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次世代の「夢」をつなぐデジタルイノベーション

第1回 目指す将来から見定める!今、自社に必要なデジタルイノベーションとは

  • DX/デジタル推進
  • 次世代の「夢」をつなぐデジタルイノベーション

戸張 敬介

 近年、AI、IoT等のデジタル技術革新による「第4次産業革命」が世界的に進展し、日本の製造業の間で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の推進が課題となっている。

 その本質は、デジタル技術を取り入れた独自の「イノベーション」を実現し、企業としての経営・事業を変革することにある。一方、業界・企業によってそのスピードは差が出始めており、背景には「組織の壁」が存在することも多い。

 そうした中、企業経営の現場では、「思い」を持った次世代が、独自の「イノベーション」の実現を目指して立ち上がるケースが出てきている。このシリーズでは、次世代のエネルギーを生かした企業変革のアプローチについて取り上げる。

 第1弾となる本コラムでは、DXの現状と変革の進め方についてお話しする。

「イノベーション」の現場に立つ

 「イノベーション」には60以上の定義が存在すると言われている。そのため、まずは自らにとって意味のある定義をすることが議論の出発点となる。

 ここではひとまず「イノベーションをいかに興すか」という観点から、「人々の感動を実現する製品(もの)、サービス(機能)、システム(仕組み)を創出すること」(※1)と定義して話を進める。原点にあるのは20世紀前半の経済学者、シュンペーターの『経済発展の理論』(原著1912年)にあるように、経済における「内発的かつ非連続的な変化」を生み出す「新結合」の実現である。

※1「感動」というキーワードは、伊丹敬之著『イノベーションを興す』(2009年)を参考にした。

 かつては、ポータブルオーディオプレーヤー、コンパクトディスク(CD)をはじめ、画期的な製品をスピーディーに開発する日本企業が世界的に注目を集めた。日本の製造業の国際競争力を支える生産プロセスの実力も評価され、「トヨタ生産方式」が日本型経営システムとして発信された。これらの背景には、各専門分野での着実かつ地道な技術・ノウハウ開発がある。

 その後、「失われた20年」のリストラクチャリングの時代を経て、リーマンショック後の景気回復局面も経験したが、その間も少子高齢化と産業の成熟化は進み続けた。投資は手堅く、控えめとなり、企業としての「遊び」も減った。ある経営者は、社内には「管理者」ばかりが目立ち、自ら事を起こす「企業家」が少なくなったと指摘する。
 
 現在、AI、IoT等のデジタル技術革新による「第4次産業革命」が世界的に進展しつつある。Google、Amazon、Facebook、Apple(GAFA)をはじめとする米国発のIT企業、ファクトリーオートメーションで先行する欧州企業が存在感を示す中、従来の枠を超えたビジネスが各国・地域で続々と生まれている。

 自動車産業で言えば、「電動化」「自動運転」「コネクティッド」「シェアリング」などの技術革新と先進国市場のモビリティビジネス化が進んでいる。新興国市場の拡大、COVID-19により顕在化したサプライチェーン寸断リスク、製品機能の追求からサステナビリティといった新たな要請への対応も求められ、「100年に1度の大改革」と呼ばれる時代を迎えている。

 素材産業では、これまで日本企業は、その開発力ときめ細やかなサービスで、電子材料、建築材料、医薬・農薬材料などで利用される多品種少量の特殊材料分野でシェアを確保してきた。対して、欧米大手企業はデジタル技術を駆使して材料開発のリードタイムを短縮し、顧客ニーズに合わせたカスタマイズ能力を強化しつつある。
 
 こうした環境変化を前に、日本企業の間でも変革のスピードに差が生じつつある。

 既存ビジネスによる成長に限界を感じ、モノ売りから脱却し、顧客の現場改善にも寄与するサービスを開発するなど、あらたなビジネスを着実に仕掛けている企業もあれば、「内向き」「縦割り」「セクショナリズム」といった「組織の壁」に阻まれている企業も少なくない。
 
 ある企業の技術部門の少壮幹部は、次のように語る。

「われわれの課題は、デジタル技術が急速に発展する中で、独自の『イノベーション』を、着実にかつスピード感を持って実現することである。そのために有志でプロジェクトを立ち上げた」

「われわれも変わろうとしているが、環境変化のスピードが明らかにそれを上回っている」

 実際の企業活動の現場では以下のような悩みが見られる。

①既存事業の変革や新規事業の開発が「手探り」となり、「単発の小さな活動」で終わりがち。
②各部門がそれぞれ努力しているが、バラバラな活動で実態が見えづらく、変革の実感がない。
③先行きが見通しづらく、トップ主導の決断に難しさが増す一方、ミドル層も忙殺されている。

DX時代の「ものづくりの変革」に向けて

 AI・IoTをはじめとする情報技術の活用は重要な切り口であるが、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」というキーワードが日本企業の間で「バズワード」(壮大な感覚を抱くが、具体的に何を指し示すのかが曖昧なキーワード)となっている。

