第48回 「フィールド対応のすすめ」
- 営業・マーケティングの知恵ぶくろ
笠井 和弥
温故知新
過去・現在を問わず、我が国には優良な老舗企業の経営風土を特徴的に示す"ことば"があります。
本業を重視し身の丈経営を行う「足るを知る」、厳選した品質を提供し続ける「のれん」、顧客対応のこころを示す「おもてなし」などです。
多くの老舗企業が、飽きのこないロングセラー商品づくりを目指した経営を尊重してきました。
安易なモデルチェンジは消費者のためにならないとして、簡単に使い捨てられない商品づくりを行っています。 そこには、プロセスをとても大切にする考え方が伝統的に根強く、それが繁栄の源泉となっていました。
しかし近年、市場に大きなインパクトを与える商品やサービスの数は減少しています。
それは一体なぜでしょうか?
事業の基本的なことから注意がそれてしまったことが原因の一つではないかと考えます。
自社の力量と顧客の評価を客観的に判断して、何が必要で何が可能かといったことから目が離れてしまい、顧客とのほどよい距離感を見失ってしまったとも言えます。 顧客が何を求めているかを忘れ、顧客から離れたところで商品の売買を行っていたのではないかと思います。
かつて、日本人も日本企業もコミュニティを形成しなければ生きていけず、お互いに得手を持ちより、事業を運営する色々な生きる知恵がありました。 しかし、このようなスタイルは、表面的には非効率で窮屈なものとされ、便利さを追求する商品やサービスに凌駕され、かゆいところに手が届くシステムが確立しました。 その後、バブル崩壊を契機として、多くの人達は仕事のやり方や買い物のあり方など、既存のシステムに疑問や飽きを感じ、自らの意識転換の必要性も自覚し始めていました。
そのような中、今回の大震災が起こり、新しい生活スタイルやビジネスタイル創出の必要性がつきつけられています。 多くの生活者は、ただ買うだけでなく、厳選したものを買い、買ったものは使い込むという意識が芽生えているのです。
顧客が感じる価値は、常に変化しています。顧客がどのような価値を感じるかを判断するためには、定量調査以外のものが要求されます。新鮮で自由な考え方や先入観なく耳を傾ける姿勢が大事です。
変化に対応する環境づくりをどうするか
現在、資源のムダづかいが、企業だけでなく地球全体にとって致命傷となりかねない状態が現実のものとなっています。 提供するモノ自体の良し悪しだけでなく、提供前後のプロセスの良し悪しがもっと大切な時代です。
そこで、顧客が購買決定をする時よりも、購買後に力点を置いたビジネス展開が必要となります。
大半の企業が生産性を重要な経営指標においた経営を行っていますが、今後は、資源の生産性や知恵の生産性を重要視すべきではないでしょうか。
製造業の生産性向上がめざましいですが、まだその実態は、需要に対応した生産でなく、供給体制を維持するために消費を促すシステムです。それは、多くの資源を浪費することによるものでした。
これからは、地球資源を有限なものと見て、ビジネスのあらゆる機能を再構築する必要性が一層増すでしょう。 加えて、顧客自身もこのような環境づくりのために負担すべきことを、顧客に対して分かりやすい言葉で伝えることも、企業の重要な役割となります。
どうすればできるか、という答えはありません。 知恵を搾り出すしかないのです。
まさに、知恵の生産性が問われる時代です。
このような環境づくりに向け、企業は2つの課題に取り組む必要があります。
ひとつは、顧客が選択しやすい環境づくりに向けた、メーカーから小売業まで業界全体の協力体制づくりです。 作る側と売る側が顧客の好みやニーズを継続的に学び、吸収するラーニング・リレーションシップが強く求められます。 ラーニング・リレーションシップとは、顧客が自身のプロフィールや都合、好み、ニーズといった情報をある特定企業に提示し続けることによって、さらに買い物が便利になるという相互補完関係を深め、半永久的な付き合いを続けることです。 そのためには、顧客とより深いつながりをつくることが重要です。
顧客により深みのある対応を行うには、多くの課題が山積しています。
最も重要なことは、量的な面からみた接点時間増と深く掘り下げた情報に基づく提案の質の向上です。
顧客の真のニーズ把握を通して、顧客の選択肢を改善し、商品やサービスの新鮮さ・価値を高められる提案が必要です。
『なぜ売れないのか』でなく、『なぜ買われないのか』という発想に立つことです。
顧客が自社商品をどのように使っているかを観察するだけでなく、さまざまな問題についてどのように感じ、どのような意見を持っているか、そして、さまざまな作業をする時、実際にどういう行動をとるのかを理解する必要があります。 感覚的な反応や感情に、より注目する必要があるのです。
しかし、このような情報は、これまでの調査アプローチでは、手に入れることが困難です。
顧客自身も整理できていない潜在ニーズを、より深く理解するためには、より多くの接点を持ち、微妙なニュアンスを感じ取り、何が必要とされているかという根本的な問題を追求することが必要だからです。
そのため、顧客との1対1の交流をより重視し、内面にある創造的な直感や知恵を引き出す仕掛けが重要なのです。 キーワードは、「気づき」、「分かち合い」、「共創(共に創造する)」です。
環境づくりに向け、もう一つの課題は商品の絞り込みです。
本当に顧客に支持を得られる商品に絞って、良質なモノを提供していく決断をすることです。 この決断には困難が伴います。商品の絞り込みによる削除は、事業の縮小につながるのではないかという懸念が出てきます。
しかし、先進企業における取り組み事例をみると、その逆の結果がおこっています。
有力食品企業A社では、当初26種類もの商品領域がありました。 そこで、顧客が本当に必要としているものは何かを問い、11の領域を削減し、全商品ラインを15にして、部門全体で3分の1の商品アイテムの削除に踏みきりました。 その結果、工場では製造が安定し、製品の大幅なコスト削減となり、より大きな顧客満足の達成につながりました。 その過程において売上、マーケットシェアが伸び、収益増を実現したのです。
あらためて企業のアイデンティティが問われる時代です。
競争戦略論で対処できない時代を迎えているのです。
トップマネジメントの重要性
このような企業革新は、簡単なものではないことも明々白々です。 既存のプロセス・制度その他を崩壊させてしまう危険性もはらんでいます。 特に、既に市場で指導的地位にあり、大きな利幅を実現している場合、このような革新を実行するのは大変困難であり、それにはトップマネジメントの指導力と支援が必要です。
大きなリスクが伴い、末端レベルからの努力では、会社の大きな制度の中で潰されてしまいます。 革新のスイッチを押すのは、トップ最大の使命であり、これ以上に重要なものはありません。
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