「自分自身を技術を通して表現する」という技術者の生き方とは?
- R&D・技術戦略
大崎 真奈美
一人の技術者の美しい生きざまを見た
湿気と暑さが次の季節の訪れへの準備を促し、太陽の力を感じる季節になった。そんな太陽の素晴らしさを「日光浴」という形で提唱しているのが、「日光浴ナビゲーター」のCody氏だ。Cody氏はyoutube等を通し、インフルエンサーと共に適切な日光浴の方法やその効能などを語り合っている。
Cody氏は、実はれっきとした化学メーカーの技術者だ。帽子をかぶり、オシャレな服装で海岸線を背に語る姿からは大企業の技術者であることは想像しがたい。私がCody氏と出会ったのは2021年で、弊社で「新事業に挑戦する技術者の児島さん」として講演していただいた時だが、その時の印象は、まじめで一本気な技術者、という感じだった。なので、それから3年たって日光浴について語る姿を初めて見たときに、私は衝撃を通り越し感動すら覚えた。
初めての出会い以来、Cody氏のプロジェクト「LNES」についてひそかに追いかけていた私にとって、一人の技術者の美しい生き方を見たように思ったのである。私はこの感動を誰かと分かち合いたくてコラムに取り上げることにした。 (※ご本人の承諾は得ていますが、内容はすべて筆者 大崎の個人的な見解です)
技術者の当たり前を覆す挑戦の数々
Cody氏は10年以上前からご自身が担当している素材を活用した新商品の出口を模索していたが、その価値を直接ユーザーに届けて検証したいという思いからBtoBの素材会社でありながらBtoCのビジネスモデルを構築し、実現している。
ビジネスの初期はソーラーカードを用いたデバイス「LNES」の魅力を「発電・自然な発光」として訴求していたが、次にスマホアプリと連動させ発電を通じてキャラクターを育てるという訴求をしていた。そしてその後、同じ「LNES」のデバイスを用いて「日光浴」をコンセプトとしてPRし始め現在に至っている(2024年7月初旬)。
初めから「素材の会社がBtoC?」「素材の会社がスマホアプリをビジネス?」という驚きの連続だったが、「日光浴の訴求」は、大きなコンセプトの転換に挑戦したなとさらに驚いた。それまでは「発電」「キャラ育成」という既存の価値観に対する訴求だったが、「日光浴」は乳幼児の育児や一部の美容家の間では話題にあがるものの、まだ当たり前とは言えず、まさに新市場の創出にチャレンジされているのである。そしてそれに加えて、その価値観の訴求を技術者自身が「日光浴ナビゲーターCody」として語っている姿には目を剥いてしまった。
Cody氏は、このように「BtoCビジネスへの転換」「スマホアプリとの連動」「新価値の形成と訴求」「自らが顔を出し伝道師となる」という化学メーカーとしては極めて異例のチャレンジを10年以内の中で何度も行っているのである。何度でも諦めずに、自分の技術を世に出すために、当たり前の技術者の役割をどんどん超えていっているのである。
技術を通した自己表現という技術者の生き方
ただ、私の胸が震えた本質はそこではない。もともとCody氏が語っていた「太陽っていいよね」という、その感動そのものを、技術を通して表現している、という点である。
そもそも、Cody氏がソーラーカードの開発を始めたのも「サーフィンが好き」「太陽が好き」「太陽の力をもっと生かしたい」という思いがあってのことだった。ただ、最初訴求していた「発電できるソーラーカード」における太陽は、あくまでビジネスの手段であった。しかし何度も市場検証を重ねた結果、ご自身が感じていた「太陽っていいよね」という歓びそのものを訴求するという姿に、児島さんにとってビジネスが何かの手段ではなく、児島さん自身の表現になのだなと、私の目には見えたのである。もともと技術者というだけでなく事業家として動いていたCody氏だったが、今回の転換はビジネスマンからアーティストへの転換に近い印象ももった。
多くの技術者にとって新商品・新事業の創出は、上司からの指示の一つかもしれない。技術者個人の想いや価値観とビジネスを結び付ける必要は必ずしもない。会社員としての技術者の役割は、高い利益率を維持できる技術・商品の開発であり、うまくいかないと思えば次のテーマに移っても良い。
ただ、VUCAの時代になり、かつ働きがいが着目されている今、自分自身を表現する手段として技術をとらえ、ビジネスとして成立する接点を見出していくという考え方は、もっと大切にされてもいいと思う。ビジネス面では粘り強さにつながり、人の面では生きる喜びにつながってくるはずだ。利益を創出することが前提である企業において、技術者の生きざまより確実な組織戦略だという方もおられるとは思うが、VUCAが前提である限り確実な戦略など存在しない。多様な戦術の一つの選択肢とみても問題ないのではないか。
何より、Cody氏のようにたくましく美しく生きる技術者が増えていくことは、素晴らしい組織や社会になっていくことにつながるのではないだろうか。
やりたいことを見つける方法はある。それを実践するかどうか
「「やりたいこと」をテーマにしてほしい」と願っているマネージャーは多くいるが、実際にはやりたいことに取り組んでいる技術者は極めて少ないし、様々な障害を乗り越えていける人はその中でもごく少数だ。
とはいえ、やりたいことを見つける方法がないわけではない。その本質は、「やりたいことを自分の外に探す」のではなく、実はやりたいとずっと思っていたことを思い出し、その実現のための心理的障壁に気づき、取り除いていくという行為だ。
これまでこのコラムでも同様の内容を扱ってきたが、「ずっとやりたいことを、やりなさい。(ジュリア・キャメロン著 菅靖彦訳、サンマーク出版)」という本に出会い確信をさらに深めている。この本は3か月間、毎日毎週お題があってそれに取り組むトレーニング本(結構タフ)なのだが、内容は全て、自分の心理面のコントロールなのである。自分で勝手に作り上げた「やらない理由」を一つ一つ丁寧に気づき取り除き、自分で自分のやりたい気持ちや行動を認めるプロセスなのだ。
しかし、このように著名な本が出ていても、日本の教育シーンにおいて積極的に取り組まれることはないし、企業の研究・開発現場であればなおさらだ。さらには、これを一人で行うとしたって、多くのサラリーマンにとっては時間をとることすら難しい現状だ。だからこそ、「やりたいことをやる」ための人材育成を組織として率先して取り組んでみてほしいと思う。本当に「テーマアップしてほしい」と望んでいるのであれば、そのためのトレーニングの場の形成をぜひ検討すべきだ。
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