オムニチャネル成功の鍵
第5回 オムニバイシクルモデルの実際 ①Omni‐CRM(顧客起点のCRM) 概要
小河原 光司
前回は、オムニチャネルを推進するための基本フレームワークである「オムニバイシクルモデル」の全体像を説明しました。今回以降で「オムニバイシクルモデル」の7つの要素について個別にそのポイントを説明していきます。
本稿では、まず個客とのコミュニケーションのあり方を検討する領域としての「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」を取り上げます。
前回のコラムの中で、「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」とは、「顧客を個客として捉え、最適なクロスチャネルを活用したアクセスポイントを設計する」という活動であり、「企業起点ではなく、個客起点とし、個客との継続的なコミュニケーションを通じ、企業ロイヤリティー向上を目指すもの」と説明しました。
では、「顧客を個客として捉え、最適なクロスチャネルを活用したアクセスポイントを設計する活動」とはどのようなことなのでしょうか。
「O2O」×「タイミングCRM」=「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」
「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」を定義すると、
「商品もしくはサービスを必要としている個客(One-to-One)に必要な情報を最適なチャネルを通じて必要なタイミングで提供する一連の活動」
となります。
一言で言うと、情報を提供する最適チャネル設計としての「O2O(オンライン to オフライン)」と最適タイミング設計としての「タイミングCRM」という要素の掛け算であり、
「O2O」×「タイミングCRM」=「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」
と説明することができます。
ここで留意すべき点は、「O2O」と「Omni-CRM」とは決して同義語ではないということです。よくある誤解は、「クロスチャネルを通じて各種販促を実行すれば、オムニチャネルができている」と勘違いすることから生じます。もちろん、「O2O」が実現されていることは、オムニチャネル推進、また、Omni-CRM構築の中で重要な要素であることは間違いありません。しかし、それだけでは、オムニチャネルを成功裏に導くことはできません。上記の定義にあるもとおり、「タイミングCRM」と組み合わせることが成功ポイントなのです。
それでは、「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」を「旅行およびその関連商品・サービス」を提供する企業のOmni-CRM構築に向けた設計・検討要素を例にして、具体的に見てみましょう。
「O2O」
「O2O」の要素は、以下のようになります。
・旅行およびその関連商品情報・サービス提供することができる各種チャネルを棚卸しする
・各種チャネルごとの特性を理解する
例:TVコマーシャルは不特定多数に情報提供が可能、など
・旅行およびその関連商品・サービスに関する特性を導出する
-受注プロセス(例:最終の商品確認は店頭、受付書類の入力などはウェブ、クレーム対応は電話)
-顧客属性(20代はスマホアプリ、60代は店頭訪店)
-使用特性(商品サービスが継続使用できるかどうか、ストックかフロー)
-品質特性(商品の購買、使用前に人的説明が必要かどうか、接客の有無)
-価格特性(価格に見合った業務品質を提供すべきかどうか、アフターサービスのレベルなど)
・各チャネルを活用するねらいと目的を明確化する
例:どの顧客層を重点顧客とするのか、新商品を既存顧客に情報提供したいのか、新規の見込み顧客を獲得したいのか、どの商品・サービスの購買・消費を重点としているのか、など
「タイミングCRM」
「タイミングCRM」の要素は、以下のようになります。
・重点顧客に対する顧客の特性(ペルソナ)をより明確化する(これに関しては、カスタマーインサイトを紹介する回で詳細に説明します)
・重点顧客にとっての「旅行」のプロセス、旅行企画〜旅行実行〜旅行後の評価〜リピートといった旅行に関わるプロセスを洞察、設計する
・旅行に関わるプロセスにおいて顧客との接点を有するチャネルとの関係性を整理する
・整理された旅行プロセス-接点チャネルに対して、顧客にとって有益と思われる情報がどのプロセス・時間に必要なのかを設計する
-「旅行プロセス」-「接点チャネル」-「提供情報、サービス」-「提供時間」間の関係性の整理
・上記の情報提供、サービス提供が、需要喚起=具体的な行動に結びつくのか、を「有効性」軸と「提供コスト」軸で評価する
・有効性評価としてのプロセス指標と目標値を設定する
-会員登録数、プラン検索数、電話問い合わせ件数、訪店数、旅行後の満足度など
・プロセス指標、目標値を検証し、Omni-CRMレベルをブラッシュアップする
以上が一連の活動となります。この例のとおり、「O2O」と「タイミングCRM」は一体不可分の関係にあることが見て取れたかと思います。また、上記の活動に関しては、各検討要素間を往来しながら設計していくことになります。
「O2O」という顧客接点に対して、その顧客接点を活用した情報提供の有効性を最大化し、顧客とより親密な関係性を構築・発展させていくことが「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」なのです。
企業起点のOne-to-Oneから顧客起点のOne-to-Oneへ
上記の説明を通じて、みなさんの中には「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」はわかったが、これまでのCRMとは何が違うのか、という点に疑問を持たれた方もいらっしゃるかと思います。本稿の最後に、これまでのCRMと「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」の違いについて説明しておきます。
これまでの既存のCRMは「企業発信情報起点」のCRMです。軸足は企業サイドにあり、企業が発信したい情報が前提として存在していて、その情報に対して親和性が高い顧客を「購買履歴」=「既存客」として導出し、その情報を提供するという活動です。
具体的には、『企業が保有している購買実績データ』を活用して「RFM分析」(購買客の直近購買日、購買頻度、購買金額などから既存顧客を区分)を行い、既存顧客区分ごとに発信したい情報を提供する活動です。
一方、「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」は、「顧客行動・感情(興味・関心)起点」のCRMです。企業が発信したい情報ありきではなく、顧客の行動や感情が動くタイミングで必要とされる情報と企業が発信したい情報とを合致させる活動です。
これまでのCRMは企業として情報を発信したいということを「目的」にしていましたが、「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」は、顧客行動・感情に着目し顧客行動・感情を動かすとことを「目的」とし、企業が発信したい情報を「手段」として提供するという点、つまり主客が逆転していることが、既存のCRMと大きく異なる点です。
次回は、「Omni-CRM(顧客起点のCRM)」を推進するためのポイントを説明します。
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