閉塞感を打破する海外戦略 ASEAN編
第3回 現地化を実現するための5つの切り口とは
勝田 博明
タイはASEAN諸国の中でも早くから日系企業が進出し、裾野産業まで幅広く発展してきた。しかし、ここにきて在タイ日系企業は、人件費がタイの3分の2である一方でものづくりの力を付けてきた日系ベトナム拠点の追い上げにあうなど、拠点存続の意義が問われている。
安価な労働力を追求する限り、タイ拠点の現状はいずれベトナム拠点でも起こり得ることは想像に難くない。前回のコラムでは、拠点設立からの年数と現地化や自立化といった成熟度の間に相関は見られず、会社の意思、本気度に左右されていると述べた。
今回は締めくくりとして、会社の意思、本気度を具現化する手立てとしての基盤構築について考えていきたい。
最初に結論から述べてしまうと、この第4ステージへ駆け上がっていく拠点経営の基盤には、唯一の解や飛び道具があるわけではない。結局は多面的な複数の施策を打ち、仕組み化と意図どおりの継続的な運用が必要条件となる。事業や製品の特性、組織体制、企業文化などは千差万別であり、それに応じて具体的な実施・浸透施策は異なるが、抽象化してみれば現地拠点に共通に必要な基盤が浮かび上がってくる。
ここでは、その中でもとくに必須と考えられる5つの切り口を述べる。
1:駐在員、日本本社側の異文化適応力の醸成
データからも証明されている国民文化・価値観の違い(詳細はG.ホフステード著『多文化世界』を参照)については、違いの存在を受け入れ、違いをプラスにする拠点経営でありたい。
たとえば、「不確実性を回避するか」という軸で見た場合、日本人は回避する傾向がきわめて高く、タイ人は中庸(ASEAN他国も同様の傾向)であるとデータで証明されている。この点を無視すると「物事の段取りが大切」と考える日本人と、「準備はほどほどにまずはやってみよう」というタイ人の価値観が混在しながらの業務遂行になり、さまざまな局面でおかしなことが起きてしまうのは容易に想像できる。
実際にこの手の問題は日常茶飯事だが、善しあしではなく価値観の違いが存在することを受け入れた制度や仕組みを構築し、マネジメントを行いたい。
違いを受け入れるとは、違いそのものに責任を押し付けないということでもある。「タイ人は○○だから」と事あるごとに口にする駐在員も一部にはいるが、違いのせいにしている限り、改革や改善は思うように進まない。
また、アウェーの環境で奮闘している駐在員に対して、日本の本社・マザー拠点は本質的な目標達成を考え、管理ではなく、支援を行うことが求められる。一時期言われた"OKY(おまえ、ここに来て、やってみろ)"は、今でも根深く存在している。
2:本社の海外拠点戦略と現地リソース実態の整合
本社が立案する海外拠点戦略と現地拠点のリソースの整合性、また現地が描く「ありたい姿」との整合性がついて、初めて「実現」がある。
本社で認識している現地のリソース像は現実と合致しているのか、またアップデートされているのかを考える必要がある。単なる人数合わせではなく、実際にナショナルスタッフが果たせる役割を踏まえ、ギャップを埋める策を含めた本社海外拠点戦略(時には支援)を現地拠点で実行したい。
3:多様な人材のベクトル合わせの土台としての人事制度
国民文化・価値観の異なる複数の人材から成り立つ組織では、社員のベクトルを合わせる土台として人事制度活用の有効性が高まる。
また、タイを含めたASEAN主要国では、日本とは異なった転職市場が確立されている。最近になってジョブ型が注目されている日本とは、基本的に雇用環境が異なる。現地でジョブ・ディスクリプションが必須であることもそのためである。
日本本社の制度を現地で活用すること自体は問題ではないが、現地の実態が加味されないまま単に言語翻訳をした制度では、制度の意図が生きることはない。たとえば、日本本社の等級要件をそのまま翻訳して用いて、要件と実態が著しくかい離するなど、定義自体の不適合や運用の形骸化が散見される。
その結果、明確なキャリアパスが提示できない、組織として体系的な人材育成がなされていない、そのため人材流出が止まらない、などが散見される。人材育成は現地法人の経営課題でもある。
4:ぶれない改善が続く生産の仕組み
製造業における生産管理で重要な3点をQCD(品質、コスト、納期)と呼ぶ。たとえば、品質では、製造現場に「品質管理工程表」と呼ばれる各工程でどのような品質を守り、どのように管理するかを明文化した資料がある。その内容が現場で理解されていない、理解していても実行できていないケースが少なくない。点検票などの帳票も現場のスタッフが面倒で記入しなくなったり、現物を見てもいないのに全部まとめて記入したり、担当者が代わったのに引き継がれていない、また誤った方法で検査されている場合もある。
品質一つをとってもこのような実態があり、これらを解決するためには人材育成だけでなく、管理者や作業者に極力依存しない仕組みづくりが欠かせない。
仕組みには、調達や製造、生産管理など製造拠点におけるあらゆる作業が対象になる。これらを属人化せず、ヒューマンエラーの入り込む余地を極力排除する方法を設計し、その明文化と定着化を図りたい。
また、不具合が発生したら次に進めないような工夫を埋め込むことも重要となる。この生産の仕組みを営業の仕組みと読み替えれば、商社やメーカーの営業拠点に向けた5つ目の必須項目と捉えることもできる。
5:間接部門の組織開発
生産拠点として進出した背景から、生産機能の直接オペレーションが最重要視されてきた。そのため、直接部門ではナショナルスタッフへの移譲は進んでいるが、間接部門での移譲が大きく遅れている実態がある。
さらに間接部門では、インプット・プロセス・アウトプットの一連が目に見えず電子データとして各自のパソコンで受け取り、作成・加工・修正・提出される。そのため、進捗管理は結果管理になりがちだ。成り行きに任せると、納期遅れ、出来映えの不具合、当初のイメージと異なるアウトプット提出、などの問題が多発してしまう。
これらの流れが、やり直し、納期遅延、モチベーション低下などにつながっている。思考業務を可視化し、着手前の計画段階で懸念点をつぶし込む仕事のやり方を設計し、仕組みを意図どおりに運用できる集団へと組織を開発していきたい。
繰り返しになるが、自立化した拠点へと駆け上がっていく経営の基盤には、唯一の解や飛び道具があるわけではない。多面的な複数の施策が必要であり、自社の実態に合致した優先順位で基盤を構築し、ビジネス目標の達成と人・組織の成長を遂げていくことが期待される。
アウェーの地で奮闘している日系企業の駐在員のみなさん、外資である日系企業で同じく奮闘しているナショナルスタッフのみなさんの活躍を願ってやまない。
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