となりました。ミッションがブレークダウンして伝えられ、仕事もタスクにブレークダウンして指示されます。何でも分解して標準化すれば効率化すると信じ込まされたのです。
その結果、場にムダなコミュニケーションは削減の対象になり、コミュニケーションよりも専門を深めて個人のスキルを身につけることが優先されてしまいました。課長が部下を飲みに誘う、毎週決まった時間に定例連絡会を開く、ちょっとコーヒーブレイクに誘うなどは、時間のムダだということになったのです。個人情報も聞きにくくなり、上司の部下への興味も持ちにくくなりました。しかし、これが欧米式の効率の良い仕事の仕方(経営)だと信じ込まされてしまったのです。気がつけばコミュニケーションは薄れて、放任型の職場で仕事とスキルを個人で抱え込むようになり、それが「職場力」を低下させた要因のひとつだと考えています。
「職場力」は幹部の重要な関心事のひとつである
もちろん20年前に戻ればいいということではありません。ここで強く主張したいのは経営幹部が、真剣に「職場力」に関心を持つべきだということです。もっとも「職場の問題はマネジャー(部長や課長)に任せている、職場の変革はトップマターではない」と考えている方もいることでしょう。確かに実際の改革はマネジャー以下で実行することが多いでしょう。しかし、ご自身が若いときのように、お互いの触れ合いが成り立つ状況で自然と職場力が醸成していく時代ではないのです。だからこそ、幹部は最大関心事として「職場力」への明快な理念を示すべきなのです。ご自身の言葉で価値観と考え方を、ハッキリと示すことが大切です。
たとえば「わが社は人の成長がもっとも大事だと考えている。職場力を高めて人の能力を向上させる。職場の中でスキルや仕事のやり方を学び合い、価値観や人間性を認め合い、お互いが成長し続ける場をつくる。そしてこれはマネジャーの仕事である」などを言葉で示すのです。言葉でなかなか示せない、言ってはいるのになぜか現場(職場)にその声が届かないのではと考えすぎることはありません。難解で抽象的な言葉は必要ないのです。わかりやすくシンプルな表現でいいので、社員一人ひとりが助け合い、成長する(成果を出し続ける)職場をつくっていく決意と行動を示すべきなのです。
職場力の向上に欠かせない4つの武器
では、今の時代に職場力を向上させるにはどうしたらよいでしょうか。それには、次のたった4つのことに意識して、職場を改革していけばいいのです。
1)横のコミュニケーションが活性化しているか(コミュニケーションの質)
2)事前に事実をベースに課題や問題を発見できているか(早期の問題発見)
3)課題を正面から受け止めて問題を解決しているか(真摯なマネジメント)
4)気づきや振り返りを通じて、人を育て、育て合う場となっているか(気づきを通じた人材育成/OJT)
すなわち、これが職場改革の「武器」になるということです(下図)。
このような観点で職場を見てみると、まさに地に落ちている例をあちこちで目にします。たとえば、こんなケースがありましたね。「名ばかりのOJTによる放任・なりゆき任せ」「実力主義という名のマネジメント放棄」「業績目標達成と足元の問題解決だけを考えている部長」など、日本的経営の魂がすっかり失われてしまったのではないかとさえ思えたほどです。
さて、この4つの武器のうちの「真摯なマネジメント」については、少し特別に説明を加えておく必要があります。職場力を高めるためには、これまでになかった横のコミュニケーションを活性化させて、事前に事実をベースに課題や問題を早期に発見できなければなりません。この早期の問題発見のプロセスなりツールが定着したときこそ、課題を正面から受け止めて問題を解決する真摯なマネジメントが必要とされます。コミュニケーションが活発化して早期に問題が見つかるようになれば、マネジャーは「真摯なマネジメント」に集中せざるを得ません。課題が事前に発掘されないのをいいことに、ゆったりとぬるま湯につかったマネジメントでは太刀打ちできません。次々と出る課題に対して逃げず、正面から問題を見据え、その場ですぐに判断し、大胆かつ適切な打ち手を打たなければなりません。それが次のビジネスへチャレンジできる基盤づくりとなるからです(下図)。
職場力を向上させるアプローチとは
職場力というと、現場に任せておいて掛け声だけで何とかなると考えている幹部もいるでしょうし、仲良しクラブ的にファシリテーション研修でもやっておけば、お互いのコミュニケーションが良くなるだろうと考えているマネジャーもいることでしょう。今となっては、職場力や職場の風土がすべての知的生産の源泉であるという認識は薄まってしまったのかもしれません。かつての川喜多次郎氏や梅棹忠雄氏(※脚注)の気概や矜持はどこに行ってしまったのか、と嘆きたくなりますね。
こうした現状の中、職場力を向上させるにはどのようなアプローチが効果的なのでしょうか。まずはトップの意識です。繰り返しますが、トップが「職場力」に関心を持たなければなりません。次に組織設計の正常化です。もし指示命令型・放任型になっているようでしたら、合意と納得型になるような組織設計が必要となります。部長や課長の人数、権限などを見直すべきことは見直します。それから「コミュニケーションの場をつくる環境整備」「コミュニケーションの質の変革」などを進めて職場力が向上していけば、自ずと職場全体が「イノベーションへのチャレンジ」へとつながっていくはずです。
とはいえ、なかなか実行に移せない、何から手を打てばよいのかわからないという悩みもよく聞きます。たとえば、JMACの職場力診断などで、客観的に現状を把握してみてはどうでしょうか。その結果を踏まえた具体的なアプローチや改革については、とことんお手伝いしますので、ぜひお声がけください。
※川喜多次郎(1920-2009)は発想法で有名なKJ法を開発。知的生産の分野での著書に『発想法―創造性開発のために』(中公新書)。文明論で有名な梅棹忠雄(1920-2010)はベストセラー『知的生産の技術』(岩波新書)でカードによる情報収集や管理の実践技術を紹介。
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