第100回 「経営幹部二つの仕事」
- 営業・マーケティングの知恵ぶくろ
笠井 和弥
私は、今日まで企業がどのように成長をめざし、そのため、どういう問題を抱え、それをどのように乗り切ってきたかを、経営コンサルタントという仕事を通して体験してきています。
その中で、経営幹部に求められる二つの問題解決=仕事の役割について述べてみたいと思います。
一つは「事業上の問題」です。製造、開発、営業など経営に直結した「ライン」の第一線に至るまで、処理していかなければならない問題があります。
もう一つは、企業は、集団でありチームですから、その中の運営をどうするかという「マネジメント上の問題」があります。
この二つの問題は、密接な関係があり、事業がうまくいき発展している時は、マネジメント上の問題も比較的うまく処理できています。しかし、事業の成長が停滞し、業績が悪化してくると、マネジメント上の問題が必ず出てきます。マネジメント上の問題が頻発すると、社内のあらゆる部門で不平不満が表面化し、事業面でも問題が出てきます。このような現象がみられるときは、企業経営が曲がり角に来ており、今までのやり方を踏襲していては解決しきれないということを示しているのです。
創造的な経営を目指して
それでは、事業上の問題から考えてみましょう。戦後、日本は世界の驚異といわれるような発展を遂げ、経済大国になりましたが、その発展を支えてきたものは何だろうかと考えてみると、二次産業を中心とした企業のガンバリが世界第三位まで引き上げた大きいな要因といっていいでしょう。
この背景には、世界トップクラスの教育水準の高さに加え、日本人が本来持っている勤勉さがあったかもしれませんが、それ以外に、二次産業発展の特徴を列挙してみると、第一に、アメリカをはじめとした先進国からの技術導入、第二に、人口増大による国内需要の拡大、第三に、高品質低コスト製品による海外需要の獲得で、これらが現在までの産業・経済発展の軸として支えてきました。
しかし、近年は、国内需要の縮小や、低コスト・単機能製品を武器とした韓国・中国企業による海外シェアの取りこぼしなどにより、多くの二次産業企業が苦境に立たされています。バブル崩壊以降、このような状況を脱却するため、日本企業に対し戦後の発展により大きく蓄えた力で旧来型の発展方式から脱却して、新たなやり方に切り替えていかなければならないといわれ続けています。
このことは、第二次産業だけでなく、日本全体がそうであり、多くの業界がそうであり、各企業でも同様に、それぞれ伝統があり特色を生かしながら、それに最も適したものをやっていくように切り替えなければならないのです。
日本としてみれば、世界の経済・文化の発展に、日本が最も貢献できるもの、日本でなければできないものを持たなければならないのです。新規事業を起こすといっても、他社がやっているから、伸びそうだからというモノ真似ではなく、自ら開拓したものでなければなりません。これが「創造経営」というものです。
人間の原点に立ち返る
次は、管理上の問題ですが、日本企業の問題を考えるうえで、日本人について考えてみることが必要ではないかと思います。日本人は、単一民族でありますが、企業経営においては、3つの異民族が集まっていると考えたほうが良いと思います。
私は、民族によりその性格が決まってしまう部分が相当多いと思っていましたが、生理学者の時実(ときざね)利彦先生によると、人間の遺伝は、肉体的のものか、本能に近いものに限られていて、人間形成は生まれてから後の外部環境に大きく影響され、そして基本的な特性は20歳くらいで決められるというのです。ご興味ある方は、時実先生の「人間であること」(岩波新書刊)を読まれるといいと思います。それから、後の職業人としての人間形成は、35歳くらいまでで決められるようです。
今、日本で大きな問題の一つとして、「老害」が指摘されていますが、その対象年代とされる団塊の世代(1947年から1949年生まれので世代)を中心とした人たちは、戦後の日本社会の各界をリードしてきました。企業の売上が大きく伸び、それにつれて給与も増え、生活の豊かさを実感してきた世代といわれています。今、その人たちも、60歳を過ぎ年金世代となっています。
一方、35歳以下の人たちは、バブルが崩壊した後、成長しない、売り上げが伸びない、給与が増えない時代を過ごしてきています。しかも、1年1年、全体に年をとっていくのですから、すでに35歳以下の人たちの力は無視できなくなっています。また、60歳以上の人たちも、まだ元気ですから無視できない。すると、この中間の人たちは困るわけですが、この人たちの役割として、60歳以上の人たちと35歳以下の人たちを結びつけるために、両者を理解し、一つのまとまった組織がよく動くようにすることが求められています。
会社が動くためには、どうしても組織という秩序が必要ですが、自分たちが育った経験に基づく感覚で「幹部だから・・・」といっても若い世代には通用しません。したがって、違った人間形成の時代に育った人たちも含めて、みんなが、一生懸命やろうとするためには、従来の古い組織の考え方から抜け出して、新しい哲学やルールを企業の中に打ち立てなければならないのです。これが管理上の重大問題です。
そのためには、「人間とは何か」という原点に立ち返り、それに根ざした秩序を形成しなければ、この三つの異民族に共通の問題は見いだせないと思います。これからの幹部は、このような事業上と管理上の二つの問題を処理していく力を身につけなければなりません。
本質的に物を見る
私は、これからの幹部が、二つの問題を解決していくために必要な能力は次の三つだと思います。
第一は、「本質的に物を見る」ことです。
私たちはいろいろ多くの情報を得ていますが、情報は多いほど良いというものではありません。問題は、集めた情報を知恵に変えるための処理能力であって、処理能力が身についていないのに情報量が多ければ、いたずらに混乱し、自分だけでなくまわりの人たちも不安になってしまいます。
入ってくる情報を選択し、それを自分や組織の行動にプラスになるように組み立てなければなりません。
