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新価値創造マネジメントの新潮流

第8回(最終回) 事業戦略での製品群の全体最適化

高橋 儀光

 前回は、開発の前提条件・基本戦略そのものが頻繁に途中変更する際に、どのようにして設計者や製造技術者のモチベーション維持も含めて、ものづくり現場の開発プロセスをマネジメントすればよいのか、その基本的な考え方について解説しました。今回はそれらの考え方に基づき、製品設計をどのように変えていくのか、その方法論について解説します。

「増え続ける都度個別対応」と「ものづくり競争力の確保」を両立させる固定変動計画

 新事業開発が拡販段階に入ると、顧客基盤を拡大・強化するために、さまざまな個別要求や仕様対応が求められるようになります。また前回紹介した事例のように、国の法改正・業界の規制の方向性が、これまで自社で考えてきた技術方式やシステム仕様と大きく乖離していくこともありますので、開発プラットフォームの構築が重要になります(下図)。

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 製品ランナップを拡充しなければ、拡販はおぼつかないものの、開発リソースは無尽蔵にあるわけではありません。増え続ける都度個別対応に、ものづくりの現場が追いつけなくなったところで、その事業の拡販の限界点となってしまうでしょう。この矛盾を解決するためには、製品"個別"の開発スピードアップや効率化を考えるのではなく、製品"群"の全体最適を考えることが重要になります。

 ここでいう製品"群"とは、今現在の開発済みの製品ではなく、事業戦略上必要なターゲット顧客や法規や業界ルールの変更などの事業環境変化によるリスクに備えた開発を含めて、将来的にどのような製品ラインナップを揃える必要があるのかという中長期の開発ロードマップ上にある製品のことです。

 たとえば、新事業開発の事業計画目標・年100億円の売上を達成したいときに、今現在の製品ランナップは非常に大型・大出力の装置だけなので重工関連のお客様にしか対応できないとします。さらに、ボリュームゾーンである自動車部品関連のお客様は、大出力は求めていないが、より出力精度の高い装置が必要で、その自動車のなかでも、いくつかの仕様が異なるお客様のセグメントに分かれるとします。また、将来的に業界ルール変更や法改正があった場合、今は市場といえるものは立ち上がってはいませんが、事業戦略のリスクアセスメントとして超小型装置の市場が一気に立ち上がる可能性があるとします。このように、中長期での事業拡大やリスクアセスメントを考えると、現行のF社向け仕様に加えて、自動車部品関連では大きくA社仕様、B社仕様、C社仕様の3つ、電子部品ではD社、E社仕様の2つ、新分野への備えとしてG社仕様と、全部でA〜Gの大きく7つの製品シリーズを揃える必要があるとしましょう。

 事業計画達成のために、必要となる製品シリーズを明確したうえで、それらの製品群を横軸に取り、縦軸には製品を構成する要素(対応必要な規格方式、製品の実装技術方式、製品モジュール構造、生産技術方式など)を取り、製品"群"全体としての一覧表をつくります。仮に製品構成要素が20項目あるとして、A〜Gの7つの製品シリーズで仕様がそれぞれ別物だとすると、開発要素は(縦軸の項目数:20)×(製品シリーズ数:7)=140テーマにも及びます。

 既存事業のこなれた製品の機能・性能向上の設計業務でも140テーマを同時進行でこなすのは大変なことです。ましてや、新事業開発における新規性の高い開発では、開発メンバーの頭数をいくら増やしても、技術課題の解決を図ることができなければ開発の完成度はあがりません。中長期の開発ロードマップとはいえ、技術課題解決ができる人をそう簡単には増やすことはできませんので、これだけの開発要素を全てやりきるのは物理的にも困難でしょう。そこで、この一覧を見ながら、本当にお客様にとって個別開発することが必要なのか、お客様の運用上はA〜Gの製品ラインナップで設計を共通化しても、まったく問題ないものがないのかを考えていくのです。

 ある電気機器メーカーI社の事例です。中長期で必要な製品ラインナップを分析したところ、全部で30種類必要であることがわかりました。そのなかに機器を充電するためのクレードルがありましたが、これを都度個別に30種類用意しようとしていたのです。お客様にとっては同じ会社の機器をリピートして買っているのに、充電クレードルが別の機種を買うと、前機種のクレードルが使えなくなるというのは不満でしかありません。このように、機種ごとの個別仕様はお客様にとって不必要であるものが存在しています。このような場合、お客様の運用には本来必要のないバラエティを探し、A〜Gの共通仕様として定義していくのです。この製品群全体での共通仕様のことをJMACでは「固定部」と呼んでいます。

 「固定部」に対し、お客様の運用上、どうしてもA〜Gで個別に用意しなければならない必然性があるバラエティのことを「変動部」と呼んでいます。I社のコンサルティング事例では、機器を使用するために業界ごとの電波法の規制があるため、それぞれのお客様の業界の法規制に対応した周波数帯と伝送方式は必須のバラエティでした。また、法規制上の制約ではなく、お客様固有の業務上どうしても必要な機能や操作画面仕様なども、その市場・お客様向けに拡販していくためには、必然性の高いバラエティとなります。

 このようにして、製品群全体を俯瞰しながら、お客様にとって本来は不要なバラエティを削減し、固定部と変動部をあらかじめ定義していくのです。これをJMACでは「固定変動計画」と呼んでいます。

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固定変動計画策定のポイントと国際分業への応用

 固定部と変動部を中長期の開発ロードマップ上の製品群全体を俯瞰して定義づけしておけば、都度個別対応が必要となっても、あらかじめ開発した固定部に変動部を開発するだけで、そのお客様向けの製品構成要素にすることができます。つまり、最小限の開発リソースで対応できるようになるということです。固定変動計画を策定しておけば、中長期の開発ロードマップが途中で予期せぬ外部環境変化で大幅に変更になる際にも、バイパス案としての製品シリーズを規定しておくことで柔軟に対応できるのです。

 このように固定変動計画は新事業開発の成功確率を高めるうえで、非常に重要なものですが、実際にこれに取り組むことになると社内の反発が起こることがあります。それは製品群の全体最適は、製品個別最適とは利害が相反するためです。たとえば、制御基板を共通化するために寒冷地から温暖地域での使用でも共通のモジュールで耐候性を確保しようとすると、−30℃〜70℃までの温度特性試験に耐えられる高価な基板に切り替える必要があります。共通化によって寒冷地仕様と温暖地域仕様の都度個別設計や都度調達が不要になりますが、あまり数量の出ない北関東以北のエリア担当の営業担当者にとっては、製造原価アップ・販価アップになる可能性があります。そのため、固定変動計画を策定するときは、設計・製造部門だけで一方的に進めるのではなく、全社全部門の連携による真の意味でのコンカレント・エンジニアリングが必須です。これは「新価値創造マネジメント」の本質でもあります。

 従来までの新事業開発では、本社のマーケティング統括部門や研究開発部門・中央研究所が実施することが多いかと思います。これからの新事業開発は、全社全部門あるいは外部の協力会社・サプライヤーとも連携し、コンカレント・エンジニアリング体制で進める必要があります。

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