ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社
- 人事制度・組織活性化
- DX/デジタル推進
- 食品・飲料
ボトムアップがカギ!
人財から変わる製造業DX
レモン事業・スープ事業・飲料事業・プランツミルク事業を展開。グループ会社を含めた製造拠点のうち群馬工場と名古屋工場が大規模メイン工場となっている。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の波は止まるところを知らず、製造現場にも押し寄せている。一方で、人財不足を理由になかなか進まない現実もある。その課題を乗り越えるべく「ボトムアップ」にこだわったDXで大きく前進している、ポッカサッポロフード&ビバレッジ群馬工場の事例を紹介する。
ポッカサッポロフード&ビバレッジの課題
デジタル人財の育成/若年層のスキル向上と負荷低減/ノウハウ・ナレッジの共有
約200人の従業員が働くポッカサッポロフード&ビバレッジ群馬工場
必要なのは、やらされ感なく 自走できる人財
「組織の上層部に近い人物が意思決定を行い、現場の従業員に展開、指示を出すトップダウン型の方が、一般的にはスピード感を持ってDXを実施できることが多い」とJMACコンサルタント・島崎里史はいう。だがポッカサッポロフード&ビバレッジSCM本部副本部長(取材当時)の近藤崇さんは、ボトムアップ型にこだわった。
「デジタル化を進めることで現場従業員の創造的な時間を捻出し、捻出した時間を自己成長に活用するというのが当社SCM本部のDXの目的。そうであれば、現場の一人ひとりがやらされ感なく最新システムを操れる“人財〟となり、健康で楽しく働けて成長を感じられる環境が必要です。そういう場所にするためにはトップダウンではなく、実際働いている従業員の意見を吸い上げていくボトムアップがいいと考えました」(近藤さん)
近藤さん自身、製造現場が長くフォークリフトでの資材運搬に始まり、製造オペレーター、工場長として今の群馬工場のメンバーと共に汗を流していた時期もある。現場にいたころ、「このままでは現場にいる人たちはラクにならないし成長もできないと思っていた」(近藤さん)。変革したいと思うものの現場の意見は届きづらく、もどかしく感じたことが何度もあった。だからこそ、SCM本部がひとつの工場のように機能し、あるべき姿を目指す「dfXプロジェクト*」のプロジェクトオーナーとして推進するためには、ボトムアップ型であることは譲れなかった。
dfXプロジェクトオーナー・近藤崇さん
現場の意見にダメ出しせず目指す方向を示す
2022年2月、「デジタルで実現可能な仕事はデジタル化していくこと」という基本方針のもと、dfXプロジェクトは立ち上がった。群馬工場が操業30周年を迎えた翌年のことだ。同年4月にJMACは「群馬工場をモデルとしたDX企画構想」を策定しコンサルティングの提案をした。近藤さんのボトムアップへのこだわりを重視した支援を行うため、JMACの島崎は「現場から出てくる意見に、基本的にダメ出しはしないことに留意した」と話す。
たとえば「カップ包装室への資材自動搬送化」といったアイデアが出たら、より上位の目標との関連や全体最適を目指す方向性を示すことがコンサルタントの役目。そこで、「今、実際困っていることを解決するための良いアイデアですが、作業自動化だけでSCM本部全体のあるべき姿に近づけるでしょうか?」と問いかけた。現場からは最初「では、具体的にどのようにしたらいいのでしょうか?」と質問が投げかけられた。島崎はすぐに具体的なソリューションを提示せず、「資材以外にも工程・作業があるはず。そちらも含めた全体として、どのような改善を行うと自分たちだけではなく工場全体、生産本部全体、ひいてはお客さまに貢献できると思いますか?」といったように理解を深めるやり取りを重視した。
