大日精化工業株式会社
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社員を活かす「もの言える組織」課題バラシで新製品開発も加速
自分の問題意識を付箋に書いて「吐き出す」
大日精化工業株式会社
1931年、顔料の国産化と販売を目的に創業された化学メーカー。「有機無機合成・顔料処理技術」「分散加工技術」「樹脂合成技術」の3つのコア技術を、プラスチック用着色剤、繊維用着色剤、印刷インキ、ウレタン樹脂などに応用展開している。
企業で働く人たちがその力を十分に発揮するために欠かせないのが、お互いが協力し合えるチームづくり。大日精化工業の化成品事業部 技術統括部は技術KI活動を通じて、問題を個人で抱え込みがちだった組織風土を改革。課題だった新規事業創出の取り組みを活発化させることに成功している。同社の東京製造事業所を訪ねた。
大日精化工業の課題
個人からチームへ/受け身体質の解消/新規事業の創出
「個人商店」文化を脱し意見を言い合える組織へ
情報電子、産業資材用途の着色剤を中心に幅広いラインナップの商品を扱う大日精化工業の化成品事業部。技術統括部はその中で、既存製品の技術フォローや新商品開発の役割を担っている。JMACの支援を受けて技術KI活動を始めたのは2020年のこと。背景には、以前から抱えていた組織上の課題があった。導入を主導した統括部長の坂元秀明さんはこう語る。
「技術員たちが『個人商店』化してしまっていて、隣の席の同僚が何をしているのかもわからないような状態。何か問題を抱えていても、周りに相談せず自分だけで解決しようとする傾向がありました。上から指示されたことだけを実行する受け身体質も蔓延していて、会社の未来のために取り組むべき新製品の開発も思うように進んでいませんでした」
数年前から他の事業部で行われていた技術KI活動を見学した坂元さんは、上司と部下がまるで居酒屋にいるかのようにワイワイと遠慮なく意見を出し合う会議の光景に衝撃を受けた。「うちの部にない雰囲気。取り入れたら何かが変わるのではないか」と感じた坂元さんは、技術KI活動の導入を決意した。
技術統括部 統括部長・坂元秀明さん
技術KI活動の基本は、徹底した問題の「吐き出し」にある。たとえば職場の組織を改善することがテーマの場合、会議に参加した各メンバーが普段、組織について感じている問題を付箋に書いて模造紙に貼り出していき、内容が近いものどうしを集めて分類・整理する。こうしてメンバー全員が現状を直視した後、問題の根底にある「悪魔のサイクル」を分析し、これを断ち切るための目に見える計画を作成。最後に、YWT(Y:やったこと、W:わかったこと、T:次にやること)の観点でその日の会議を振り返り、その後の活動に活かしていく、という流れだ。
技術統括部では、各部から選出した5人と管理職1人によるKI事務局を設立。ここが推進役となって、活動初期には各課で毎日、問題を吐き出す会議が行われることになった。ところが、当初から多くの課が壁に直面した。
「各課の状況をチェックする中で浮かび上がった課題は、会議が活性化しないということ。各参加者が遠慮せず意見を表明する『ワイガヤ』がうまくいかなかったのです。アンケートを取ってみると、『おそれ多くて年上の社員や上司に話ができない』など、気後れを感じている若手が多いことがわかりました。一方で、管理職たちと話すと、彼らも『若手がなかなか意見を言ってくれない』と悩んでいる。解決策はすぐには見つかりませんでしたが、このように管理職同士が悩みを共有して話し合っていくこと自体がこれまでなかったので、少しずつコミュニケーションができる土壌がつくられていったように思います」(坂元さん)
スケジュール表の共有で「気後れ」の壁を突破
戸惑いを抱えながらも問題点の吐き出しを続けるうち、次第に、メンバーが積極的に発言するようになってきた。変化のきっかけのひとつは、テーマごとの進捗状況や各自のタスクを管理するスケジュール表を表計算ソフトで作成し、オンラインでチームに共有するようになったことだ。KI事務局員で東京応用技術第2部 第1課の成田美咲さんはこう振り返る。
「スケジュール表を共有することで、チームの他のメンバーが取り組むテーマの細かいタスクや検討状況、検討結果をタイムリーに知ることができるようになりました。これまで把握できていなかった自分の担当外テーマの詳細も『見える化』できたことで、それに対する意見もスムーズに出せるようになりました」
こうした新たな知見は、半期に1回開かれる技術KI活動の「振り返り会議」で共有され、他課でも採用された。会議で問題点を吐き出して課題に〝分解〞し、それぞれの解決策を見つけていく一連の過程は、「バラシ」という言葉で表現される。技術統括部内では、さまざまな壁にぶつかるたびに「バラす」ことでチームとして前に進むことが習慣化されていった。
東京応用技術第2部 第1課・成田美咲さん
他部署や社外からも積極的に話を聞いてみる
会議でお互いに活発に意見を言い合う文化が根づいていくと、別の変化も見られるようになった。仕事で取り組む技術的なテーマについて、自分の所属する課だけでなく他部署ともコミュニケーションをとる気運が高まってきたのだ。
「ミーティングで積極的にお互いの意見を聞くようになったことで、状況によっては関係部署以外に相談することも大事だという共通認識になってきました。新しい情報が必要なときは、積極的に他部署や資材メーカーにも話を聞いてみることが増えています」(成田さん)
KI事務局員で東京応用技術第3部 第2課の深井拓也さんは、他部署と協力することで道が開けた経験を次のように話す。
