第16回 自社の強みと弱みを知る(2)
- 営業・マーケティングの知恵ぶくろ
「閾値」の考え方を身につけよう
前回述べたように、強みは比較すべき相手との相対的関係ですから、直接競合するライバルよりも強ければよいと考えるのが原則です。しかし、いくらライバルより強ければよいと言っても、クリアしなければならない最低水準は存在します。前者をクリアすべき相対水準と呼べば、後者はクリアすべき絶対水準と言うことができます。そして、このクリアすべき絶対水準を「閾値」(イキチあるいはシキイチ)と呼びます。
この「閾値」をもう少し詳しく説明しましょう。
世の中には、ある水準を超えるまで徹底しなければ効果がゼロに等しくなり、それまでの努力が水泡に帰すというラインが存在することが多いものですが、そのラインを「閾値」と呼びます。英語ではThresholdといいます。もともとは医薬品の世界の言葉で、1ヶ月間毎日100mgを服用しなければならない薬を毎日80mgで済ませたとすると、効果は8割ではなく、ほとんどゼロになってしまうといったことから来ています。
この「閾値」は私たちの日常生活にも存在します。たとえばゴルフを例にとると、キャリアも短く、プレイ頻度もそう多くはないにも関わらず、ある時期集中的に練習をし、コースに出た経験を持つため、それなりの腕前を保っている人がいます。つまり、一時期、「閾値」を超えるだけのゴルフをしたため、腕があまり落ちないのです。
一方、20年以上のキャリアを持っているため、これまでコースに出た総回数は多いのですが、毎年数えるほどしかコースに出ていないために、依然として腕前は大したことがないという人もいます。毎年の経験が「閾値」を超えていないために、練習やプレイの効果が累積しないからです。上図の(1)が前者にあたり、(2)が後者のケースです。
しかし、この常識的なことがビジネスになると、往々にして忘れられてしまいます。たとえば、何年にもわたって投資を続け、総投資額としては相当の金額になったにも関わらず、「閾値」を超えるだけの初期投資をしておかなかったために、結局、追加投資が実を結ばなかったという新規事業は枚挙にいとまがありません。これらの中には、十分な初期投資をしておけば、もっと少ない総投資額で成果をあげることができたものも少なくないはずです。
また、メーカーの営業マンが、新たに担当先となった顧客に対して、散発的にしか訪問していないために、いつまでたっても「かみしも」を着たままの状態から脱却できないというケースもよく目にします。最初に集中的に訪問することによって人間関係の「閾値」を超えておけば、あとは、場合によっては電話だけでも商売ができたかもしれません。
ただ残念ながら、ビジネスの世界では、薬と違って、「閾値」を定量的に測ることができません。したがって、どのくらいやれば閾値を超えることになるのかがわかりません。しかし、だからといって役に立たないということにはなりません。それどころか、私の経験では、今のやり方が「閾値」を越えているか否かを感覚的にチェックしてみるだけでも、「閾値」を意識しない場合と比べると雲泥の差が生じます。自社の強みと考えている能力や資源がライバルの上をいっているかどうかに加え、この絶対水準である「閾値」を超えているかどうかをぜひ考えてみてください。
なお、この「閾値」という勝利の合格ラインは常に一定ではなく、年々上昇していることも少なくありません。競争の激化やグローバル化などが投資の必要最低レベルを押し上げるからです。 とくに、激しい競争にさらされている企業の場合は、一企業では十分に対処できないほどに「閾値」の水準が上がったために合併や提携を余儀なくされているほどです。たとえば、金融業界や鉄鋼業界の再編成は記憶に新しいところです。また、直近のところでは、飲料最大手のキリンホールディングスと2位のサントリーホールディングスが経営統合の交渉を進めています。(日本経済新聞2009年7月13日)
さらに、それぞれが世界的な大会社であるトヨタ自動車とソニーでさえ、カーナビゲーションに関する共同設備投資を行っています。もちろん、技術的なメリットを狙って提携をしたという側面も大きいと思いますが、投資規模の巨大化による負担の分散も考慮に入れてのことだと言われています。
弱みの補強はコストとの見合いで
よく「強みは活かして、弱みは補強しなければならない」と言われます。しかし、弱みの補強についてはよく考えなければなりません。それは、市場での勝ち負けは、弱点の大きさで決まるのではなく、KFS上の強さがどれだけライバルを凌駕するかで決まるからです。