配慮した点はもうひとつある。取りまとめた現場の声は課長、係長といった管理職が「代弁」する形で伝え共有することにした。今回のdfXプロジェクトは、群馬、名古屋などの製造拠点をあたかもひとつの工場のように見立てて導入を進めている。アナログで運用している拠点もあれば、自動化やデジタル化が進んでいる拠点、自動化に現在取り組んでいる拠点も。自動化が進んでいる拠点からすれば、アナログ運用の拠点から出たアイデアは、あまり参考にならないということもあるかもしれない。それぞれに背景があるなかで拾い上げた率直な現場の声をプロジェクト内で共有するには、管理職がその意見を代弁する形がいい。各施策を整理、とりまとめて発表するのは課長、係長の役割だということを最初に徹底した。
後ろ姿で感じたプロジェクトオーナーの価値観
「初めのほうのミーティングでは、なかなか発言する人がいなくて何でもいいから頭に浮かんだことを伝えて欲しいと言ったことがあるよな」と、近藤さんは隣にいるSCM本部群馬工場製造一課係長の多賀谷敬介さんを見て笑う。それでも2カ月経ったころには、現場の課題認識やありたい姿についてプロジェクトメンバーそれぞれから意見が出てくる自由闊達な議論の場ができあがっていった。
「現場で近藤さんの後ろ姿をみんなずっと見てきました。高速で動き続ける設備のトラブル解析でハイスピードカメラを群馬工場にいち早く導入したのも近藤さん。みんなと同じではなく間違ってもいいから誰も考えつかないようなことにも挑戦する。こうしたことに価値をおいている人だと知っています。近藤さんの後ろ姿から感じ取ってきたこの価値観がプロジェクトメンバーのベースにあるから、ボトムアップ型のdfXプロジェクトを推進できている気がします」(多賀谷さん)
とはいえ、慢性的な人財不足のなかで生産性や品質を維持しながら新たなプロジェクトを強引に走らせれば、現場から反発が出ても不思議はない。そこで現場全員が腹落ちするように、忙しさやたいへんさを把握し取り組みの成果を理解するために業務工数の「見える化」を進めた。生産、設備保全、事務作業など詳細な業務量を調査。計量から包装・梱包工程といった製造中の時間を対象に稼働分析を実施した。それらのデータをもとに改善の対象を絞り込みなど、改善の方向性を導き出した。具体的には、「帳票記入・転記業務の関与人数を減らし総工数比率を3.8%下げることで業務量は60.9%削減できる」「設備情報を自動収集、現場で監視することなく遠隔操作・遠隔監視によって移動時間の総工数比率を6.5%下げると移動時間を60%削減できる」など、デジタル化や自動化でどのくらい作業がラクになるかを数値で可視化した。
「ここにいちばん時間と手間がかかりました。ですが業務を数値化したことで新しいことに着手する一時の苦労はありますが、“自動化でこの業務がなくなる〟ということを現場のオペレーターが具体的にイメージできるようになりました」(多賀谷さん)
群馬工場製造一課係長・多賀谷敬介さん
成長できる工場で人財を育てる
作業がラクになることが数値化され、現場に腹落ち感は生まれた。ただそれだけでは、これまでの改善活動と大きな違いはない。「最新技術は導入した先から陳腐化が始まる。従業員一人ひとりが安心して仕事ができて、自分自身で考え成長し、意志を持ってあるべき姿に近づいていくことが必要だ」と近藤さんは考えている。それに応えるように、エンジニアリング部門の係長でdfXプロジェクト推進メンバーのひとり、岡部秀紀さんは「工場をあるべき姿に近づけるために、どういった技術があるか学ぶことも若いメンバーたちとのやりとりもやりがいを持って取り組めるようになった」と話す。
見て覚えてきた知恵やノウハウをデジタルを用いて共有
自動化、省人化のためのシステムやツール導入においても、貫いたのはボトムアップ。JMAC側がレクチャーして施策を進めるのではなく、今起きているトラブルがなぜ起きているのか解析し仮説を立ててもらった。加えて、要件定義はどのような観点をもち、どのようなステップで進めるかを事前に十分レクチャーしたうえで、実際のベンダーとの話し合いの場では岡部さんに任せた。「デジタル人財」として育ってもらうためだ。
