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第42回 「ハイ・マーケティング革新型企業を考えるアスクルのケース」

  • 営業・マーケティングの知恵ぶくろ

笠井 和弥

前回まで5回に亘り、ハイ・マーケティング革新型企業が持つ要素について述べてきました。
今回は、オフィス用品通販のさきがけ企業であるアスクル株式会社の事例を取り上げ、ハイ・マーケティング革新企業のドライビング・パワー指標からその事業展開の特徴を解説したいと思います。

アスクルは、1993年3月にプラス株式会社のアスクル事業部がオフィス用品通販サービスを始め、その後1997年にアスクル株式会社として独立し、現在ではオフィス用品通販トップ企業として多くの顧客支持を得ています。

プログラム力・・・突出した環境変化への対応と顧客対応力

●ニッチ市場にターゲットを当てたビジネス展開

創業当時のアスクルは、ターゲットをこれまで小売店に自ら購入しに行って不便を感じていた従業員30人未満の中小事業所に絞り、約500アイテムを掲載したカタログを配布しました。このような事業所は全国に点在しているため、店舗販売よりも通信販売に向いていると判断しました。

カタログの配布先開拓は、エージェントと呼ばれる既存の文具小売店を活用しました。これは、通信販売開始にあたって、既存の系列小売店をうまく巻き込む必要があったためです。

商流は、アスクル⇒エージェント⇒顧客 、カタログの発送、受発注、問い合せなど物流・情報流は、アスクル⇒顧客という流れを構築しました。

エージェントは、顧客開拓活動の他に、与信管理と代金回収を担いました。顧客には安さを強調したかったのですが、あまり安くすると既存の系列小売店からの反発が予測されたため小売店価格の約1割引とし、付加価値として、翌日配送サービスを行いました。
午後13:00までに注文したものは、翌日中に配送することを約束しました。これまで小売店で文具を購入していた中小事業所は、重い文具を事業所まで配送してくれ、なおかつ安いというアスクルのサービスを支持しました。(下図参照)

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●環境変化への素早い対応

顧客が増えてくるに従い要望も増え、その中でも特に、2つの要望が明らかになってきました。

1つは、プラス以外の製品も品揃えしてほしいという要望であり、もう1つは、価格をもっと安くしてほしいという要望でした。1つ目の要望への対応は、1年間の議論の末、1995年に競合メーカー製品も取り扱うことにしました。価格に関しては、系列小売店から猛烈な反対がありましたが、関係者を説得して値引き販売を実行したのです。
ここまで、順調に成長してきたアスクルですが、文具業界はさらに変化していきました。

第一の変化は、専門量販店(カテゴリーキラー)の登場です。安さと品揃えを武器にしたこの業態は、米国で成長し日本に進出してきました。1997年に、オフィス・マックス、オフィス・デポが日本第一号店をオープンさせました。
第二の変化は、アスクルと同じ業態の登場です。文具用品の通信販売会社が数多く立ち上がってきました。
コクヨは、カウネットというストア・ブランドで参入しました。

コクヨ製品は、アスクルの顧客になっている多くの事業所で使われており、今まで使っていた製品と同じ製品を使いたいと考えている顧客は、コクヨ製品を欲しがりました。アスクルでもコクヨ製品を一部販売していましたが、コクヨから主力製品は卸して貰えていなかったのです。
アスクルは、このような環境変化に対応し、競争優位を確立するため新たな段階に進んでいきます。

その1つが、顧客の声を活かしたアスクル独自の品揃え・新製品開発です。
顧客の問い合せや苦情、「あったらいいな」といったアイデアを集約し、メーカーと協力して新製品開発することで、競合企業にはない製品の品揃えを実現しようとします。価格が安いだけのPB製品では、やがて競合他社に模倣されてしまいます。顧客の隠れたニーズを拾う製品が必要だったのです。

●顧客対応方針・・・新たな競争力としての新製品開発

アスクルの製品開発には、NB、PBの2つのタイプがあります。

NB商品タイプにおけるアスクルの役割は、アイデアの創出から販売までのスケジュール管理、通販カタログの訴求表現が中心です。技術面をはじめ、その他の業務は全てメーカー側に委ねています。従って、メーカー選定が重要になります。

PB商品タイプでは、アスクルが主導的に製品開発を行います。アスクルブランドで出すため、品質保証もしなければなりません。

従って、品質管理部門、調達部門、法務部門などが参加する「アスクルPB会議」を開いて製品化を進めていきます。PB会議では、新製品開発の背景からポジショニング、ターゲット、売上予測が製品開発者から報告され、アスクルのPB商品として取り組むべきかどうか議論されます。
NBタイプとPBタイプで、アスクルの開発への関与度が異なりますが、いずれのタイプでもアイデアの創出はアスクル側で行います。