したがって、弱点は放っておいても、とにかく自社の武器であるコア・コンピタンス(競争力の源泉となる自社特有の経営資産)に磨きをかけ、ダントツの強みとしていくことが必要となります。しかし現実には、「強みの一層の強化」が徹底しきれておらず、「弱点は補強しなければならない」として、強みの強化よりも弱みの補強を優先してしまうことが多いようです。
また、弱みの補強は報われることが少ないものです。補強のためのコストや時間など、失うものが大き過ぎるからです。弱点を放っておいたのでは、競争に勝てないのではないかと考えがちですが、競争に勝てないのは弱点のせいではなく、コア・コンピタンスがしっかりしていないからです。もし、本当に弱点を何とかしないと生き残れないのであれば、もともと、その事業に参入すること自体に無理があったのです。
しかし、そうは言っても、弱点をそのままにしておくわけにはいかないと思われる場合もあります。その場合には、次のようなチェックポイントを確認してください。
すなわち、
1. その弱みの補強は本当に可能であるのか
2. そのためのコストは、見返りとして得られるメリットよりも小さいだろうか
3. 他の弱みを優先して解決した方がトータルで得ではないか
4. 弱みはそのままにして、強みを一層強化した方がよくはないか
といったことです。
弱みは何でも解消しなければならないとばかり、弱みとしてあげられた課題の多くをプロジェクト・チーム化し、資源の分散をきたしてしまうといったケースがあまりにも多いだけに、注意を要するところです。
他社にない経営上の資産がコア・コンピタンス
さて、コア・コンピタンスとは、自社の競争力の源泉となる自社特有の経営資産、すなわち「他社にない強み」をいい、この「自社ならでは」の力を活かす経営を「コア・コンピタンス経営」と呼びます。
たとえば、松下電器産業(現パナソニック)の一時5万店にもおよんだ家電系列店は、量販店優勢の時代になるまでは明らかに他社にはない経営上の強みでした。この他社を圧倒する販売店ネットワークは、一朝一夕に確立できるものではなく、コア・コンピタンスの典型と言うことができるでしょう。
こだわりがコア・コンピタンスを生む
もう一つ、例を挙げましょう。宅配便のヤマト運輸の事例です。
同社は、高いレベルのハイタッチサービスを自社のコア・コンピタンスと位置づけています。ヤマトは「自社の宅急便は単なる運送業ではない、サービス業である。したがって、顧客と直接に接する第一線の配送担当者は正社員でなければならない。下請けを使っていては、サービス品質をマネジメントしきれない」と考え、自前の配送員にこだわってきました。何年か前にコンビニエンスストアの一部が「郵パック」を取り扱い始めた時に、宅配の複数取次店は切ると発表したのも、複数取扱いでは、顧客サービスの上でマイナスになるという考え方に基づいたものでした。(現在では若干変化してきているように思えます。)
このように、こだわりはコア・コンピタンスに磨きをかける上でのポイントと言うことができます。
しかし、こだわるべき経営資産の存在を十分に認識していないケースも多いのが現実です。たとえば、コスト比較だけで簡単にアウトソース(外部委託)してしまい、後でホゾを噛むといったことも少なくありません。コストメリットを求めて外注化したが、そのために重要な技術の蓄積ができなくなり、技術の空洞化を起こしてしまったというのは笑えない話です。
ただ、こだわりと言っても、世の中の変化には留意しなければなりません。世の中の変化に伴い、こだわっていたコア・コンピタンスが陳腐化することがあるからです。たとえば、住宅地図のゼンリンは全国津々浦々からの情報収集力と共に、全国書店販売力がそのコア・コンピタンスでしたが、デジタル技術の進歩に伴い、デジタル情報のデータベースをコア・コンピタンスとし、カーナビゲーションやパソコン用の地図ソフトで揺るぎない地位を築いています。
コア・テクノロジーとは
コア・コンピタンスに似た概念に、コア・テクノロジーがあります。コア・テクノロジーは、自社で行うことがたとえ一時的には高くついても、「頑張って蓄積していかなければならない経営資産」です。テクノロジーを語義通りに解釈すれば、「技術」ですが、ここでは、スキルやノウハウも含め、「企業として培ってきた経営上の資産」という意味で使われています。厳密にはコア・コンピタンスと違いがあるようですが、私は同じに考えて実務上は支障がないと思っています。下図にコア・テクノロジーの例を掲げておきますので、参考にしてください。
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