第17回 環境分析から脅威と機会を知る(1)~環境分析のポイント~
- 営業・マーケティングの知恵ぶくろ
企業を取り巻く環境変化の激しさには驚くばかりです。外資の日本企業買収や経営参画、さらには、最近のキリンホールディングスとサントリーホールディングスの経営統合に見られるような大手ライバル同士の連携も珍しいものではなくなりました。また、コンプライアンスやエコロジーに対する世間の目も数年前とは比較にならないほど厳しくなるなど、例をあげればきりがありません。
これだけ変化が激しくなると、その流れをうまく利用するのと受け身でいるのとでは大きな違いが出てきます。このような変化にうまく適合して思わぬ成長を遂げることも夢ではなくなる半面、乗り遅れれば、あっという間に凋落してしまうこともあり得ます。つまり、環境の変化に機敏に対応できるかどうかが、経営の成否を分けるのです。
では、各企業は、この環境の変化に対応するために、何か特別な手立てを講じているのでしょうか。答えは「否」と言わざるをえません。事業戦略やマーケティングに関する書物は環境分析の重要性を強調していますし、ほとんどの経営者が環境分析を肯定的にとらえています。
しかし、実態は、中長期計画や年度計画の際に環境の変化を形式的に確認する程度で、それ以外の時期は相変わらず経験と勘に任せています。昔、住友銀行(現三井住友銀行)が本社の部長会のような場で、月に1度あるいは隔月で、定期的に環境の変化をチェックしていると聞いたことがありますが、このような会社は未だに少数派です。
やはり、環境の変化についても暗算ではなく筆算で、つまり、きちんと紙の上などに文字で表現して考えなければ大きな見過ごしが生じます。
今回は、マーケティング戦略立案のためのもっとも重要な分析の一つである、この環境分析の方法をご説明します。
外部環境は直接的環境と間接的環境に分けて考える
企業を取り巻く外部環境は、大きく2つに分けて考えることができます。「直接的競争環境」と「間接的競争環境」です。
上図を見てください。直接的競争環境としては、「顧客・チャネル・商品」「供給業者・原材料」「新規参入業者」「代替品(置き換え)」「競争業者の動向」の5つの要素が考えられます。このフレームワークは、米国の経営学者のマイケル・ポーターが提唱した「競争を支配する5つの要因」を参考にしています。(M.E.ポーター「競争の戦略」 土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳 ダイヤモンド社)もう1つの間接的競争環境とは、「社会」「政治」「経済・経営」「技術動向」など、どちらかと言えばマクロ的な環境を指します。
それぞれについて、簡単に見ていきましょう。
直接的競争環境の分析
まず、「顧客・チャネル・商品」については、顧客、チャネル自体やその購買行動に変化がないか、商品の移り変わりの傾向はどのようなものであるかを見通すことから始めます。とくに、顧客業界での吸収合併や、従来アウトソーシングしていたものを自社内に取り込む(一般に、自社オペレーション化を略して自社オペ化と呼びます)動きは見逃せません。顧客が他社に買収された場合や、業務受託先である顧客が自社オペに踏み切る場合には、顧客を失うことにつながりかねないからです。
さらに、顧客自身の環境がどう変わっていくかについても目を配ることが必要です。顧客の変化は、「顧客の顧客」の変化によって引き起こされることが多いものです。
たとえば、建材メーカーでは、住宅メーカーの顧客である消費者のローン事情まで視野に入れなければならない場合があります。金融事情が悪ければ住宅ローンの審査が厳しくなりますので、金融業界が浮上しない限り住宅需要の回復にも限界があり、それが建材の売れ行きに影響してきます。実際2009年の米国の住宅および自動車業界が回復するかどうかは、金融業界がどの程度立ち直るかにかかっています。
また顧客業界やチャネルの栄枯盛衰も、重要な意味を持ちます。前に第6回の「恐ろしい自社市場のウェイト低下」で解説したように、どの顧客分野あるいはチャネルが伸び、衰退していくかを見極めることは不可欠です。
次に、「供給業者・原材料」ですが、とくに、新素材の動向と現素材の改良見通しの分析は重要です。素材の変化は新素材に限らず、今まで不可能だったことを可能にするなど、それが登場した場合のインパクトが非常に大きいからです。現段階で想定される新素材はいつ頃実用化されるのか、あるいは、現素材の改良はどう進むのか、それによって自社の準備体制が変わってきます。 供給業者そのものの動向については、供給業者の川下進出、海外の生産者の生産調整など、自社の原料確保と入手価格に影響を及ぼしそうな事柄をすべて押さえます。
なお、新素材の動向は「供給業者・原材料」ではなく「技術動向」に入れるべきではないだろうか、前記の金融事情は「顧客」に入るのか、それとも「経済」だろうか、などと悩む必要はありません。これらの分類は、漏れを少なくするためのチェックリストのようなものですから、どこかで引っかかってくればよいのです。また、この9つの対象分類自体にもこだわる必要はありません。さらに細分化しても結構ですし、別の分類を加えても差し支えありません。
新規参入業者には3つのタイプ