 DXという概念の源流には、スウェーデンの ウメオ大学教授Erik Stolterman 氏らによる論文「INFORMATION TECHNOLOGY AND THE GOOD LIFE」(2004年)がある。
 論文中では「情報技術の発展が人間生活に『劇的』(drastic)な影響をもたらしつつある中で、DXとはデジタル技術が人間生活のあらゆる方面に変化を生じさせること」(※2)と定義している。情報技術の発展を個々の単一のものとして理解するのではなく、その「全体的な影響」(overall effects)をとらえることに重きが置かれている。

※2 原文は“The digital transformation can be understood as the changes that the digital technology causes or influences in all aspects of human life”

 企業として「DXをいかに興すか」という視点に立てば、上記の新たな発展段階に入ったデジタル技術を自らのものとして活用し、独自のイノベーションを実現すること、言い換えれば、「デジタル技術を活用したものづくりの変革」と定義するのがシンプルである。
 重要なことは、デジタル技術の活用は手段であり、企業としての新たな成長ステージに向けた「ものづくりの変革」をいかに実現するかを突き詰めて考えることである。

 一方、製造業の現場では、「デジタル技術」と「ものづくりの変革」の両方に精通した人材の不足が変革のボトルネックとなり、次のような難しさに直面するケースが散見される。

①DX推進の方針は出されているが、ものづくりの「目指す姿」が漠然とし、検討も手探りになりやすい。
②デジタル技術で事業を大きく変えたいが、新たな発想を具体的な計画・施策に落とし込むのが難しい。
③現場を巻き込んで検討を進めたいが、目の前の課題に留まりがちで、飛躍のある議論が生まれづらい。
④IT企業からさまざまな提案はあるが、「結局、何を実現したいのか」の構想がなく投資に踏み切れない。
⑤システムやツールを導入したが、有効活用できず、途中でやめてしまった取り組みも出てきている。
⑥各部門がデジタル化を進めるが、動きがバラバラで調整負荷も高く、大きな変革につながらない。

 デジタル技術を活用した「ものづくりの変革」を、さまざまな階層・部門・内外を巻き込みながら構想するにあたっては、以下の4つのステップを押さえることが有効である。
 ポイントは、新たな情報技術に触れて刺激を得つつも、その導入を目的とするのではなく、業界全体の産業プロセスや自社のエンジニアリングチェーン(企画・開発・設計等)からサプライチェーン(生産管理・調達・製造・物流・サービス等)までの「ものづくり全体」を視野に、その現状に対する将来の新たな到達水準(定性・定量)を構想することである。

 言い換えれば、ものづくり全体の「提供価値」に焦点を当て、顧客体験、製品機能、サービス水準、経済性(コスト)、リスク対応力、サステナビリティといった要素について、現状でどこまで到達できているのか、5~10年後の将来にどのようなレベルを目指すのかを設定し、その手段の一つとしてデジタル技術を活用するということである。
 
① 現状における業界・自社プロセスの全体像の整理
業界と自社のものづくり全体の流れ、問題・課題、キープロセスを整理する。前提として、ユーザー企業・競合・サプライヤー等の将来動向も棚卸しする。

② デジタル技術を踏まえた改革テーマの探索
デジタル技術の機能を整理しつつ、ニーズ探索を軸に改革テーマを溢れるほど発想する。魅力度と実現性の2軸で評価し、重点となる改革テーマをさらに具体的に検討する。

③ 将来の到達水準と価値創造プロセスの構想
提供価値の現状と将来の到達水準を定性・定量的に定義し、ギャップを示す。改革テーマを組み合わせた価値創造プロセスの将来像をビジュアルに描く。

④ 将来像の実現のためのアクションへの展開
各改革テーマの現状と目指す状態を定義し、推進手順や課題を明確化する。デジタル技術活用は業務の可視化・標準化・システム化の3段階で進める。
 
 こうした枠組みを活用しながら、次世代を担う有志が、ものづくり全体の視点で、「現状でどこまで到達できているのか」「将来に向けて何を実現すべきか」を真剣に議論することが、イノベーションの出発点となるのである。

 イノベーションの基本となる考え方や手法を体系化したドラッカーの著書をはじめ、製品開発、生産技術・プロセス開発、サプライチェーン改革、組織・人材改革等の知見は国内外ですでに相当の蓄積がある。また、企業内には、業界のあらたなスタンダードとなった製品・サービス、その基となる技術・ノウハウの開発経験や、デジタル技術の活用経験が過去に存在し、そこから応用できることも多い。

 われわれの課題は、そうした知見や経験を基に、日進月歩で進化するデジタル技術から新たな刺激を直接、継続的に得続けること、イノベーションを着実に、かつスピード感を持って推進するプロセスをいかに企業活動の現場に落とし込んでいくかということ、そして、それらと並行して、変革を阻害する階層・部門・内外の「壁」を効果的に打破することにある。

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