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第18回 環境分析から脅威と機会を知る(2)

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間接的競争環境の分析

前回お話したとおり、間接的競争環境には、1.社会(価値観、人口構成)、2.政治(関連法規、税金)、3.経済・経営(景気、為替、金融事情)、4.技術動向(新技術、新製造方法)という4つの要素が考えられます。

まず、分析すべき社会の動きとしては、消費財であれば、人々の価値観と人口構成や就業構造の変化が主要なものとして挙げられます。
前者については、旧世代には理解しがたい新しい価値観の台頭がいつの時代にも存在します。たとえば、今や、男性用製品、女性用製品という垣根もずいぶん低くなっています。さらに若者ばかりでなく、中高年層の価値観も、社会の豊かさを反映して変化しています。噂好の多様化による多品種化や製品ライフサイクルの短命化が言われて久しいですが、これらもその結果です。

一方、人口構成については、まず高齢化社会の到来を挙げなければなりません。また、社会問題にもなっているように、非正規雇用者の比率は、男性で1990年の8.7%から2009年の17.7%に、女性で1990年の37.9%から2009年の53.6%に増加しています。(総務省統計局労働力調査より)

政治環境としては何と言っても、関連法規と税制が中心になります。廃棄物やCO2等に関わる環境関連の規制はますますシビアになっていますし、法人税の行方は直接企業収益に影響します。また、最近では高速道路の無料化が話題になっていますが、実現すれば物流業界やレジャー産業にとどまらず、その影響はかなり大きなものになるでしょう。

3番目に掲げた経済・経営環境の予測が非常に重要であることは論を待たないことです。景気の見通しは言うにおよばず、為替や原油相場の動向、さらには定年延長やコプライアンス問題など、挙げればきりがないほどです。 4番目の技術環境の分析は、新しい技術や製造方法について見通すことが中心になりますが、自社に影響しそうな特許の動向については、ライバルに限定せずに広めに目を配ることを忘れないことです。特許権の消滅で思わぬ企業が参入してくることもあり得ます。

なお、どのようなことが競争環境の検討対象となりそうかを、下図にまとめましたので参考にしてください。

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環境動向の表現は具体的でなければならない

ここで非常に重要なことがあります。それは、実は、先の「環境分析の対象」の図に掲げたような表現では抽象的すぎて使えないことが多いということです。環境の変化は、具体的に、そして、できれば定量的に表現しなければなりません。

たとえば「円高の進行」という表現ですが、このレベルでは役に立ちません。「円高が進行する」と書いてあれば、読む側は何となくわかった気になります。そのためか、多くの会社の環境分析の内容がこのレベルにとどまっています。しかし、1ドルが100円なのか、それとも80円なのかによって、打つ手はまるっきり変わってきます。次の例を見てください。

ある材料メーカーが、輸入材料を扱っているライバルと競争しています。ライバルの輸入価格はトン8000ドルですので、1ドル100円ならトン80万円、80円ならばトン64万円になります。

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トン80万円の水準であれば、徹底したコストダウンを行うことによってライバルに対抗することができます。しかし、円高が進行してトン64万円にまでなると、単なるコストダウンでは追いつかず、中国などの低コスト地域で海外生産を行うしか方法はありません。(上図)1ドル100円か80円かによって、対策はまったく異なるのです。

このように、程度次第で対策の内容が大きく変わる変化を、「円高の進行」と一口で済ませておくわけにはいかないことは、これでおわかり頂けたと思います。

「事業環境分析表」の作成

以上の外部環境の分析は、下図の「事業環境分析表」のようなワークシートを用いて行います。

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この図表の「分野」欄には、直接的競争環境と間接的競争環境のそれぞれの分類が入りますが、ここで紹介した9つの対象分類にこだわり過ぎずに自社に合った分野を考えることです。たとえば、上図では、この会社の流通業者は工事業者と販売代理店がありますので、それぞれを独立した分野と扱っています。(図表では、販売代理店については省略しています。)

次に、各分野において、どのような「変化」が生まれ、その変化がどのような「機会」と「脅威」を自社にもたらすかを記入していきます。「機会」と「脅威」をそれぞれの欄にダイレクトに記入した方がよい場合もありますが、1つの変化が機会であると同時に脅威であることもあり得ますので、いったん変化として記入した上で、その意味を考えるのを原則とします。

