新価値創造マネジメントの新潮流
第7回 事業展開シナリオの軌道修正に柔軟に対応する開発プラットフォームづくり
高橋 儀光
前回は、事業展開の複数シナリオを立案することで、開発途中での事業環境の変化に迅速に対応し、軌道修正の意思決定が可能な事業計画にすることが成功確率を上げるポイントであると解説しました。ただし、ビジネスの意思決定がいかに迅速であっても、ものづくりの現場側が急な開発方針の変更に対して迅速に対応できなければ、新事業開発の成功は望めません。
そこで、今回は開発の前提条件・基本戦略そのものが頻繁に途中変更する際に、どのようにして設計者や製造技術者のモチベーション維持も含めて、ものづくり現場の開発プロセスをマネジメントすればよいのか、その基本的な考え方について解説します。
臨機応変の事業戦略の変更とものづくりの品質確保はトレードオフ関係
第3回目で解説したように、ものづくりの品質確保の大前提は「同じものを繰り返してつくる」ことです。開発部門も製造部門も、繰り返しの中でノウハウを積み上げていくことで機能・性能と品質・コスト、または納期とのトレードオフ関係から最適なバランスを見出していくことができます。調達部門も同じ材料をまとまった量で発注できる、またはサプライヤーに対して数量のフォーキャスト(予測)を提示することで価格交渉を有利に進めることができます。
事業環境がある程度安定している現事業の場合は、新製品開発の優先順位が変わるといっても、急な要求仕様・機能追加や納期の変更などは、開発メンバーの負荷マネジメントでやりくりができる範囲であることも多いでしょう。
ところが、前回紹介した事業展開シナリオでは、事業環境の変化に応じて開発方針そのものが根本的に変わりますので、負荷マネジメントでは対応できる範囲をはるかに超えてしまいます。昨日まで主力製品になると言われて一生懸命に開発を進めてきたものが、要件追加というレベルではなく、ある日を境に開発そのものがペンディングとなり、まったく別のコンセプトの製品に切り替えることになります。このように抜本的な方針変更が行われると、通常の開発前提条件を確定させてから工程計画を立てるプロセスでは、ものづくりの品質確保ができません。開発実務メンバーも、気持ちを急には切り替えることができず、モチベーション低下も顕著になります。
迅速な事業戦略変更の意思決定に現場がついてこられるかが成功のカギとなる
新事業開発の企画から立ち上げまでのコンサルティング支援を行ったA社では、当初経営会議で承認を受けた新事業企画では、現行法の規制緩和が必要なプランとなっていました。新事業開発のGOサインが出て、10数名の新進気鋭の若手技術者を集めて先行技術開発をスタートしましたが、政府方針や国際標準化団体の動向も不透明な状況で、規制緩和が必要となる一本の事業展開シナリオだけでは成功確率が低いと読み、バイパス案として現行の法律の範囲内でも提供できるシステムの開発も、2名だけ担当を置いて細々と併行して進めることにしました。そして1年ほど開発を進めていき、製品化も目前の開発が佳境に差し掛かったタイミングで、ウォッチし続けてきた法規制の改正動向が、A社の望む方向とは正反対の方向に進む公算が強くなったのです。
脇役の開発を主役に抜擢
そこで、新事業開発のプロジェクトリーダーと協議し、A社の技術方式に有利な法改正が行われるという、根拠の少ない楽観論にかけるよりも、現実を踏まえて開発方針を抜本的に見直すことにしました。つまり、当初は2名だけで細々とやってきた脇役の開発を主役・メイン開発テーマに大抜擢し、これまで大半のメンバーを投入してきた主役の開発は逆に1名だけを残して、学会などの対応で検証データの収集に留めることにしたのです。
抜本的な方針変更を説明した直後には、どうしても感情は高ぶりますので、開発メンバーからは強い反発意見や不満が出てきました。しかし結果としては、この事業戦略の転換が功を奏し、方針転換してすぐに大手のお客様から大型受注をもらい、そこに向けて最短で製品化を達成したことで、A社は新事業を収益事業として立ち上げることに成功しました。
共通の開発プラットフォームをあらかじめ規定しておく
通常のものづくりの常識やノウハウの積み上げが効かないはずの急激な方針変更の中、なぜA社では最短で製品開発・品質確保に成功したのでしょうか?
A社ではリーダーから一方的に方針変更を伝えるのではなく、会社から離れた外の会議室を2日間貸し切り、経営幹部も一般社員も隔てなく関係者・開発メンバー全員参加で夜通し議論を行い、開発方針変更の理由が皆の腑に落ちるように丁寧にコミュニケーションを取りました。しかし、こうしたいわゆる「ウォーム・アプローチ」だけでは不十分です。
事業展開シナリオがバイパス案の方に変更されることを見越し、当初の事業展開のメインシナリオで開発した要素・ノウハウの大部分を、バイパス案の事業展開シナリオにも共通的に適用できるよう、あらかじめ製品アーキテクチャを規定する、「クール・アプローチ」を講じていたのです。メンバーの気持ち面での丁寧なケアに加え、急な開発方針の抜本的変更にも関らず、複数の事業展開シナリオにまたがっても適用できる共通の開発プラットフォームをあらかじめ規定していたことが成功の大きな要因でした。この開発プラットフォーム設計思想があったがゆえに、市場ターゲットも開発要件もまったく異なる開発に急転換しても、短納期で大型受注案件に対応することができたのです。
単一の製品開発での部分最適ではなく、事業戦略全体の製品群全体最適を考える
ここでの開発プラットフォームとは、単一製品の中での設計プロセスの効率化・製品原価低減のために行う共通化設計・モジュール化とは大きく意味合いが異なります。単一の製品開発の効率化を追求することは、むしろ事業全体の戦略の柔軟性とはトレードオフの関係になってしまいます。
あるターゲット・市場用途だけに最適化されたプラットフォームは、ターゲットそのものを抜本的に見直す必要性に迫られた際に、制約条件・足枷となり、事業戦略変更の意思決定を阻害するためです。
では、製品群全体最適による開発プラットフォームをどのように設計すればよいのでしょうか。
次回、さらに詳しく解説します。
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