「ある新規材料を分散(液体の中に均一に混ぜること)するというテーマはまったく知見がないところからスタートしたのですが、同じ水性の分散を扱う東京応用技術第2部や大阪応用技術部からも意見を聞いて、技術的な課題を解決していきました。同期など個人的なつながり以外で他部署に意見を求めることがこれまであまりなかったですし、大阪のように場所も離れていると余計に疎遠になっていたのですが、知見を共有することでより素早く問題を解決できることを実感しました」
「10%ルール」で新製品開発の時間を捻出
これまで停滞していた新製品の開発についても、進展が見られた。
これまではほとんどの技術員が既存製品の技術フォローなどにかかり切りになって時間が取れず、結果的に新製品開発に割く時間がなくなっていた。この状態を打開するためにある課が導入して広まったのが、業務時間の10%をあらかじめ新製品開発のためにスケジュールとして確保しておく「10%ルール」だ。KI事務局員で東京応用技術第2部 第2課課長の黒谷佳希さんはこう説明する。
「チーム員の予定をスケジュール表で共有することになったことで、いつ誰が何をしているかが『見える化』されたことが大きかったですね。業務時間の10%を確保するためには具体的な時間の調整が必要ですが、この日のこの時間なら皆の予定を合わせられる、ということもスケジュール表を見ながら決められるようになりました」
技術KI活動の中で新製品開発に本格的に取り組み出したのは、活動開始から2年が経過した2022年から。それまでの既存業務の領域での活動の積み重ねが、「10%ルール」の実行を可能にした。
「情報共有がスムーズになったことで他のメンバーの仕事についてもフォローし合うようになり、間違いが発生したときの軌道修正なども以前より速くなりました。既存業務にかかる時間が短縮化されたことで、スケジュールにも課のメンバーの気持ちにも余裕が出てきて、新規事業にも本腰を入れて取り組めるようになりました」(黒谷さん)
東京応用技術第2部 第2課課長・黒谷佳希さん
業務時間の何%を新製品の開発のために確保するかは、あくまで各課の状況次第。黒谷さんの課でも現在は産休・育休取得者が複数いるため、「10%ルール」は一時休止中だという。こうした柔軟な対応が可能なのも、チーム全体の具体的なスケジュールを把握したうえで計画を立てているからだ。
新製品の開発については、技術員2~3人が1組となって取り組む試みを始めている。個別で取り組むよりも、お互いをフォローし合うことでアイデアが広がり、成果をより生み出しやすくするねらいだ。
こうしたさまざまな工夫を積み重ねてきた結果、坂元さんは現在の状況に手ごたえを感じている。
「具体的な商品化にまで到達したテーマはまだ出ていませんが、そこにつながるような『タネ』は増えてきています。今年度から始まった中期経営計画の中でもそれらを紐づけていますし、計画の中で売上の数値目標が立てられたテーマもあります。また、技術員の希望を受けて、来年1月に前例がなかった新規事業の展示会にも出展する予定です。今後はさらに、取り組みを加速していきたい」
「自分ごと」思考で仕事に対する熱意が向上
技術KI活動が始まって5年目の今年、JMACによって組織風土診断が行われた。その結果、導入前の診断結果と比べて一人ひとりの仕事へのモチベーションや、課題を前にして協力したり、お互いを高め合ったりする気風について明らかな向上が見られた。
「チームに何か課題を見つけたら『いま、こういう課題があるので、皆さんの意見を聞かせてください』と呼びかけるなど、自分ごととして扱うようになってきました。『個人商店』のようだったころに比べると一人ひとりの責任感が増した気がしますし、仕事への熱量も上がった実感があります」(深井さん)
東京応用技術第3部 第2課・深井拓也さん
技術KI活動を通して意識されていることのひとつが、次世代を担うリーダーシップを持った人材の育成だ。5つの部からひとりずつ選ばれる事務局メンバーは、20代後半から30代前半までの若手が中心で、各部でベテランと若手の橋渡し役になることが期待されている。5年程度で、次々と新メンバーに入れ替えていく想定だ。
「この約4年半での事務局メンバーの成長は著しいものを感じます。自分が考えていた以上に、自発的にいろいろなことを提案してくれて、非常に助けられている。技術面だけでなく多方面と意見を調整する能力やマネジメント力など、今後、管理職になっていくのに必要なスキルを身につけられる場になっています」(坂元さん)
技術KI活動によって向上したモチベーションとチームワーク。次なる時代に挑む準備は、着々と整いつつある。
担当コンサルタントからのひと言
堀口 薫(ほりぐち かおる)
R&Dコンサルティング事業本部
コンサルタント
新製品・新規事業創出をリードする技術職場の風土活性化を課題として抱えている企業は益々増えているように感じます。風土の活性化は、限られたメンバーによる改善活動によって実現するものではありません。組織一体の地道な継続的改善によって実現します。大日精化工業では、部長・課長・メンバーと推進事務局がそれぞれの問題認識を打ち開け、受け止め合い、然るべき層が役割を発揮することで着実に風土に良い変化が見られ、新規事業の芽も生まれてきています。まさに組織一体の風土活性化活動です。
※本稿はJMAC発行の『Business Insights』78号からの転載です。
※社名、役職名などは取材時(2024年8月)のものです。
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