リスク分析と機会分析

「事業環境分析表」でリストアップした機会や脅威が相当数に上ることがあります。このような場合、すべてに対して対応策を考えようとしても、手数がかかって現実的ではありません。また、大して重要でないことにまで頭を使うのは生産的ではありません。

したがって、それぞれに優先順位をつけ、優先度の高いものについてのみ手を打つことになりますが、この優先度は、リストアップされた機会や脅威の「発生の確率」と発生した場合の「インパクトの大きさ」で判断します。

SWOT分析に問題があるのは、機会と脅威を具体的に定義するステップと、この優先度のフイルターをかけるというステップを無視しているからです。(このようなステップを踏んだ上でSWOT分析を行うこともできなくはありませんが、ここまでくれば、無理に強み弱みに結びつけずに、対応策の検討に直接入った方がよいと思います。)

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上図が、脅威(リスク)の優先度を考えるための「リスク分析表」です。ヨコ軸に脅威発生の確率をとり、タテ軸にその脅威が発生した場合のインパクトの大きさをとっています。「発生確率×インパクト」が大きいもの、すなわち、上図の右上半分の網かけ部分に入る項目が、何らかの形で手を打つ必要があるリスクです。

なお、リスクの程度をきちんと定義しておくことが、ここでも重要になります。定義があいまいだと、インパクトの大きさや発生の確率のとらえ方が人によってバラバラになります。たとえば、上図で「原料の高騰」とありますが、どの程度の高騰ととらえるかで、発生の確率もインパクトの大きさも異なってきます。10%程度の価格上昇をイメージした人は、「それほどのインパクトはないが、確率は高い」と考えるでしょうし、80%くらいの価格上昇をイメージした別の人は「滅多にあることではないが、起きれば大変なことになる」と考えるでしょう。

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機会の分析も同様です。機会も、発生の確率とその機会を活かすことができた場合のインパクトの大きさの2つの角度から優先度を決めます。(上図)

コンティンジェンシー・プランニング

優先度が高いと判断した機会と脅威については、当然、対応策を考えなければなりません。しかし、発生の可能性があるといっても、本当に発生するかどうかは起きてみないとわかりません。そのため、発生を前提とした綿密な対応策をあらかじめ用意しておくことが非効率である場合もあります。かと言って、現実に発生してから対策を発動したのでは間に合わないかもしれません。

このような場合には、それらの事象発生の兆候が見えてからアクションを起こすことにして、その兆候を何によって判断するかをあらかじめ定めておきます。マーケティング戦略では、この兆候のことを「トリガーポイント」と呼びます。兆候がアクションを起こす引き金(トリガー)になるからです。

たとえば、「こういった内容の特許がライバルから出願されたら、2年以内に○○系のモデルが発売されると考え、米国のK社との特許交渉を開始する」といった形で定めます。ここでは○○系のモデル登場という脅威に対する「トリガーポイント」として、特定の内容の特許出願を設定しているわけです。

このような、起こりうる不測の事態に対する計画は、一般に「コンティンジェンシー・プランニング」と呼ばれます。日本語では危機対応計画ですが、「トリガーポイント」の考え方はリスクに対してばかりでなく、機会についても適用することができます。

また、この「コンティンジェンシー・プランニング」は、不確実性が高いリスクに対してばかりでなく、現在の計画の前提となっている条件が変化する場合にも活用されます。 つまり、戦略の土台となっている仮説が現実とずれる事態に備えて、戦略の見直しを行うタイミングと代替案を予め決めておくのです。たとえば、若者をターゲットとして発売した新製品が若者よりも中高年に受けたために、製品のデザインや広告のコピーを変更するようなことがありますが、誰の目にも結果が明らかになってから慌てて実施するのではなく、あり得ることとして予め「トリガーポイント」を定めておき、準備したシナリオにしたがって実行するのです。

なお、前記の「トリガーポイント」は、誰がウォッチし、誰が対応策の号令をかけるのかを決めておくことも重要です。 社員は皆、担当業務を持っており、普通はそれをこなすのに精いっぱいです。自分の仕事として明確に割り当てられない限り、放っておいても当面の業務に支障が出ないことには、誰も手を出さないものです。担当を決めなければ物事は進まないという当たり前のことをあらためて認識する必要があります。

(小林 裕)

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