次世代の「夢」をつなぐデジタルイノベーション
第2回 次世代のエネルギーを活かす脳科学的マネジメント
- DX/デジタル推進
- 次世代の「夢」をつなぐデジタルイノベーション
戸張 敬介
近年、AI、IoTなどのデジタル技術革新による「第4次産業革命」が世界的に進展し、日本の製造業の間で「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の推進が課題となっている。その本質は、デジタル技術を取り入れた独自の「イノベーション」を実現し、企業としての経営・事業を変革することにある。一方、業界・企業によってそのスピードは差が出始めており、背景には「組織の壁」が存在することも多い。
そうした中、企業経営の現場では、「思い」を持った次世代が、独自の「イノベーション」の実現を目指して立ち上がるケースが出てきている。このシリーズでは、次世代のエネルギーを活かした企業変革のアプローチについて取り上げる。第2弾となる本コラムでは、「次世代のエネルギーを活かす脳科学的マネジメント」についてお話しする。
突破口は「次世代」の担い手にある
デジタル化の時代のイノベーションの突破口はどこにあるのか。
日本企業の現場では、「次世代」のエネルギーの取り込みが一つの重要な切り口となりつつある。
プラントエンジニアリングの国内最大手である日揮ホールディングス社は、「変わらなければ、2030年には会社が消滅する」という強烈な危機感の下で2030年に向けたITグランドプランを策定した。
同社のITグランドプランは、2030年に企業、事業としてどうあるべきかを考え、そこからバックキャスティングで踏み出す方向を見極めることに重きが置かれ、その検討においては、2030年に中軸を担う中堅・若手の「センスを持った人材」を主体としたとされる(※1)。
※1 「『2030年には会社が消滅する』─危機感をバネに、DXに踏み出した日揮HD」(IT Leaders 2021年2月9日配信記事より)
本来、イノベーションには年齢の制約はない。必要なのは、「企業家精神」であり、既存の前提にとらわれず、情熱や希望をもって未知なるものに挑戦する「心の若さ」 である。しかし、現状にとらわれない「思い切ったデジタル化」を構想するために必要な人材を求めていった結果として、「次世代」を担うメンバーにたどり着いたというケースは少なくない。
一方、閉塞感の中で、次世代を担うメンバーの「思い」もすでに溢れ出している。リーマンショック後のリストラクチャリングを経て、景気が回復基調に入りつつあった2016年、大企業の若手・中堅社員を中心とした有志団体が集う実践コミュニティー「ONE JAPAN」が立ち上がった。ONE JAPANは、そのウェブサイトにおいて以下を提起している(2022年10月閲覧)。
「現在、大企業で働く多くの若手社員は、所属する組織内に存在する新しいことをやってはいけない空気、イノベーションを起こせない空気の中でさまざまな困難や悩みを抱えています」
「私たちは大企業を変えることを選んだ社員一人ひとりがつながり、希望を見いだし、行動するコミュニティーです。大企業から挑戦する空気をつくり、組織を活性化し、社会をより良くするために活動を行います」
同コミュニティーに参加する富士ゼロックス社の有志ゆるネットワーク「秘密結社わるだ組」は、「仕事も、人生も、自分たちで、楽しくしよう」をコンセプトに、2012年に立ち上げられた。
- 役員との対話
- グローバル交流会
- 触覚ハッカソン
- 営業VS開発ファイトクラブ
などのイベントを開催し、オープンイノベーションを志向する活動が、小型ロボット「ROX」、ヒト型インターフェース「SHIRO-MARU」の開発につながったとされる。
成熟化した市場でしのぎを削るビジネスが増える中で、次世代を担うメンバーの「成長」や「やりがい」から出発する企業も出てきている。人材不足が多くの業界で深刻化する中で、「人が集まる企業」であり続けることが普遍的な経営課題となりつつある。
顧客企業からの要求が高度化し、複雑さを増す中、社内では煩雑な調整に追われ、「自社都合」「部門最適」な結論が出される。高齢化し、「新陳代謝」も滞りがちな社内。管理職は忙殺され、置き去りになった社内課題。何とかしなければと思いながら、目の前の業務をひたすらこなす日々が過ぎていく。
次世代の担い手が現状を見つめ直し、将来に向けたありたい姿の構想に加わることは、業界や組織の慣習の中に埋もれた閉塞感の原因を洗い出し、また将来に向けた取り組みに意思を込める意味で重要な意義がある。
次世代のエネルギーを活かすには
かつてシュンペーターが指摘したように、イノベーションには、あらゆる可能性を適切に判断し、その決定を実際にやりとげる存在としての企業家が必要となる 。
