今やるべき!プライム/スタンダード市場企業のサステナビリティ課題への対応
- SX/サステブル経営推進
河合 友貴
流行り廃りではないサステナビリティ時代
昨今、数多くの企業が、脱炭素・カーボンニュートラル、人的資本経営など、サステナビリティを巡る課題に対応している。これは、「流行り物は廃り物」ではなく、今後も長く続く潮流である。
サステナビリティを巡る課題への対応は、現代の企業における“原則”であり、この対応が遅れる企業は、サプライチェーンやマーケットから淘汰される時代となった。
本コラムでは、これまでの背景から、今後の見通しについて解説しよう。
東京証券取引所の再編とTCFD
2022年4月、東京証券取引所の再編で、これまでの東証一部、東証二部、JASDAQ(スタンダード・グロース)、マザーズの市場区分から、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場に区分されたため、各上場企業が市場選択をしたことは記憶に新しい。
この中で、最上位区分であり、「グローバル投資家との対話を中心に据えた企業向け」と位置付けられたプライム市場を選択した企業は、TCFD開示への対応に追われた。
TCFDとは、Task force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略称である。TCFDでは、気候変動による財務的インパクト(リスクと機会)に関して、ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標の4つの項目で開示する。このTCFDは、プライム市場選択にあたり実質義務化されたため、多くの東証一部上場企業が開示に向けた対応を行った。
これは、一過性のものではない。この情報開示義務化の動きは、ますます広がる見込みである。TCFDを含む脱炭素先進国でありグローバルモデルとも呼ばれるイギリスでは、2021年に会社法を改正してTCFD開示対象範囲を全ての上場企業および大企業(非上場含む)にしている。
ますます広がる非財務情報の開示
日本にもこの流れがきており、金融庁は2022年11月に公表した「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案の中で「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」について取りまとめた。本改正案の適用は、2023年3月31日以後に終了する事業年度における有価証券報告書等から開始される。
他にも2023年2月には、経済産業省と東京証券取引所が、投資家等との建設的な対話を通じて、社会のサステナビリティ課題やニーズを自社の成長に取り込み、必要な経営改革・事業変革によって長期的かつ持続的な企業価値創造を進めている先進的企業を「サステナビリティ・トランスフォーメーション銘柄(以下「SX銘柄」という)」として選定・表彰するという事業を開始することを発表した。
これまでプライム市場は、TCFD非開示でも、非開示理由を十分に説明(エクスプレイン)ができればプライム市場を選択できた。しかし、今後は世の風潮として許され難い状況にある。TCFD未開示のプライム市場の企業は、早急にTCFD開示対応が必要となってくる。
世界の潮流が今後ますます日本に流れてくることは絵に浮かぶ。そのため、現在のTCFD非開示のプライム市場企業に留まらず、スタンダード市場やグロース市場にもTCFD開示への対応が求められることになっていくだろう。また、現在TCFD開示済み企業においても、ステークホルダーからの要求レベルが年々上がっていくことは想像に難くない。
上場企業の“原則”であるコーポレートガバナンス・コード
このTCFD開示は、2021年に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」が関係する。「コーポレートガバナンス・コード」とは、上場企業が行う企業統治(コーポレートガバナンス)において、ガイドラインとして参照すべき原則・指針を示したもので、CGコードとも略される。
このコードには、2つの特徴がある。
1つ目の特徴が、プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)である。これは、原則のみを定めて、細部は各企業に一任するという考え方である。改訂CGコードには、5つの基本原則、31つの原則、47つの補充原則の計83原則が示されており、従来の78原則から5つも増加している。
この原則のうち、TCFDに関連する原則が、CGコード改定時に追記された補充原則3-1③である。これは、「プライム市場上場企業は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響ついて(中略)国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」という補充原則である。そのため、プライム市場を選択した多くの東証一部上場企業は、TCFD開示対応に追われたのである。
プライム市場・スタンダード市場の“エクスプレイン”が、世の中に受け入れがたくなる
そして、CGコードのもう1つの特徴が、コンプライ・オア・エクスプレイン(comply or explain)である。これは、コーポレートガバナンス・コードを遵守(コンプライ)するか、遵守しない場合はその理由を説明(エクスプレイン)することを求めるものである。先ほどのTCFD非開示企業が、プライム市場を選択できたのは、この特徴があるためである。
