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第14回 自社の市場地位と競争余地を知る(8)~弱者の戦略とは(2)~

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

より弱者を叩け

この戦略は、俗に「弱い者いじめ」の戦略と言われます。「弱い者いじめ」と言うと、人聞きが悪いようですが、企業間競争の上では非常に有効な手だてです。
成長という使命を帯びた企業が、より上位の企業に追いつけ追い越せと頑張るのは当然のことです。しかし、その追いつけ追い越せの意識が強すぎるあまり、上ばかりを見て、自社より下位の企業を叩くことを忘れているケースは少なくありません。

以下にご紹介するのは、音響機器メーカーのトリオ(現ケンウッド)がこの「弱い者いじめ」に成功した時の話です。1986年に株式会社ケンウッドに社名変更をする前の古い事例ですが、「弱い者いじめ」戦略が有効であることの証しにもなる興味深いケースです。

かつて、パイオニア、トリオ、山水電気が音響機器メーカーの御三家と言われた時代がありました。スピーカーのパイオニア、チューナーのトリオ、アンプのサンスイと言われたものです。当時のマ-ケットシェアは、パイオニアがかなり先行してトップを走り、以下トリオ、山水電気の順番で続いていました。このうち、2番手のトリオは、当初、パイオニアに何とか追いつこうと、同社を意識したさまざまな戦略を仕掛けていましたが、パイオニアの壁は厚く、シェアをなかなか伸ばせないでいました。

ところが、ある時期から、トリオは方針を転換して、下位の山水電気を叩くという戦略をとるようになったのです。その結果、トリオはシェアを拡大することができましたが、逆に、山水電気は売上を落とし続け、その後のオーディオブームの衰退、デジタル化への乗り遅れもあって、今では実質オーディオから撤退というレベルにまで凋落してしまいました。

では、なぜトリオは、ある時期を境に戦略を大きく転換したのでしょうか。
実は、その背景にはあるマ-ケットリサーチがあったのです。

同社が、オーディオ店の店頭で消費者の商品の選び方を調べてみると、パイオニアを買っていく人は最初からパイオニア製品を買うつもりで店を訪れており、他社製品と比較購買をする人は少ないことがわかりました。一方、トリオ製品を購入した客のなかでパイオニア製品と比較した結果トリオを購入する人の割合は少なく、彼らはサンスイあるいはテクニクスと比較してトリオ製品を買っていたのです。(テクニクスは松下電器産業~現パナソニック~のオーディオ向けブランドで、現在はクラブやディスクジョッキー向け製品のブランドとして存続しているようです。)

つまり、トリオの店頭での直接のライバルはパイオニアではなく、サンスイやテクニクスなどの自社よりもシェアの低いメーカーだったのです。そこで同社は「それならばパイオニアを意識しても仕方がない、まずサンスイを叩くのが先決である」と考え、前記のような戦略の転換に踏み切りました。

このように、1位メーカーの製品には、販売店のスタッフにも消費者にも固定化したファンがいるため、現実のシェアの奪い合いは1位とそれ以外のメーカーとの間ではなく、2位以下のメーカー間で行われているケースが少なくありません。とくに前記のオーディオ製品のようにブランドの比重が大きく、固定的なファン層が存在するような製品の場合にはよく見られる現象です。それだけに、2位以下のメーカーは上位メーカーへの攻撃をしかける前に、より弱いライバルを叩くのが先ではないかと考えてみる必要があります。

グッピー戦略

「弱い者いじめ」の一つとして、「グッピー戦略」と呼ばれる方法があります。業者数の多い多数乱戦業界では、特定の下位企業を叩くよりも、弱小規模業者を叩く方が早いということがあります。グッピーというのは、小さな熱帯魚のことで、数多い弱小規模業者を雑魚になぞらえているわけです。

たとえば、住宅業界のチャレンジャー、フォロワーの各企業には、大和ハウスや積水ハウスといったリーダー企業を意識するのではなく、いわゆる街の工務店の市場を開拓するという道があります。

多数乱戦市場の戦略

第9回で述べたように、多数乱戦市場になる原因として規模の経済性が働きにくいことがあります。裏を返せば、規模の経済性が自社に働く条件を自ら創り出すことが、多数乱戦市場を制する良い戦略であることになります。したがって、弱小規模業者を叩く「グッピー戦略」も、規模の経済性が働きにくい条件の中で、相対的に規模の経済性が働く余地を創り出すことがポイントになります。

そして、この規模の経済性が働く条件を創り出すにはどうすべきかを考えると、標準化あるいはフランチャイズ化や吸収合併によるスケールアップが浮かんできます。
前記の住宅業界でも2×4(ツーバイフォー)住宅は、まさに工法の標準化であり、それまで不可能であった在庫生産を可能にして、規模の経済性を実現しました。したがって、このツーバイフォー工法をいち早く取り入れた三井ホームなどは、ライバルの住宅市場よりも街の工務店市場をより多く食ってきたのではないでしょうか。

また、カルチュア・コンビニエンス・クラブが経営するレンタルビデオのTSUTAYAや中古書店のブックオフ・コーポレーションは、フランチャイズ化などによって規模の経済性を実現した会社です。レンタルビデオ店や古本屋は、これらの会社が登場するまでは、大会社にはなりえない、生業家業の域を出ない業種と考えられていました。

1位の強みの中の弱点をつく

「弱者の戦略」の4番目に紹介するのは、1位の強みの中の弱点をつくという戦略です。弱者は、強者の強いところばかりが目につき、弱気になることも少なくありません。しかし、冷静に観察してみると、その強みに弱点が内包されていることも少なくありません。したがって、そのようなポイントをうまく突くことができれば、弱者も強者に張り合って生きていくことが可能です。例をいくつかあげてみましょう。

