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閉塞感を打破する海外戦略 ASEAN編

第1回 日系企業ASEAN現地化の実態とは

勝田 博明

日系企業ASEAN現地化の実態とは イメージ写真

 【閉塞感を打破する海外戦略 ASEAN編】を全3回でお届けする。

 著者は現在、日本能率協会コンサルティング(JMAC)のタイ法人の社長として、タイを基軸にASEAN諸国で日系・現地企業のコンサルティング支援を行っており、在タイ歴12年になる。

 本コラムでは日系企業の進出数がもっとも多いタイの事例を取り上げる。ASEAN諸国は日本とは大きく違い、それぞれも異なる国情にあるが、現地の日系企業の実態や変遷はどの国でも同様であることも参考にしてもらいたい。

タイには5500社が進出

 経済の拡大だけでなく、先進技術の台頭も著しい中国と、世界の覇権国 アメリカとの衝突が当面続きそうな情勢の中、すでに人口の減少が始まり、内需の拡大に期待が持てない日本にとって、距離的にも近いASEAN諸国は生産地としても消費地としても戦略的に外すことのできないパートナーである。

 最近では、日本の経済産業省もアジア地域での生産の多元化などによってサプライチェーンを強じん化し、日・ASEAN経済産業協力関係を強化することを目的として「海外サプライチェーン多元化等支援事業」を開始した。

 世界の主力金融ハブの一角を目指すシンガポールは、国土は日本の東京23区相当ながら、すでに1人当たりのGDPは日本よりも高い。

 その他のASEAN主要国には、数多くの日系製造業が生産拠点を設立し、輸出拠点もしくはその国内への製品供給拠点として経営している。現在の進出数は、おおよそマレーシア1500社、タイ5500社、インドネシア1500社、フィリピン1400社、ベトナム2000社(JETRO概況・基本統計)となっている。

 しかし、日系企業のASEAN生産拠点をひとくくりにして語るのは危険である。なぜなら、ASEANといえど、民族や宗教、現在の政治体制や外資企業の誘致政策、さらには連綿と続く文化や価値観はやはり各国によって異なるからである。

 だが、日本とこれらの国々の国民文化や価値観の違いに比べれば、これらの国同士の違いの方が小さいことは、ホフステードの国民文化・価値観6次元スコアなどで明らかになっている。では、タイの事例を見ていこう。

※ヘールト・ホフステード(オランダ、1929−2020)による文化の違いを理解するためのモデル。1.権力格差、2.集団主義/個人主義、3.男性性/女性性、4.不確実性の回避、5.短期志向/長期志向、6.人生の楽しみ方の6つの切り口で数値表現するもの。

在タイ日系企業が抱える課題

 JMACタイでは在タイ日系企業の日本人幹部を対象に毎年、自由記述式の問題認識実態調査を行っている。

 そこでの問題認識は、拠点経営の戦略に関わる「売り上げの伸び悩み」「競合の台頭」「人件費の上昇」など、事業環境の変化に対して移り変わるが、内部マネジメントに関する問題認識も毎回、必ず挙がる。

「仕事の納期を守らない」「目標を達成できそうになくてもSOSを出さない、事後に未達成の報告が出されるのみ」「業務上の不具合があると、すぐに他部署やサプライヤーのせいにしてしまう」などの時間軸や責任感、コミュニケーションに対する違いに直面したもの。「支持を仰ぎに来る部下に意見を求めると「Up to you(あなた次第)」としか返ってこない」「とにかく受身で、自発スイッチがどこにあるか分からない」といった仕事に対する姿勢にまつわるもの。「やっと育ってきたと思っていたら辞めてしまう」という確立された転職市場・雇用環境への戸惑いなど、さまざまである。

 実はこれらの内部マネジメントに関する問題認識は、事業環境の変化がある中でも在タイ日系企業の課題としては20年間ほとんど変わらず、調査回答での出現率も80%超。マレーシア、ベトナム、フィリピンの調査でも同様の結果が続いている。