そして、プライム市場と「公開された市場における投資効果として十分な流動性とガバナンス水準を備えた企業向け」と定義されるスタンダード市場が、全83原則のコンプライ・オア・エクスプレインの適用市場となる。
これまで、TCFDに関しては、プライム市場の企業がコンプライするかエクスプレインするかに注目が集まっていたため、エクスプレインにより遵守しないスタンダード市場の動向については、あまり注目されてこなかった。しかし、投資家を中心としたステークホルダーの要求レベルが年々上昇する現状に鑑みると、プライム市場企業・スタンダード市場企業問わず、エクスプレインによる対応は企業評価を下げてしまう。そのため、CGコードの原則に合わせた対応、そして、その質と量の向上に向けた活動が企業にとっては必須なのである。
絵に描いた餅で終わらないサステナビリティを巡る課題への活動へ
弊社、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)では、TCFD開示やその開示内容の質と量の向上に向けたご支援や、省エネ・省資源化に関するご支援などの脱炭素・カーボンニュートラルに関する多数のお悩みを解決している。
私は、コンサルタントとして、TCFD開示やその開示内容の質と量の向上に向けたご支援や、省エネ・省資源化に関するご支援などの脱炭素・カーボンニュートラルに関する支援を行っているが、では、実際に近年お客さまからどのような悩みが寄せられているのか、私の事例としていくつか紹介しよう。
近年お客さまから寄せられる困りごととして、
「TCFD開示をしたが、“開示のための開示”となってしまっている」
「金額ベースでScope3のため算定したため、可視化止まりで削減方法がわからない」「自社での削減活動に限界を感じている」
などといった、サステナビリティを意識した問い合わせが多くなってきたと感じる。
このような困りごとに対しては、
- 事業活動とリンクしたTCFDの開示
- 削減を視野に入れた活動量ベースでのScope3の算定と社内体制や仕組みの構築、算定ツールの導入
などの方法が考えられるが、本来サステナビリティは継続した活動が必須となるため、その場しのぎのでは意味がない。点ではなく全体としてみることが重要となる。
例えばこれらの施策に加え、
- 環境配慮型商品の設計や製造工程の抜本的見直し
- 次世代型の新工場建設
- グリーン・ロジスティクス構築などのバリューチェーン改善策
も併せて行うことで、絵に描いた餅で終わらない温室効果ガスの可視化&削減活動の実現が可能となる。
脱炭素・カーボンニュートラル以外によく耳にする困りごととしては、以下のようなものが挙げられる。
テーマ:改訂CGコード対応
「各種ガイドラインに則って自社なりに方針を策定したが、うちの会社に適していない」という再策定や社内浸透に関するお問い合わせ。
「原則4-2.取締役会の役割・責務(2)」の新規追記の補充原則4-2➁の「サステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべき」等に関連したサステナビリティ方針策定
テーマ:女性活躍推進や組織風土開発、人事制度改革、働き方改革、働きがい向上
「ダイバーシティ(多様性)を推進しているが、インクルージョン(包括や包含)できていない。様々な人が社内に増えただけである」「新たな働き方を推進しているが、正しい人事評価ができない」
補充原則2-4➀に新たに記載された「多様性確保」の観点
テーマ:ダイバーシティ&インクルージョン
ハード面(制度)とソフト面(意識改革)の一貫改革が重要である。
多様性確保に向けた、人事戦略・方針、その実現に向けた制度設計と、社員への理解に向けた組織風土醸成を一貫して行うことで、インクルージョン可能となる。本改定にて頻出用語となった「人的資本」(補充原則4-2➁等)に関連する、人的資本経営やISO30414取得に関しては「そもそもよくわからない、何をすべきか」などのお声があり、まずは理解に向けた社内研修をご希望する企業が多い。
また、補充原則4-3③にて、これまでのリスク管理という言葉から、全社的リスクと改訂されたことにより、弊社のリスクマネジメントや社内規程整備へのニーズも多い。同様に、補充原則2-3➀に、自然災害という単語が明記されたため、BCP策定に関する問い合わせも多くなってきている。
それだけ企業にとって「サステナビリティ改革」は必要に迫られているということだろう。これらの悩みに対して、JMACでは幅広く支援している。
最後に
繰り返しになるが、コーポレートガバナンス・コードは、ガイドラインとして参照すべき企業の原則・指針であるため、違反時における制裁金などのペナルティはない。
しかし、今後、人的資本や人権、TCFDの生物多様性版とも呼ばれるTNFD(Task force on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)など、開示情報項目が増えると言われており、またサステナビリティ課題への対応を含む企業経営の在り方が注目されている昨今において、世のトレンドを反映した原則・指針に反することは、リスクでしかない。
取引先、消費者、株主、新規採用者などステークホルダーからの信用低下、ひいては自社の事業活動に大きな影響を与えてしまうため、サステナビリティを巡る課題への対応に後れを取る企業は、早急な対応が必要となる。
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