イノベーション人材開発のススメ
第2回 自分で考え、自分で決める「自由」はある
大崎 真奈美
「提案」における悲しいすれ違い
私がコンサルティングの現場で出会った場面について紹介しよう。
あるシステム開発会社のチームリーダーは「自分たちのチームではこういうことやりたいと言っても、どうせ上司から『それは当部門の戦略にどう貢献できるのか』と指摘される。やりたいことなんてできない」とぼやいていた。
また、ある総合電機メーカーの研究員であるメンバーは「会社からは自由な発想を期待すると言われているが、提案すると『それで本当に売り上げが上がるのか』などと否定されてモチベーションが上がらない。本当は提案してほしくないのではないか」と、お怒り気味であった。
さて、皆さんはこの発言にどのような感想をもっただろうか。
メンバーの立場か上司の立場かで、この発言の受け止め方が変わるだろう。メンバーならば「そうそう、本当にそうだ」と共感するだろうし、上司ならば「そんな甘えたことをいうな」と思うかもしれない。
私の立場で解釈すると、上司は自分の立場で必要な質問をしたにすぎないのだが、メンバーはそれを否定と受け止めたということだ。これは単なるすれ違いであり、コミュニケーション不足が原因であると思う。
実際、リーダーやメンバーにこの原因を伝え、上司の希望や疑問も受け止めたうえで、自分たちの想いをもう少し具体化して伝えたらどうかと提案した。すると、少しの緊張しつつも、もう一度上司に自分の想いや企画案を伝えていた。一方、上司は「どんどんそういう提案をしてほしい」とウエルカムの姿勢を強く見せ、相手批判ではなく企画内容そのものに目が向いて建設的な議論ができるようになった。
「自分で考えてよい自由」に気づいていない現場
上記の例にかかわらず、メンバーは「自分で考えてもよい」ということに気づいていないと感じることが驚くほどある。
部品メーカーで若手開発メンバー向けのセルフマネジメント研修をしたときに、今後1週間の計画を自分で立ててみてくださいとお願いした。入社3年目のメンバーはほとんど立てることができなかった。難しいのかと尋ねると「上司が計画を立てるので自分では考えられない。来週、どんな仕事があるのかはわからない」と、とくに疑問を抱かずに答えた。
中には、「先輩と議論して、こうじゃないかと思って提案しても、先輩はいつも『そうじゃないんだよな~』って返してくる。答えがあるなら先に言ってほしい」と言うメンバーもいた。よくよく話を聞くと「先輩の持っている正解は、○○なのではないかと考えて、その○○を言っている」というのだ。実際には存在しない正解を当てにいっているのである。
私はこう伝えた。「先輩はたぶんそんなこと望んでいないし、正解があるわけでもないと思う。間違ってもいいから自分自身の思ったことを伝えた方が、自分の学びになる」
その後、そのメンバーは異動になり、先輩とのコミュニケーションをどう行ったかわからないが、しばらくして再会すると驚くほど自分の意見や考えを言うようになっていた。
管理職層からは「メンバーからの提案が少ない」という嘆きをよく聞く。コミュニケーションのすれ違い、業務のシステムや仕事に対する思い込みなど、目に見えない誰も意図していないことが、「提案してよい自由」を奪っていることに気がついていない。逆にそれに気づけば、実は自分が考えたり提案したりする自由はあるのだと感じられるのである。
自由に伴う混乱を現場もトップも受容する
管理職クラスになると「テーマ設定力」が問われてくる。そもそもなにに取り組むべきなのか、ということだ。上位から展開された計画をブレイクダウンすることはできるが、新しく課題を提案しろと言われても難しいという本音を漏らしてくれる部長もいる。実際のところ、「テーマ設定力」はベテラン、若手を問わず、やっかいな課題である。
ある部品会社では、若手層・中堅層・管理職層に分かれて、半年間すべて自由に動いてみるという活動を8期にわたり展開した。担当のコンサルタントにも「何も導かなくてよい」と言われ、当時の私はメンバーと一緒に、苦しみや楽しみを過ごす役割だった。
そこはトップダウンの強い風土であり、第1期の管理職層の「新商品提案」活動では、初回から落としどころを考え始め、「役員はきっとこういうことを望んでいるだろう」と、やはり正解探しに向かっていった。ただし、それでは何も変わらないわけで、最初の2カ月くらいはアイデアに収束が見えず、メンバーはみな不安だった。
しかし、もう手詰まりだという雰囲気になったら、「このテーマにしてみようよ」と誰かが突破口を切り開いてくれるものである。こうなるとさすが管理職層、テーマを具体化したり検証したりする行動を楽しく加速していった。私もホワイトボードにメンバーのイメージをいくつもの絵に描きながら、一緒に試行錯誤した楽しい思い出がある。
「テーマを決める」には、価値や技術など、ある程度押さえるべき基本的な考え方は存在するが、一番重要なのは「自分で決める」という怖さを克服することだ。
自分で決めるということは自分に対する責任を負うことになる。本当はもしテーマが的を射ていないことがわかったとしても、責められたり評価が下がったりということはまれなのだが、まじめな社員は自分で自分を責めてしまう。
しかし、その必要はないのだと気づけば、自分で決める自由が怖さから楽しさに変わってくる。実際、この会社の活動ではオーナーである役員も、どんな内容であれ否定したり厳しく追及したりすることはなかった。
また、中堅層の「技術戦略提案」活動では、ひたすら自分たちの興味のある領域を調べたり実験したりするだけで半年が終わった。具体的な提案はなかったものの、役員は次期研究テーマとしてメンバーをアサインしたのである。毎回の活動がすべて次につながったわけではないが、職場の雰囲気は明らかに「テーマ提案をしてもいい」という雰囲気に変わってきた。
このように、トップからのインプットはなく自由に活動してよい場のことを「サンドボックス」と言ったりする。サンドボックスの成否は、トップがうかつに指示や評価をせず、さまざまな意見を受け入れる寛容性で決まる。
管理職は時間という余裕だけではなく、イノベーションに取り組む「自由」をメンバーが感じているのかを点検してみるとよい。同時に、本当に「自由」にさせる寛容さを自らは備えているかを振り返ってほしい。
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