業界や組織に染まり切っていない「次世代」は、企業としての「新たな可能性」に切り込む潜在力を有している。一方、経験や立場の制約から、次世代の担い手が「企業家」そのものでないことは珍しくなく、むしろ、両者が相互補完的に活動し、互いの心に火をつける状態を継続的につくることが重要である。
「イノベーションを生み出す組織づくり」については、組織の潜在的な問題を明らかにする「システム思考」を普及させたピーター・センゲ氏の『学習する組織』(1990年)、イノベーションの源泉となる知の創造プロセスをモデル化した野中郁次郎氏『知識創造企業』(1996年)、効果的な「場」づくりの重要性を提起した伊丹敬之氏の『場の理論とマネジメント』をはじめ、さまざまな研究が蓄積されている。
近年は、人間本来の自発性を引き出す「コーチング」から、「心理的安全性」「デザイン思考」「アジャイル」といったキーワードが着目されており、これらはイノベーションの歴史を振り返れば決して目新しいものではないが、現代における企業活動の中で阻害されやすい重要な視点を提起している。
企業の幹部層の間では、今どきの若者は
- 覇気がない
- 積極性がない
- おとなしい
- 真面目すぎる
- 何を考えているかわからない
といった戸惑いの声も散見される。
一方、「質問や意見はないか」と言われて手を上げる者はゼロでも、「君はどう思う?」と投げかけると立派な発言が出てくることや、3~4名規模でのワイガヤ議論にすると思いがけない鋭い指摘が飛び出してくることも多い(※2)。
※2 若者の間では、遠慮や躊躇をするのではなく、「世界標準のトレーニング」を一律に課すような、ハードで明確な方針・指示を出す明るい指導者が潜在的に求められているとの指摘もある(齋藤孝氏『若者の取扱説明書 「ゆとり世代」は、実は伸びる』(2013年、PHP新書)等)。
「互いの心に火をつける」状態を継続的につくるには、世代を超えた人間の本質に目を向け、目に見えない「心のメカニズム」を明確化し、プロジェクトの活動サイクルに効果的に取り入れることが重要である。 近年の脳科学研究の進展により、さまざまな感情や反応を引き起こす脳内物質(=神経伝達物質)が解明されつつあり、前向きな感情の基盤となる「オキシトシン」、やる気や幸福感に強く関わる「ドーパミン」「ノルアドレナリン」「セロトニン」に加え、ひらめきを誘発する「アセチルコリン」に着目することができる。
イノベーションには、良きテーマの探索・企画からその具体化に向けた地道な活動の積み上げまでのイノベーション活動そのものを強化することは必須である。同時に、上記の5つの脳内物資を、いわゆるワクワク感の源泉を探索する切り口として活用し、企業活動の現場で継続的に刺激し合うことが、イノベーション活動を組織的に活性化することにつながる。
脳内物質の働きを、企業活動にアナロジー的に適用しながらプロジェクトの活動サイクルを組み立てた例は以下のとおりである。
1. お互いの思いを引き出し形にする
① 周囲の仲間から始める「タブーなき対話」の展開
② 互いの価値観の明確化と悪循環の可視化
2. 現状と将来に向けた展望を描く
① 現状に対する前提なき解決策の体系的な探索
② 新たな可能性の探索による将来ビジョンの構想
3. 新たな突破の実現に全集中する
① 活力創出と課題解決活動への「集中」時間づくり
② 「できる実感」「小さな成功体験」の伝播と振り返り
まずは、現状に対するお互いの考えや気持ちをありのままにぶつけ合いながら、それらを目に見える形に整理し、「タブーなき対話の場」を広げる。その上で、現状に対する解決策や将来の方向性を構想し、社内の様々な階層、部門の巻き込みを進める。そして、優先度の高い課題にエネルギーを集中し、短サイクルで新たな「突破」を実現することがキーとなる。
実際にプロジェクトを進めてみると、はじめは全社的な動きが見えない中での戸惑いやある種の「やらされ感」があった中堅・若手が、経営・事業の全体像が見えるようになり、「居酒屋談義」にとどまりがちであった中堅・若手世代の声が企業の将来にとって意味のある形で整理される中で、だんだんと目の色が変わってくることが多い。
こうした声を具体的な動きにつなげるには、経営層、部門長の役割が重要であり、「世の中に新しい何かをぶち上げてやろう」という気概がぶつかりあってこそ、人間本来の能動性が活かされる。「次世代のエネルギー」を社内のさまざまな部門に点在する「企業家」に伝播し、何かを成そうとする「意」を、あらゆる階層で継続的に育んでいく仕掛けが求められていると言える。
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