しかし、一般的に経験が少ない人は、情報をうまく処理する術を教えられていないので、不安にかられ、情報を集めて終わりということが多いようです。特に、近年、インターネットの浸透により、求める情報はいくらでも手に入るようになりましたが、それを処理する力の差により、個人や組織としての施策の質が大きく異なるようになっています。私たちが本質を見誤るのは、自分の過去の経験から、一つの先入観で物をみるということがあります。そのため、経験不足の人は当然ではありますが、(自戒も含め)経験豊かな人ほど、色メガネでみることは一切捨てて、虚心坦懐に見なければ方向を誤ってしまう可能性が高いと思うのです。
そのため、自分の立ち位置を変えてみることを意識することが重要です。他部門の視点から見る、顧客の視点で見る、他業界の視点で見る、書物を通じ色々な領域の先達の経験から見るなどです。
そのようなことを通じ、本質的に物をみる習慣が身についた人は、選択の仕方が良いか悪いかは別にして、情報が多くても、自分なりに選択し組み立てるので、情報過多であっても驚きません。
どうも、本質というものは、いろいろ組み立ててみると、他と最も多く関連しているところにあり、そして極めて簡単明瞭で動かないもののようです。物事を判断する時に、個々に見るのではなく、関係の中で見ることですそれらの本質が見えてきます(仰りたいことと相違ないでしょうか?)。一般論ではありますが、欧米思想は、原因と結果という因果関係で物を見ようとしますが、東洋思想は、個と全体とのつながり、因縁において見ようとします。
物事は360度展開された視点から見、データを出していくと、初めは全く関係のないように見えたことでも、その中に本質となるものがあるのです。その本質は何かを探っていくことです。
正しい手順を踏む
第二は、「正しい手順を踏む」ことです。
どこの企業でも、問題解決のために関係者を集めて協議しますが、そこでは解決策を早く考えることに比重が置かれているようです。仮にある問題の解決策について、AとBが違った対策を出したとします。AとBは、それなりのプロセスを踏んで対策を立てたのですが、現状の見方がそれぞれ違っています。現状は、いろいろな局面を持っていますから、現状をあらゆる角度から検討し、現状の本質を一致させなければなりません。現状認識を一致させることは、大変難しいことですが、一方面からの見方にとどまって 全体を見渡すことができないという状態では、正しい解決策は出てきません。
それよりも、もっと大事なことは意欲の問題です。ある企業の講演会で、50名ほどの参加者に、生きがいを感じている人は手を挙げてくださいと聞くと、3人しか手をあげませんでした。この状況を目にされた、経営者の方が、「このように生きがいを感じていない人たちに教育をしても無駄ではないか」と言われたので、私は、「いや、それは違います。彼らには生きがいというものがわかっていない。だから、それをわかってもらうには、これが生きがいだというものを体験してもらうしかありませんね」と答えました。生きがいを感じるかどうかは、個人の問題であって、それを押しつけることはできません。その人が本当に生きがいを感じようとすることなく、問題解決を図ろうとしても無理です。人が生きがいを望んでいる証拠は、不満があるということです。不満があるということは、それをなくすことを望んでいる自分がいるということです。
私は、問題解決を図ろうとする時は、不満の問題から入るように言っています。すると、不満の原因は必ず自分以外のものに向けられます。しかし、それではどうするのかという次のステップになると、なるほど不満の原因は自分自身にもあったということに気がつきます。必ずそうなるのです。そうしたプロセスを踏まなければ問題解決にはつながらないのです。
足し算以上の力を発揮
三番目は、「組織化力を高めること」です。
組織と組織化は違います。組織化とは、仮にAが5、Bが3、Cが2の力を持っていて、全体を合わせた力が10の仕事をしても、組織化されたとはいいません。これが15や20になる力を発揮できるような状態を組織化というのです。それでは、このようなことができるのでしょうか。多くの企業や組織では10の力を発揮することも難しい実態があります。それは、A、B、C3人の力が、同じ方向に向けられれば10になりますが、3人の方向が違っていると、それぞれ5,3,2の力が出ていても、結果は10まで達しません。すると、各人の力を足した力以上の力を発揮する組織化などありうるのかということになりますが、それはできるのです。
その条件の第一は、各人の目的と同時に共通の目的を持つことです。第二は、共通の目的を果たすことと各人の目的を果たすことを一致させることです。第三は、共通の目的を果たすために、各人が一人残らず時を合わせて全力をつくすことです。第四は、各人が相互に、強い信頼と思いやりの心を持って気持ちが通い合う関係をつくることです。
このようにすれば、驚くほどの効果が発揮できるとされており、これをSy-nergy(シナジー)効果と呼んでいます。
企業の目的と、個人の目的を一致させることができ、これを意識的に経営の中に取り入れることができたならば、すばらしい効果が生まれてきます。
経営幹部の方々は、この4つのことが行われるように組織するために、まず共通の目的を見つけ出さなければなりません。今までは、その属する部門や組織を、自分の考える方向に引っ張ってゆくことができれば、優れた幹部とされてきました。これからの経営は、複雑になってきて、もはや個人の天才、ワンマンでは対応しきれません。なぜならば、そのワンマンの力以上にはできないからです。個人天才の時代から、異質の力を持つ集団を組織化し、大きなものを生む集団天才の時代になりました。
創造的企業の組織的構造特性
本稿で100回に渡って連載してまいりました「営業・マーケティングの知恵ぶくろ」が最終回となりました。
変化の激しい競争環境の中で、色々なお立場で難しい課題を突き付けられている読者の皆様が解決策を絞り出す一助になれば幸いです。
(シニア・コンサルタント 笠井 和弥)
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