企業的農業経営が「魅力ある農業」を実現する
第3回 標準化で「品質向上」「生産性向上」を実現する
今井 一義
農業経営の規模が拡大すると、当たり前のことを当たり前に実施することが難しくなり、収益性が低下することが多い。事業規模の拡大により、従業員が増加し経営者の管理範囲が拡がると、マネジメントが行き届かなくなり、「やっているだろう」「できているはずだ」の根拠のない期待が思いもよらない問題を引き起こす。農業は問題が起きたときにはすでに手遅れ(そこから播種・栽培しても収穫までもリードタイムがかかる)になり、取り返しのつかない事態を招くことになる。
家族的農業経営ではできていたことが、企業的農業経営に進展するとできなくなるのは、標準化できていないことが大きな要因である。家族で暗黙知的に共有していた作業手順や栽培判断基準、商品品質基準を従業員に理解させることは簡単ではない。また農業経営者がすべての圃場、職場を回って指導することも現実的には難しいため、作業や判断基準を標準化して、マネジメントすることが重要となる。
変化の要素が多い農業こそ標準化すべき
農業をものづくりと考えると、下図のようなプロセスになる。インプットされるモノを、コントロールすべき標準や計画の情報の指示により、適切な経営資源である人、農業機械などを活用して、栽培プロセスで作業し、アウトプットとしての農作物を生産する。収益向上を実現するためには、変化・変動する環境下で、適切な作業・判断により、品質向上・収量アップ、生産性向上を図る必要がある。
標準化というと農業は製造業と違い、環境などの変化が多いから標準化できない、という話を聞く。実際に農業では、標準どおり作業しても同じ結果を得られないケースが多い。しかし、変化の要素が多岐にわたるからこそ、標準化を推進すべきであると考える。標準化が図られると、変化要素を1つ減らすことができ、対応検討のバリエーションを絞り込むことや対応の迅速化を図ることが可能になる。
標準化にあたっては、
①作業を標準化する(標準作業を設定する)
②評価・判断を標準化する(基準を設定する)
の2つの側面に区分して考えるとわかりやすい。
作業を標準化する(標準作業を設定する)
まずは栽培や調整・包装など、各工程の作業プロセスを標準化する。
標準化とは、作業手順を明確にし、作業タイミング、作業方法、使用する農具・設備、基準時間を設定し運用することである。安全、品質、効率などの目標を達成するために、遵守すべき作業内容を標準作業として定義して作業標準書にまとめることが一般的である。標準化は標準作業を遵守してこそ効果を発揮するため、作業標準書は、誰が見てもわかるように、数値や写真などでわかりやすく表記する。
作業標準書を作成したら、標準作業を遵守できるように指導・教育することが重要となる。標準作業を設定しても、実際に現場で運用されないと何の意味もない。運用は、初期段階での教育・指導にとどまらず、きちんと標準作業を遵守して作業できているかを確認し、できていない場合はきちんと指導することが必要になる。現場管理者が確認して、指導・教育するには、教育時間の確保や指導スキルが必要になるなど、さまざまな課題があり実運用することは難しい。しかし、作業プロセスを標準化し運用することが結果として、生産性向上や品質向上につながり、さらに収益向上につながるのである。
評価判断を標準化する(基準を設定する)
作業を標準化すれば、ねらった成果を得られるだろうか? 前述したとおり、農業は天候や圃場環境、病害虫、種子など、変化する要素が多く、標準作業を遵守しても期待した成果を得られないケースがある。作業者は栽培に関してのプロではないため、栽培プロセスにおける農作物の異常(問題の予兆)を見逃すことが多い。そして異常発見が遅れ対応が遅くなり、大きな問題へと拡大する。農業経営者の多くは、「作業者はなぜこの異常に気づかないのか?」「普通見ればわかっていたはずだ」と嘆くが後の祭りである。家族的農業経営では、作業者である家族が高い意識と知見を持っているから対応できていただけで、企業的農業経営で同じことを求めるのは無理がある。