「ベンダーとのやりとりは“買い物〟をするのではなく、やりたいことを伝えて形をつくってもらうことだということ、何を伝えなければいけないのかなど実地で学んでいきました。ベンダー5、6社とやりとりをするのにすべてひとりで抱え込み、たいへんな状況になったこともありましたが、ひとりじゃ無理だと実感し若手を活動に巻き込んでいくことで新たな気づきもありました。製造のオペレーションだけに特化すると仕事のやりがいや楽しさがわからなくなることがあります。新しいことに挑戦し、自分の考えや意思を伝え自らの力で実現できると自信になる。あれもこれももっとやりたいという好循環になっている気がしています」(岡部さん)
群馬工場製造二課係長・岡部秀紀さん
予算規模で伝わった会社の本気度
成長への基盤づくりが進むなかで、多賀谷さん、岡部さんの気持ちを大きく変える転機があった。dfXプロジェクトの年間予算が数百、数千万円規模ではなく億単位だと聞いたときのことだ。
「群馬工場のメンバーを中心にしたプロジェクトで、予算は億単位規模。経営陣の強い意志が伝わってくるようでした。どうやってありたい姿を実現するか、私自身それまでよりもっと真剣に考えるようになりましたし、現場のみんなの眼差しも変わった気がします」と多賀谷さんが言うと、岡部さんも次のように続けた。
「近藤さんが群馬工場にいたときに実現できなかったことを、次世代に託そうと考えているというのは感じ取っていました。ただ、億単位というこれまで扱ったことがない規模の予算を聞いたとき、頭で考えていたり言葉にしたりするだけじゃなく、ボトムアップで実践していく決意を持つと同時に、会社の本気度も伝わってきました」(岡部さん)
ただ現場のやる気だけでは、ボトムアップであるべき姿に近づけるのはリスクもある。会社の事業戦略と密接に絡み合い経営目線が必要なDXで、目先の困りごとや現場目線から抜け出せないことがあるからだ。そこでJMACの島崎は方向性を誤ることがないよう、会社方針や中期経営計画と現場の「日々の作業」との関連について、とくに目標については具体的なイメージや本気度などを本音ベースで教えてほしいと、dfXプロジェクトマネジャーでSCM本部生産技術部エンジニアリンググループのグループリーダー西井直之さんに伝えた。
「ここまで見せていいのか、伝えていいのかと思うところまで思い切って丸裸になるまでさらけ出しました。最初に本来やりたいこと、本来の目的を深堀りできていたから、目指すところに向けてブレずにやっていけているのだと思います」(西井さん)
dfXプロジェクトマネジャー・西井直之さん
今回の変革を強く意識した群馬工場のDXで、JMAC支援の範囲は第1フェーズのみ。「デジタルを意識した製造拠点改善のアクションスタートは切れた」とJMACの島崎は見ている。生産拠点がひとつの工場のように振る舞い、あるべき姿を目指すdfXプロジェクトの取り組みは、これからトランスフォーメーションに向けて本格化する。
担当コンサルタントからのひと言
島崎 里史(しまざき さとし)
シニア・コンサルタント
工場改革推進は、現場の方々が時間をどれだけ投入してくれるかが最初のハードルになります。そのため、時間を投入する価値のある取り組みであることを、共通の認識として持つことが重要です。時間を投じた以上、成果を出したい、出さないといけないと火がつきます。そこに至る方法は、それぞれの現場のカルチャーが如実に表れるため、画一的な正解はないように思います。DXへの取り組みは先進化しても改善の原点は変わりません。現場に火をつけるものは何かを把握することが準備となります。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』77号からの転載です。
※記事内容に関しては、取材時(2024年2月)のものです。
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