まず、海外で有名な例としては、バーガーキングがあります。ご存じのように、ハンバーガーショップの強者はマクドナルドです。このマクドナルドの最大の強みは、徹底した標準化で品質とサービス水準を維持していることにあります。商品構成や調理の方法は言うに及ばず、各店舗での調理、したがって、味にバラツキが生じないように調理器具にも工夫が施されていますし、接客方法もきっちりとマニュアルで規定され標準化されています。

しかし、顧客のなかには、マクドナルドのサービスは画一化され過ぎて嫌だという人がいます。1人で15人分のハンバーガーを買いに行ったら、「お持ち帰りですか、それとも、こちらでお召し上がりになりますか」と聞かれたという笑い話があるくらいです。(それだけ標準化が徹底しているということですが、この話の真偽のほどは不明です。)また、ハンバーガーの具に他のものも入れて欲しい場合、それが店に置いてあっても絶対に受け付けてくれないと不満を持つ人もいます。

バーガーキングは、こうした、本来マクドナルドの強みである部分に不満を持つ人がいることに着目して、as you like it(お気に召すまま)を基本コンセプトとして打ち出し、顧客が自分の好みでハンバーガーにはさむ具を選べるようにしました。

また、高級ハンバーガーで差別化を図っているモスバーガーは、同様の発想から、接客方法をあまり画一的に縛ることなく、各店舗にある程度の裁量を認めていると言われます。店舗数が1276店(2009年3月期)のモスバーガーでも店舗裁量を認めるとマネジメントが難しくなりますが、マクドナルドのように3754店(2008年末)もある場合には標準化しないと各店舗の水準がバラバラになってしまう恐れがあります。

これらのケースは、顧客への個別対応に強者は限界があることに目をつけて、顧客とフレンドリーな関係を構築しつつ、きめ細かなサービスをすることで優位性を確保する作戦ですが、このようなことは私たちが日常的にも目にするところです。

たとえば、街の小さな小売店が顧客の顔や商品の好みまで覚え、顧客と親しくなって大手資本と対抗しようとするのは、この典型的な事例です。また、小さな電器店が電球のつけかえまでするなど、小回りを効かせることで家電量販店全盛の中を生き抜こうとするのも、強者の弱点をつく対抗策です。最近あまり聞きませんが、一時のはやり言葉で言えば、ハイタッチ作戦です。

もう一つ例をご紹介しましょう。文具のオフィス向け通販のアスクルのケースです。アスクルは文具メーカーのプラスが新規事業として立ち上げ、分社化した会社です。プラスは強者の弱みを意識して新事業を立ち上げたわけではないと思いますが、結果的に「1位の強みの中の弱点をつく」スタートとなりました。

従来、卸店や販売店を通してビジネスを展開してきた会社が、通販などの直接販売に進出するのには、相当のリスクを伴います。つまり、既存の販売店の権益とぶつかる可能性がありますので、販売店から相当の反発が起こり、下手をすると販売店の大量離脱を招きかねません。プラスの場合も販売店から反対の大合唱があり、同社は、既存販売店の固定客からの受注については、その販売店の口座を通すなどの配慮をしました。

このような既存チャネル離反のダメージは、強固な優良販売店のネットワークを持つ強者ほど大きくなります。つまり、強者が強力であればあるほど、販売店からそっぽを向かれた場合のリスクが大きいのです。したがって、強者はこのようなリスクのある新しいことにはなかなか踏み切れません。

文具業界の強者はガリバーと言われるコクヨですが、ライバルが入り込む隙がないほどの販売ネットワークを構築していましたので、通販進出によってせっかくのネットワークにほころびが出るのではないかという心配は非常に大きなものであったはずです。したがって、このプラスの戦略にどう対抗するかという決断には時間がかかり、カウネットという名の通販に踏み切ったのはアスクルがスタートしてから7年の後でした。

このように、強者の場合には失敗して失うものが大きいため、既存のマーケティング資産に傷をつけかねない決断には慎重になります。とくに歴史の古い強者の場合には、守りの意識がより強く、発想も保守的になりがちですので、弱者がそこを突くことができれば先行のチャンスということができます。

ゲームのルールを変える

「弱者の戦略」として最後に紹介するのは、「ゲームのルールを変える」ということです。これまでの強者の存在を許してきたルールが変われば、弱者にもチャンスが出てくるのは当然のことです。したがって、弱者にとっては非常に強力な武器になりますが、画期的な新製品の開発や発想の転換が必要になりますので、言葉で言うほど簡単ではなく、戦略として意識するよりも、結果としてゲームのルールを変えていたということが多いと思います。どのような例があるかだけ簡単にご紹介しておきましょう。

 ・強者の製品やサービスの価値が低減する製品を開発する
     レーザーディスク ⇒ 通信カラオケ
 ・強者の強みが意味を持たなくなる仕組みを開発する
     松井證券のネット証券ビジネス、じゃらんや一休などの旅館紹介業、宅配便
 ・強者の規格に対抗する規格をオープンにする
     ウィンドウズ ⇒ リナックス(Linux)
 ・バンドリングなどで強者と直接競合しない
     Digital Photo Professionalのような、画像処理ソフトのデジタルカメラ同梱

なお、「強者の戦略」、「弱者の戦略」に似たものに「先発の戦略」、「後発の戦略」がありますが、今回は説明を省略します。

(小林 裕)

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