新価値創造マネジメントの新潮流
第3回 ソリューション志向の新事業開発のボトルネック
高橋 儀光
前回は、「モノ」と「サービス」でお客様の困りごとを解決する、ソリューション志向の新事業開発に舵を切る必要性について述べました。今回は、ソリューション開発へと思うように舵を切ることができない要因について考察します。
製造業とサービス業との利益創出メカニズムの違いがボトルネックを生む
ソリューション志向の開発の重要性は、国内市場の成熟化に伴い、2000年代の前半からすでに指摘されてきました。それにも関らず、今日に至るまで欧米と比べて国内企業の成功事例は少ないのが実態かと思います。その要因は、国内企業の強い製造業に最適化された組織・利益確保の考え方にあると考えます。1990年代前半まで、日本の産業の国際競争力の源泉であった製造業が、今日ではソリューション開発のボトルネックとなっているというのは皮肉な話ですが、強すぎる成功体験は、変化への対応を遅らせてしまうことがあります。
製造業の利益創出メカニズムは「同じものを繰り返してつくる」
なぜ製造業における強い組織がボトルネックになるのかを理解するには、製造業とサービス業における利益創出のメカニズムの違いを知る必要があります。製造業における利益確保のメカニズムは、「同じものを繰り返してつくる」ことにあります。
お客様のニーズはますます多様化・複雑化していく中で、いかにして製品間の設計・部品の共通部分、もしくは製造工程の共通部分を確保できるかが、利益を大きく左右します。「同じものを繰り返してつくる」ことができれば、生産計画も立てやすく、サプライヤーとの調達交渉も有利に進めることができます。また、組織的な学習により、設計や製造起因のばらつきも低減され、品質の安定化・歩留まり向上にも繋がります。
「同じものをつくる」ためには、お客様・案件ごとの都度個別対応を極小化し、手離れを良くする必要があります。そのためには、お客様との要件定義の中で、「何をつくるのか」をあらかじめ明確にしておき、手戻りがないようにすることが重要です。
サービス業の利益創出メカニズムは「都度個別に臨機応変に対応する」
サービス業の利益確保のメカニズムは製造業のそれとは正反対であり、「都度個別に臨機応変に対応する」ことです。わかりやすい例で、ホテルのコンシェルジェを考えてみましょう。旅行先で美味しいものを食べたいという曖昧な要求はあっても、はじめての土地で何もわからず、コンシェルジェに相談したとします。優秀なコンシェルジェに出会い、多くを説明しなくでもこちらの気分や予算などを察して、適切なサポートをしてくれたホテルには好印象になり、同じような値段・設備のホテルで悩んだ際に「またこの場所に来るときには、もう一度、このホテルを利用しよう」という気になります。これがサービス業における利益確保の源泉です。コンシェルジェは、今目の前にきているお客様のためにサービスをしているわけではなく、明日リピートをしてくれるお客様のためにサービスをしているのです。モノと違い、サービスは「使ってみなければ価値がわからない」ため、最初のお客様を獲得するためには膨大なコストと労力がかかります。一度サービスの価値を感じてくれたお客様がいかにこの獲得コストなしにリピートし続けてくれるかが、利益確保の最大の鍵となります。
ここに製造業の利益確保の考え方をあてはめると、上手くいかないことは自明です。都度個別対応を極力減らすためには、ホテル周辺のお勧めの飲食店を地図にして、フロントに置いておくのがもっとも手離れが良く効率的です。ですが、お客様にとっては、標準化されたお勧め店マップは、それを持ち帰ってしまえば、今後はそのホテルに泊まらなくてもいいわけです。このように製造業とサービス業とでは、利益創出のメカニズムが正反対になっています(下図)。
90年代前半にかけて製造業で成功を収めた企業の多くは、「同じものを繰り返してつくる」ことに最適化された組織・業務フローを構築してきました。ソリューション志向の開発を推進しようにも、営業部門にとっては「使ってみなければ価値がわからない」ものをどうやってお客様にセールスすればいいのかわからず、開発部門にとっては「お客様自身も何がほしいのか、要件が曖昧」なものをどう設計すればいいのかわからず、工場にとっては「都度個別対応で顧客要件が頻繁に変わり」「出荷後もアフター対応で工数が取られる」ものにどのような体制を組めばいいのかがわかりません。こうして、製造業での強い組織が、ソリューション開発のボトルネックとなるわけです。
「ものづくりの価値観を変える」ことがソリューション開発の第一歩
いくらモノとサービスを組み合わせた優れたソリューション提案を立案することができたとしても、競合他社と競う以前に、このボトルネックが社内に存在する限り、ソリューション志向の新事業開発は前に進めることは難しいでしょう。よって、優れたソリューション提案の中身を検討すると同時に、製造業の成功体験をもとに形成された「同じものを繰り返してくる」ものづくりの価値観による組織体制、業務フローを、「都度個別に臨機応変に対応する」ことを両立できるものに変革していく必要があります。
私がコンサルティング支援したソリューション志向の新事業開発の成功事例では、この「ものづくりの価値観を変える」ことに、ソリューション提案の中身の検討以上の労力と時間を投入しました。たとえば、新事業開発のプロジェクト体制です。通常のモノの新商品・新事業開発プロジェクトであれば、課長クラスのエースを開発部門、営業部門から各1〜2名選抜して、3〜5名体制で検討しますが、組織体制、業務フロー自体を変えるにはこの体制では不十分です。そこで経営トップに掛け合い、各機能部署の部長以上の幹部をメンバーとしました。具体的には、営業本部長をリーダーとして、設計部長、サービス部門の部長、製造・品質保証の部門長をサブリーダーに、全部門のキーマンを入れて20名体制のプロジェクト体制を構築しました。最終的には、全国営業支店の現場キーマンも巻き込んだ30名体制としました。変革には抵抗がつきものです。そこで、変革実行時の抵抗勢力になりそうなキーマンを、プロジェクトの構想段階で最初から身内に引き込んでおくことがポイントになります。プロジェクトのキックオフから、サービスインまで10ヵ月間という非常にタイトなスケジュールで進めましたが、全社全部門のキーマンを巻き込んだコンカレント型開発の結果として、数10億円の純増売上をソリューション提供開始の初年度から上げることができました。
次回は、このボトルネックを越えてソリューション志向の開発を加速させるための、開発プロセスの考え方について解説します。
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