3番目の「新規参入業者」の分析にあたっては、まず、一般的にどのような競争業者が新規参入するかを知らなければなりません。従来の事業と何の脈絡もない新規参入もあるために予測し難いこともありますが、次の3つのタイプの業者については、ある程度見当をつけることができます。(下図)
第1は、非常に低いコストで業界に参入できる業者です。
たとえば、地価の非常に安い時代に入手した土地を遊ばせている業者が、立地環境の変化によって、ショッピングセンターなどに進出してくるのはこの典型です。国鉄からJRになって建設されたJR系のショッピングビルやホテルはこの一例です。
また同様に、遊休設備と余剰人員を抱えている企業も要注意です。とくに日本の場合は、高性能の部品を安く購入することが容易なため、ひとたび成長分野だということになると、組立力を持て余している企業が一斉になだれ込んできます。
第2は、この業界に参入することによって、相乗効果が得られる業者です。
この事例は枚挙に暇がありません。最近の事例では、2009年7月に三菱化学が2010年からLED照明に参入することを発表しました。半導体の一種であるLEDは、日本メーカーのデジタル素材技術が生かせる恰好の分野なのです。
第3は、川上統合や川下統合を進めようとしている業者です。
川上統合とは、原材料の調達力強化や原材料の品質コントロールなどを狙って、自社事業領域の上流方向へ進出することをいいますが、自動車メーカーが部品製造の分野にまで進出したり、部品メーカーを系列化していることはご存じの通りです。
また、販売業者がメーカー分野に進出してくるというケースも珍しくありません。たとえば、アパレルのユニクロやワールド、さらには米国のギャップは、製造小売業(SPA Speciality Store Retailer of Private Label Apparel) と言われるほどに、川上の製造分野を統合しています。
一方、川下統合とは、市場コントロールを強化しよう、あるいは、川下でも利益を確保しようなどの考えで下流方向へ進出することをいいます。食品メーカーがアンテナショップの意味合いでレストランや小売店舗を経営するケースをよく目にしますが、これも川下統合の一種です。
このアンテナショップレベルであればほとんど影響はありませんが、ディーラーや代理店を通しての販売を直販に切り替える、あるいは、部品メーカーが完成品メーカーの分野に進出してくるといったレベルになると、影響は大きくなります。
また、外注していた業務を、自前の会社を作ってやらせることも少なくありません。前に述べた「自社オペ」です。大手の石油化学会社が日揮や千代田化工建設といったエンジニアリング会社に依頼していた仕事を、エンジニアリング子会社を設立して取り込んでしまう、あるいは、自ら派遣会社を設立して派遣事業を始めるといった類です。
以上のような観点から、参入可能性のある企業をリストアップした上で、それらの企業が業界の参入障壁を乗り超える力があるかどうかを吟味します。参入障壁としては、参入費用、規模の経済性、ブランド、流通チャネルの支配力、顧客のスイッチングコストなどがあります。
代替品(置き換え)の5つのパターン
次は、現在の製品が「代替品」に置き換えられる恐れがないかどうかを検討します。置き換えには通常次の4つのパターンがあります。(下図)
1. 経済性による置き換え
2. 利便性による置き換え
3. 高機能化・高級化による置き換え
4. 多機能化による置き換え
です。
たとえば、ガソリン自動車からハイブリッド車への買い替えは経済性による置き換えですし、公衆電話が携帯電話に追いやられたことや、旅行代理店の店舗ではなく「じゃらん」や「一休.com」などのWEBサイトで旅館を予約するのは、利便性による置き換えです。
高機能化・高級化による置き換えは、ビデオテープからDVDへ、アナログテレビからデジタルテレビへなどがありますが、昔、インスタントコーヒーからレギュラーコーヒーに需要の一部が移ったのも高級化による置き換えです。 さらに、多機能化による置き換えの例としては、単体電話からファクシミリ電話機へ、コピー単能機からスキャナー兼用機へ、一般テレビからチャンネル数の多いケーブルテレビへ、といった動きがあります。
以上のケースから、置き換えがどういうものであるかのイメージは持っていただけたと思いますが、ブラウン管テレビ、レコード、オーディオテープに見られるように、下手をすると製品そのものが世の中から消滅し、会社の存続さえ覚束ないことになりかねません。それだけに、置き換えの脅威の分析を避けて通ることはできません。
「直接的競争環境」の5番目にあげた「競争業者動向」の分析は、合併・買収・提携によるライバルの力関係の変化、業界全体の需給バランスの見通しなどの他、競争に影響するライバルの動きすべてを含みます。とくに、上図に示したように、ライバルの新製品発売、特許申請、価格改定といった身近な動きを見落とさないことです。環境分析と言うと、大上段に振りかぶったような事柄ばかり取り上げることが少なくないので、注意が必要です。
(小林 裕)
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