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未来を実装する ~社会の変え方のイノベーション~

  • R&D・技術戦略

未来を実装する~社会の変え方のイノベーション~
技術を社会に実装していく方法論

東京大学 産学協創推進本部 FoundX ディレクター 
馬田隆明 氏

University of Toronto 卒業後、日本マイクロソフトを経て、2016年から東京大学。東京大学では本郷テックガレージの立ち上げと運営を行い、2019年からFoundXディレクターとしてスタートアップの支援とアントレプレナーシップ教育に従事する。スタートアップ向けのスライド、ブログなどで情報提供を行っている。著書に『逆説のスタートアップ思考』『成功する起業家は居場所を選ぶ』『未来を実装する』がある。

馬田氏は、2019年4月から1年半にわたり、非営利・独立系のシンクタンクである「一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ」(現在は公益財団法人国際文化会館に統合)にて、デジタル技術の社会実装についての調査・研究を行った。この調査で得たことから「テクノロジーの社会実装を進めるためには、技術的なイノベーションを推し進めるだけではなく、社会も一緒に変わらなければならない」と説く。

この基調講演では、テクノロジーの社会実装をどう進めていくか、そのポイントが話された。社会を変えるための方法論を、スタートアップや社会起業家が取り組んできた事例などから「デマンド」「インパクト」「リスクと倫理」「ガバナンス」「センスメイキング」という五つの観点で整理する。

※本コラムは、2022年5月26日に開催されたR&Dイノベーションフォーラムの基調講演の内容を記事化したものです。

100年前に起きたエレクトリックトランスフォーメーション

社会実装とは、新しい技術を社会に普及させること。馬田氏は100年前に起こった「電気の社会実装」にヒントがあるのではないか、と分析する。

「1900年前後に起こっていたのは、蒸気機関から電気モーターを中心とした、電気を中心とした社会の変化でした。エジソンの電球の発明は1879年。一方、電気モーターの発明は1888年に行われていて、1900年頃はこの新しい技術がまさに社会実装されようとしているところだったと言えます」

しかし、一説によると、電気の発明から電気の社会実装、そして生産性向上までは約 50 年もの歳月が必要だったとも言われている。その理由は、電気という新しい技術を受容するために、仕組みや社会の変化が必要だったからだ。

実際に効果があったのは「工場や社会の在り方」の変化

「電気が社会実装され、生産性の向上に寄与することは、単なる置き換えだけでは実現しませんでした。電気による送電のしやすさなどを活かした動力源の配置の最適化、それによる工作機械を作業順に配置できるようになったことや、中央発電所によって自社工場内で動力を発生させる必要がなくなったこと、工場が大規模化可能になったことなどが合わさって、初めて電力が生産性向上に大きな影響を与えた、とも言われています。つまり、単に既存の技術を新しい電気という技術に置き換えるのではなく、電気という新しい技術に合わせて工場の仕組み自体を見直すことが、社会実装や生産性向上には必要だったのです」

また、電気関連の法律が生まれ、教育においても電気を扱うための高度なスキルを学ぶ機会が用意された。電気に合わせた社会が作られ、社会実装に至ったのだ。

両方のDXがないとテクノロジーの進歩を活かせない

DXを考える上では、技術やサービス面でのDXも必要だが、それと同時に社会や制度、あるいは会社の仕組みを含めた様々な“仕組み”をデジタルに合わせたものにしていかなければ、おそらく生産性向上は起こらない、と馬田氏は指摘する。

ではどうすればよいのだろうか。

基盤となるのはデマンド(要求)とインパクト(理想)

今では世界中で使われている「キャスター付き鞄」。鞄にキャスターを付けるだけという単純な発明であるが、普及したのは1970年代以降である。

「もっと昔から発明できた技術だったと思いますが、『鞄を長距離移動させる』というニーズがなかったため、その社会環境が整うまで普及しませんでした。ニーズがなければ技術が受け入れられないという、おもしろい事例です」

しかし、成熟した社会に於いては大きな課題はほぼ解決されている。「インフラは整っており、生きてくために必要な技術は普及していると、相対的に課題が少なくなっている、切迫したデマンドがない」と馬田氏は話す。

「たとえば東南アジアのスタートアップには、交通系の社会課題解決などがあります。日本は公共交通機関が整っており、タクシーも普及している。交通系において、相対的にデマンドが小さいということになります」

では市場にデマンドを生み出せないのかというと、そうではない。

「課題は『現状と理想の差分』です。その課題からデマンドが生まれてくると考えると、実は理想をきちんと提起することによって、新しい課題を、ひいてはデマンドを生むことができる。広告はまさにそれですが、社会起業家やスタートアップが行っていることは、よりよい社会の理想を提示し、課題を提起して、これまでになかったデマンドを生み出していくことなのです」

理想と現状のギャップが課題となる

デマンドを顕在化するために、より良い社会の未来を提示して問題を提起することが、新しい課題を生み出していく一つの方法ということだ。

この、「デマンドとインパクト」がテクノロジーを社会実装するための基盤となる。そして、その実現手法として「リスクと倫理」「ガバナンス」「センスメイキング」が必要だと馬田氏は提唱する。

社会実装のための5つの要素

「まずは理想であるインパクトをどう提示していくか、これが今後の社会実装においては非常に重要です。 これまでも“あるべき社会像”を提示することによって技術は発展してきました。たとえば人類を月に送るムーンショット計画。1960年代初頭にアメリカで“インパクト”として提示され、その後、約10年で実現しました。その経過の中で様々な研究が進み、技術が開発されたわけです。インターネットもその産物の一つだと言われています」