アスクルにとっては、いかに優れたアイデアを創出するのかが重要になるのです。
アスクルは、文具関連商品に限定せず、オフィスで働く人々の困りごとに応える製品提供していくことを使命として、色々な企業とのコラボレーション開発を行っています。ネスレとともに詰め替え用パック入りのインスタントコーヒーを開発したのを皮切りに、メーカーと協同して製品開発を進めるようになっていきます。

現在、新製品開発は、オフィスライフ・クリエーション部門という専門部署を設置して行っています。ここでは、顧客情報の分析から、パートナーの選定、新製品開発までのプロセスに関わります。部門スタッフは、サプライヤーのマーケティング部門であるという意識をもって仕事をしています。

アスクルがパナソニック(当時は松下電器)と共同開発したのが、オフィス専用の冷蔵庫です。
日頃の顧客との接点を通じ、以下のような潜在ニーズをつかみました。オフィスでの冷蔵庫の使われ方は、一般家庭と違い狭い給湯室に置かれることが多く、小型でないと使い勝手が悪く、また、冷蔵庫の上に電子レンジが置けるよう耐熱処理がされていなければならない。
一方、来客が多く、飲料を大量に消費するオフィスでは、単価の安い2リットルペットボトルがすっぽり入らなくてはいけない。氷も必要である。逆に、卵を入れる場所は要らない。

このように、家庭で使用する電気製品とは使い方がかなり異なるため、アスクルでは「家電」ではなく「オフ電」と呼んでいます。冷蔵庫の他にも、靴を履いたまま使える足元暖房機や、コーヒーカップを中心に洗える小型の食器洗い乾燥機なども開発されました。コーヒー用ポーションのメロディアンとも共同開発し、3ヶ月ごとに蓋のデザインが変わるポーションを販売しています。エステー化学とも共同開発し、デザイン性に優れたトイレの消臭剤を開発しました。

顧客を起点にして、お客さまが何を望んでいるのか、困っていることは何か、対応する製品は何かなど徹底的に顧客ニーズを掘り下げ、商品開発に繋げることに価値を創り出しているのです。

アスクルの創業時からの現在までの環境変化対応のポイントを整理すると、
① プラスの1事業部からアスクル創業時代:
"今のまま事務文具メーカーとしては、我々は生き残っていけないのではないか"

② アスクル成長時代:
"コクヨなどの脅威となる競合企業参入により今のやり方を継続しては競争優位を維持できない" という2つの環境変化を的確にとらえ機動的に対応していったのです。

(下図参照)

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●ニーズ・キャッチ力・・・情報把握徹底と活用による実務的な情報活用

アスクルでは、主に4種類の方法で市場情報を把握しています。

●売上データ

通信販売の場合は、顧客である事業所の「業種」といった属性を掴んでいるので、どのような事業所が何をどのようなタイミングで購入したかハッキリわかります。
データ量が多ければその精度が高まる傾向にあるため、競合他社よりも正確な分析が可能です。売上データは、新製品の開発だけでなく推奨製品の抽出やプロモーション価格の決定などにも利用されています。

●問い合せや苦情のデータ

コールセンターが、本社フロアの中心に設置されています。
波状に広がるコールセンターは、顧客の声が水面に広がるイメージをアスクルの商品開発思想に重ね合わせたもので、アスクルの顧客志向を体現しています。返品の多い製品は、特に十分な検討が実施され、「カタログの表現が誤解を生んでいないか」「品質は問題ないか」といった検討がなされ、情報も毎週更新されています。

●顧客へのアンケート

「あったらいいな」と思われるものを顧客から募集しています。
マーチャンダイザーは、このアンケートを顧客の業種別や地域別に並べ直して呼んだりして、特定のセグメント特有のニーズがないか調べます。
アンケートと並行してターゲットに当てはまる顧客をピックアップして、試作品を使用してもらって感想を聞く仕組みもあります。

●訪問調査

店舗用の製品開発をする時には、顧客の店舗に訪問して使用状況を観察したりインタビューしたりします。
それにより、実際にオフィス状況などが把握でき、新しい事実が浮かび上がることにつながります。また、出てきたアイデアをチェックするためWeb調査をすることもあります。

アスクルの情報収集は、単なる情報集めでなく、何のために情報を収集するのか明確になっているのです。この当たり前のことが、徹底されていることがその凄さではないでしょうか。

(下図参照)

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(今回の執筆に当たっては、日本能率協会コンサルティング成舞 響さんにご協力いただきました。)

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