第52回 「新規市場参入企業のマーケティング戦略(3) ~その他参考事項について~」
- 営業・マーケティングの知恵ぶくろ
笠井 和弥
2回にわたり、新規市場参入企業の進出パターンと先発企業が非常に強い場合の対策について、お話しました。今回は、その他参考事項と新規市場参入事業の評価の視点をご紹介します。
比較的進出難易度が低い産業・分野
1.成長産業
これは、進出検討の前提条件として欠くことのできない要件です。 斜陽産業に属する企業であっても、新規市場参入企業として成長するには、成長産業分野への進出が必要であり、可能でもあります。
2.消費財関連産業
安定成長期の場合は、生産財分野の新規市場参入は、極めて困難な条件が多すぎます。 新技術開発にしても、既存の有力企業が先行することが考えられ、その工業化には巨大な設備資金を要します。 よほど特殊なケースで幸運にでも恵まれなければ、成功の可能性は低いと考えられます。
一方、消費財関連分野は、個人消費の伸びと消費パターンの変化により、極めて多様な新規市場参入企業進出の可能性があります。 しかも、小規模生産から出発し消費動向に見合う生産体制や販売方式を考案することも、比較的容易です。 新規市場参入企業としてユニークな戦術をとることによって、進出しやすい分野と言えるでしょう。
3.生活者の消費・嗜好が流動している分野
消費財分野であっても生活者の消費がすでに限界に近づいている分野では、新規市場参入企業が伸びる可能性は低いです。生活者の消費や嗜好が流動し、新しい需要がつくりだされる可能性のある分野ないし製品でなければなりません。
4.変動期にあって安定的技術のない分野
安定的な技術が確立している産業や業種では、新しい技術開発は新規市場参入企業にとって困難であるばかりか、たとえ開発しても先発企業が直ちに同種の製品を作ることができるため、競争上の利点が失われやすいのです。
新規市場参入企業の場合、新技術の開発が決定的に重要であることは言うまでもありませんが、分野設定も軽視できないところです。
業種は、以下のようなところが対象になります。
(1)小規模企業が支配的であるような業種
... 小売店、個人対象のサービス、多品種少量生産型の加工業など
(2)規模の経済の作用する程度が小さく、大企業と言えども格段に低コストにならないため、
中小企業でも進出が容易な分野
... アパレル二次製品、伝統工芸品など
(3)市場が分散しているため、進出が容易な場合
... 市乳、清酒業など
(4)専門化により中小企業にチャンスが多い場合
... 産業用特殊部品、電子部品電気工事など
先発企業の障壁
1.特許・ノウハウの障壁
特許によって生まれるノウハウの独占力で進出が阻止されるばかりでなく、特許取得に多額の投資を必要とする場合、進出は極めて困難になります。 特に、技術革新の激しい時期においては、非常に大きな対価を支払っても将来償って余りあるかどうかの判断は、難しいところです。
2.原材料・生産手段の障壁
先発企業による原材料・生産手段の支配は、進出の障壁になります。 この場合、代替的原材料ないしは生産手段を開発することで、進出を図るほかありません。 例えば、ファスナーで圧倒的な占有率を獲得しているYKK(吉田工業)が製造機械の生産を独占して、他社の参入を難しくしています。
3.企業規模と経済単位の障壁(下図参照)
一般に生産コストは、生産規模が大きくなるにつれて、ある程度まで減少するため、企業は、必要な生産規模に達しなければ、市場参入に成功することができません。 装置産業では、この経済単位が大きく、進出は困難になります。進出の難易度は、当該産業の長期費用曲線の形によって決まります。その曲線が平坦であればあるほど進出は容易で、平坦でないと進出は難しくなるのです。
4.流通経路の障壁
先発企業が最適な経路を完全に把握し、排他的な経路を持っている場合は、新規市場参入企業の進出は困難です。 流通で加工を伴う場合、技術指導などを通じて強い関係に発展している、流通への資金投資により系列化している、といったケース多いようです。
5.ペネトレーション・プライス(市場浸透価格)による障壁
先発企業が、大量生産時の価格で製品を市場に出すことによって、赤字懸念のために新規市場参入の進出を躊躇させる、または、事業をやめさせるなどです。 たとえば、キューピーが、この方法で、マヨネーズ市場に進出した20数社を脱落させたことがあります。
6.政府による障壁
少数企業への許認可施策によって、新規市場参入の進出を阻むことです。 これは、先発企業が政治力を行使し、新規市場参入の進出・追随をおさえる方法でもあります。
新規市場参入企業の追随体制の基本
新規市場参入企業が成功するかどうかは、何よりもまず、技術開発の可能性の有無、技術開発力の強弱にかかってきます。 先発企業が存在し、一定の地盤を形成している分野に、同一の技術で乗り込むことは得策ではありません。 既存の業界に進出して成功するためには、少なくとも、一定期間は他の追随を許さない程度の新技術とそれによる新製品開発に成功することが必要なのは明らかです。
まず行うべきことは、地道な技術の蓄積です。 技術開発に特効薬があるはずはありません。長期にわたる研究投資とそれに基づく技術的蓄積によって、はじめて新しい技術が開花するのです。 それゆえ、不断の技術研究を持続していくことこそが、企業経営者の責任でもあり、この点を無視して、もしも偶然に期待をかける経営者がいるとすれば、新規市場参入企業としての資格さえ失っていると言えるでしょう。
次に、技術予測の重視です。 経済予測が困難なように、技術予測も非常に難しいです。しかし、研究投資の有効性を高めるためにも、これは、不可欠な要件です。 また、新技術の開発・技術革新のピークが過ぎたという意見もある現在、技術開発は、技術予測を基礎に対して行ってのみ、成功の確率を高めることができるのです。
新規市場参入事業評価の視点
新規市場参入事業を評価する際の着眼点を以下に示します。
1.ライフ・サイクルの時点がどこにあるか
これから大きく伸びるか、安定成長か
2.先発企業との格差はどの程度か
(1)市場格差
・シェア格差 ... 先発のシェア集中度が高いと進出は困難
・ブランド戦略 ... 先発がどの程度強いか、ブランド=商品までになっているか
(2)コスト格差
製品にもよるが、量産ものであるかどうか、現在の量的格差が圧倒的コスト差にあらわれるか
(3)技術格差
製品の品質水準の格差、加工技術水準はコスト差に直結する
3.企業自体の特徴はどうか
こういう製品に向く企業か 例えば、技術先行型企業が販売先行型企業へ
先発企業の規模に対する新規市場参入のスケール格差
4.この事業を手がける意味は何か
技術的な発展のため、将来の販売ルートを確立するためなど、この事業をやっていく意味は何か
5.企業における事業の位置づけ
経営全体から考えて、非常に重要かどうか
6.先発企業に対し、何か特色のある対策が可能かどうか
製品対策、流通対策、販売方法などにおいて、自社の利点を活用して何か先発に対抗できるものがあるか、または、新たにつくることができるかについて徹底的に掘り下げることが重要
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