企業的農業経営において、従業員全員に変化への対応力を求めるためには、
①異常に気づくこと(栽培プロセスの状態を評価すること)
②評価結果にもとづき正しく対応すること(どのように対応すべきか判断すること)
ができる仕組みが必要になる。
異常に気づくためには、「何が適正な状態か?」を知る必要がある。そして何をもって適正と評価するかの基準を、栽培プロセスごとに設定することが重要となる。
たとえば、播種5日後に発芽状態を確認すること、発芽の葉は3cm以上で黄色に変色していないこと、など経営者自身が各栽培プロセスにおいて、実際の現場(圃場や集荷場)で適正であると評価する項目や評価基準を、できるだけ客観的・定量的にかつ具体的に明確化することが肝要となる。写真を活用して適正状態と異常状態を併記し、具体的なポイントを明記するとわかりやすい。誰が見ても、同じ評価ができることを意識して標準化を図ることをお奨めする。
異常に気づいたら、次は正しく対応することが必要になる。対応は、評価結果をもとに異常の要因を解析して今後の天候や想定される環境やリスクを考慮して判断する必要があり、そのすべてを標準化することは難しい。また、要因解析しても常に環境変化する中で、その対応策が毎回有効であるか? という疑念もある。しかし難しいから対応を標準化しないと、いつまでも対応スキルは向上しない。
そこで対応の標準化については、現象についての要因解析、要因解析にもとづく対応策立案、リスク想定と事前解決の検討ステップや視点・着眼ポイント、アイデア検討手法など、対応策を検討するプロセスを標準化することをお奨めする。
たとえば、ある異常現象が発生するのは何と何の要因が影響しているのか? メカニズムを解析できれば、適切な対応策を検討することが可能になる。現象が発生した要因をどのように考え、どのような着眼点で対応策を考え、なぜ有効であると判断したのか?の検討プロセスや検討視点を全員で共有し、ベストな対応プロセスを標準化することが重要となる。このベスト対応を従業員同士で検討する過程で、お互いに知見や経験を高めることも可能になり、意識向上も図れる。
また、対応の標準化が難しいようであれば、異常に気づいた段階で経営者や現場管理者に報告する仕組みを整備し、対応策は知見のある経営者や現場管理者が検討し指示するという方法もある。この場合も将来の対応の標準化を見据え、判断した根拠となる検討プロセスをきちんと記録しておくことが重要であり、これがノウハウ蓄積につながることは言うまでもない(下図)。
標準・基準が決まれば問題解決が推進される
標準・基準を設定すれば、すべてが解決できるわけではないが、問題解決の第一歩としては重要なステップである。
企業的農業経営を推進するためには、個人のノウハウや経験に頼って栽培管理することには限界がある。個々人の知識や経験を全員で共有しノウハウとして蓄積・標準化して、指導教育につなげていくことが必要となる。
農業とは自然の影響下での栽培、また場所を移動しての作業となるので、毎年、日々、圃場・エリアごとに、さまざまな問題が発生する。標準化しきれないことも多く、標準化しても上手に活用できないケースもある。しかし、標準化の検討過程で経営者や現場管理者の暗黙知を表出化できて、お互いのコミュニケーションが促進され、自社の栽培技術が蓄積できる。これこそが競争力となる。また、従業員が標準(当たり前)を知ることで知識アップや意識醸成を図ることが可能になり、変化に敏感な人材を育成できる。「何かおかしい!」「標準とは違うぞ!」と変化に気づける人材がいれば、そしてそのような組織風土を醸成できれば、問題を予兆段階で早期に発見でき、迅速で適切な対応により問題解決も推進される。結果として品質向上や生産性向上が図られ、収益向上を実現できる。
標準化は手間と時間はかかるが、持続的な企業的農業経営を実現するための必須事項であり、近道なのである。
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