マスキー法(大気汚染防止のための法律の通称)もインパクトの一つだったという。

「法とはある意味願いだと思います。たとえば、環境に優しい社会がいいよねという願いを法律という形にして、自動車排出ガスを規制したもののひとつがマスキー法でしょう。その結果、本田技研さんがCVCCエンジンを開発し、それを皮切りにアメリカのマーケットにHONDAの車が売れていきました。またテスラは『環境にいい車をつくる』とEV車を生み出し、社会にとって大きな意義のある会社として期待され、投資も集まっています。そういう理想に、いかに自分たちの事業をアラインして(揃えて)いくか。ひいては自社が理想をどう提起していくかというところが、課題を生み出すひとつの方法だと思います」

さらに、インパクト(理想)は描くだけでは不十分だと指摘する。

「理想の未来を描いた上で、そこまでに至るステップをきちんと説得力ある形で道筋を描いて、そしてそこに人を巻き込んでいくことが必要です」

以下のステップはスタートアップにアドバイスする際に使われるものだが、どの企業にも参考になるだろう。

インパクトを描いてから実現するまでのステップ

アウトカムが、自分たちの社会的なインパクトになっていく

さらに馬田氏は、インパクトに到達するために以下のロジックモデルも推奨する。

ロジックモデルの詳細

「重要なのは4つめのアウトカムです。製品によって顧客が得られる成果のことをアウトカムと言いますが、たとえば笑顔や時間の削減、省力化などがアウトカムにあたります。アウトカムはあくまでも受益者の価値。そのアウトカムが複数達成されることで、最終的に自分たちの社会的なインパクトにつながっていくのです」

たとえば任天堂のアウトプットはゲーム機、ゲームソフトの開発。アウトカムは「みんなの楽しい時間がどれだけ増えたか」。そしてインパクトは「任天堂にかかわるすべての人を幸せにする」ということになる。

「自社に置き換え、アウトプットはどのようなアウトカムにつながっているか、それが最終的にどうインパクトにつながるかを整理できると思います。今、デジタル業界のプロダクトマネジメントの領域では、アウトプットではなくアウトカムを重視していこうとしばしば言われています。アウトプットの結果、社会にどんな成果を生み出しているのか考える必要があります。

たとえば開発作業はアクティビティ、製品がアウトプット、その結果、業務効率が何%改善するというアウトカム。この連鎖が最終的にどう自分たちのミッション、インパクトにつながっているのかが、ロジックモデルを使えば整理できると思います。ただしこのロジックモデルはあくまで仮説なので、随時変えていく必要があります」

こうしてインパクトを整理していくと、人を巻き込みやすくなり、新たな課題も生み出しやすくなるという。

実現手法の「リスクと倫理」「ガバナンス」「センスメイキング」

ただし、技術革新は良い面だけではない。技術が発展することによるリスクや、社会における倫理を考えていくこと。法律や社会規範といったガバナンスを変えること。そして人々の納得感を醸成するセンスメイキングの活動を行うことが、社会実装において必要だと指摘する。

「たとえば電動キックボード、心臓移植や自動走行運転など、社会実装することのリスクと倫理に疑念を持たれることで、社会実装が遅れるというケースがあります。ただ、単に社会に迎合すれば良いというわけではありません。リスクや倫理観は時代に合わせてアップデートしていくことが社会実装には重要です。たとえば、プライバシーの概念も歴史と時間とともに変わってきていると言われています。そうしたことを社会と話し合っていく必要があります。

そしてリスクを馴致するためには、ガバナンスも必要になってきます。単にリスクを減らすのではなく、イノベーションを推進していくときにも、適切なガバナンスの仕組みが必要です。現代の社会は、民間企業も含めて、ガバナンスの仕組みを自分たちの手でアップデートしていく、自分たちがガバナンスに貢献しないと何も変わらないという流れになってきています。より具体的に言えば、今の時代、規制や制度を段階にアップデートしていかないと、なかなか社会実装というものは進みません。この“制度”をどう変えていくのかがガバナンスの一つのポイントです。ガバナンスイノベーションという言葉が出てき始めていますが、ガバナンスを時代に合わせて変えるだけではなく、ガバナンス自体をよりイノベーティブにしていくための議論もされ始めています。そこでは、ガバナンスにいかに技術者やR&Dの方も関わっていくかが、非常に大事になってきていると思います」

しかし、ガバナンスを変えていくには、人々の納得がないとなかなか変えていくことができない。そこで問われるのが「センスメイキング」だという。

「センスメイキングとは『納得感、腹落ちする』といったふうに訳されることがあります。ここで話していることは、コミュニケーションをより良くしようという話に近いのですが、コミュニケーションという言葉を使うとどうしても主役が話し手になる印象を多くの人が持ちます。しかし受け手の人々が主役にならなければ、社会実装は実現に至りません。たとえば地方における水道のインフラは大きな課題になっていますが、地域で暮らす人々が『現状はこうで、理想はこう』とセンスメイキングしないと課題として認識されません。それを解決するためにこの技術があります、リスクをこうならしていきます、ガバナンスはこう変わります、といった多くのことをセンスメイキングしていくことで初めて、社会実装、社会の変化が起こってくるのです」

これまで、技術的なイノベーション、アウトカムでなくてアウトプットをいかに効率的に生んでいくところに生産性の改善を見込んでいたとしたら、そうではなく、アウトカムを中心に考えていくこと、そしてその技術の周りにある補完的なイノベーションをきちんとやっていくことが重要なのだ。

「仕事のやり方や制度、仕組みの刷新、これらをきちんと取り組むこと。社会を変えていくこと。技術を社会実装する企業になるために、技術だけではなく、社会にもぜひ目を向けてください」

テクノロジーが最大のポテンシャルで活用される未来にするために、技術の社会実装を推進していく必要がある。

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