 ASEAN諸国の中でも日系企業の進出が1970年代からと比較的早く始まっていたタイ拠点に至っては、日本と同じく仏教徒が過半を占め、親日的なイメージがあること、バンコクやその近郊では日本の食材が豊富で和食店の数も多く、食には困らないことなどが相まって、とくに製造業ではタイが駐在先人気ランキング上位の常連になっている。

 しかし、人気と実態はかけ離れているようで、「タイ赴任が決まったとき、周りから『タイでよかったじゃないか。事業は安定しているし、ゴルフ天国らしいし、日本人向けの飲み屋もあって楽しく過ごせるのでは』と言われた。でも来てみたら、現実は全く違った。現地化が進んでいない一方で、削りに削られ最少人数の日本人出向者で回しているのが実態。この実態を本社は本気で把握しようとせず、無理な目標設定を要求してくる。日頃のレポート1つとっても管理強化され、日本拠点並みの精緻なレポートを要求してくるが、タイ人スタッフに任せてそこまでのレポートはつくれない。結局、日本人が全てカバーしなくてはならない」

 このようにこぼす現地拠点の日本人幹部も少なくない。現在の在タイ日系企業の一面をとらえた象徴的なコメントである。

現地法人の「現地化」が進まない理由

 日本では進んでいると思われている現地法人の「現地化」だが、なぜ、進んでいないのだろうか。その理由を探るために、これまでの現地化を振り返ってみると、日系企業のタイ拠点の変遷は大きく3つのステージで捉えることができた。

第1ステージ:現地拠点でものづくりに着手

 まず現地に拠点を設立した第1ステージである。安価な労働力に着目し現地でものづくりを始め、とにかく安定生産を目標にしてきた段階である。定められた標準通りに業務を遂行することが期待され、現地社員には日本人管理職・監督職の指示に忠実に従うことを求めてきた。端的に言えば、現地社員の役割とは日本人が立案した計画や仕組みを現地社員に忠実に実行してもらうことであった。

第2ステージ:日本並みの品質水準を達成

 第2ステージに入ると、引き続き安価な労働力と併せ、安定した操業から生産性の向上に励んだ。コストメリットを享受し、さらには品質改善で日本並みの水準を達成しつつある段階になった。ここでも改善計画立案は日本人が担い、その実行を現地社員に任せる役割分担が主である。現地社員に改善計画立案自体を委譲する企業も出てきたが、会社の仕組みでというより、駐在日本人社員の個人の意思と力量で委譲することが多かった。

第3ステージ:管理職に就くタイ人社員の増加

 第3ステージに入るとインドネシアやベトナム拠点の台頭により、タイ拠点にとってはさるなるコスト削減圧力が増してきた。そのコスト削減手段の1つとして、日本人出向者を帰任させる動きが加速。その結果、大手企業の営業や製造拠点では日本人駐在員比率が1%を下回るようになった。課長以上のポジションは日本人で占められていた拠点でも、すべての課長職にタイ人社員が就くようになり、部長職、工場長のポジションも過半数はタイ人社員が占めるようになった。一方で拠点の付加価値向上が求められ、高機能・高付加価値品の生産への移行が模索・実行されつつある。そして今までタイにあった汎用品の生産や労働集約型の工程は、タイより人件費の安価な国の拠点に移管されつつある。

 現地社員に拠点の将来構想設定を期待する向きもあるが、それは現実的には空虚な理想でしかない。なぜなら、現地社員には長い間「日本人出向者の立てた計画に従い実行する」ことが求められてきたからである。

 つまり、自ら将来構想を掲げ、課題を設定し解決していくレベルとして任せられる水準には至っていない現地社員と極限まで減った日本人出向者が奮闘しているのが、現在の日系企業だと言っても過言ではない。このひずんだ状態からの出口の1つが、第4ステージになるとわれわれは捉えている。

 次回は現状の第3ステージが末期状態に陥る要因を探ってみる。さらにコストダウン一辺倒に陥らずに、自立を遂げる発展段階としての第4ステージを考えてみたい。

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