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イノベーション人材開発のススメ

第4回 イノベーションを妨げる自分自身への「思い込み」

大崎 真奈美

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知らないうちに持っている自分自身へ思い込み

「自分に対してどんな思い込みを持っているか」と尋ねられてもピンとこない人が大半だろう。それだけ日常的には意識しないことだが、実は思い込みは自分のパフォーマンスに大きな影響を与えている。

私が認知バイアスの存在を知ったのは、カウンセラーの修行をしていたときだ。たとえば、私自身には「受け取った恩は返さないと恩知らずと言われて嫌われる」という、自分自身に対しての思い込みがあったが、自覚はしていなかった。

また、それまで比較的、自分自身は誰に対しても思ったことを言葉にして伝えているつもりだったが、それでも「与えられた仕事を断る」ことに関連することだけはどうしても言えておらず、「断れない」ことを相手のせいにしていた。

何がやっかいなのかというと、相手は「事情があるなら『できない』と言ってくれてもいい」と思っているのに、私自身は「相手のせいで断れない」と思っているので、不信感につながり、業務への意欲が低下し、イノベーションなどなおさら、という認識につながっていってしまうのである(実際に、この時期は私の意欲はかなり低下していた)。

認知バイアスはイノベーションや組織変革の妨げに

このような自分自身への思い込みを「認知バイアス」という。認知バイアスはイノベーションや組織変革、メンバーの自律性の発揮にとって大きな妨げになっていることを話していこう。

「認知バイアス」というキーワードから、私はある企業の新事業企画の支援をしたときの社長プレゼンのシーンを思い出す。

新事業企画は部長含め、役員クラスをメンバーとした3人チームで取り組んでいた。定期的に企画の検討内容を社長にプレゼンするのだが、誰もが社長に反論や意見を言うことができないのである。

それは私も同じで、まだ若かった私が唯一言えたのは「この場は批判の場ではなく、アイデアを言い合う場にしませんか」ということだけだった。もちろん、意見が何もないわけではなく、人前では言えなくなるのである。

「認知バイアス」という概念を知ってから、「人前で意見を言えない」というのは「恥ずかしい思いをしたくない」「変なことを言っていると思われたくない」と無意識のうちに思い込んでいるからだ。その根底には「目上の人には意見を言ったら嫌われる」という認知バイアスがあるからではないか、という仮説を立てられるようになった。

ささいなことに思えるかもしれないが、この「認知バイアス」はイノベーションの大きな妨げになっている。

ある会社では「詳しい知識がないと話してはいけない」と思い込んでいる社員がいた。「社内でナンバーワンの専門家にならなければならない」という意気込みは自己研さん意欲の加速にはなるが、他者に対して知識を共有するときに戸惑いを覚えるようだ。

「関連部門に迷惑をかけてはいけない」という思いは、日常業務をスムーズに回すための気遣いにはつながる。しかし、現在の常識にはない新しい提案をする際に、「新しい提案をしたら迷惑をかける。こんな提案をしたら嫌われてしまう」という思いから、まず自分の中で抵抗感が生まれてしまう。

やっかいなことに、この認知バイアスは本人も周りも気がつかないことが多い。意欲はあるのになぜイノベーションが進まないのだろうかと悩み、原因がわからないまま、「モチベーションの向上」「知識の獲得」に走ってしまうのである。

一方で、イノベーション推進に抵抗がなく、自分のやりたいことを追求する姿勢がずば抜けて強く、「迷惑をかける」「嫌われる」という思い込みが極めて少ない人もいる。こうした人は世の中でもごく少数だが、その人は認知バイアスに苦しむイメージを持てないため、共感を得にくい。これはこれでやっかいなことである。実際、発明家といわれるある企業の役員に認知バイアスの話をしたときに、「自分とはかけ離れ過ぎて何も言えない」と言っていた(もちろんそうでない人もいる)。

認知バイアスに気づくだけで行動が変わる

認知バイアスはその存在自体、企業の中ではまだあまり注目されていないが、自分の認知バイアスに気づくとすぐに行動を変えられることもある。

たとえば、「もし自分の意見がすべったらばかにされそう」と怖がっている人に、「あなたが逆の立場だったらばかにするの?」と聞くと、そんなことはないと気づいてはっとする。そこで少し勇気をもって、自分の意見を言ってみようかとチャレンジしてみる。すると、ばかにされるどころか、なるほどと言われることもある。こうなれば「自分の意見を言ってもいいのだ」と自分に許可を出せるわけである。

イノベーションや組織変革というのは、これまでの常識を変えていくものだから、どうしても周囲からの共感が得られにくいし「抵抗勢力」の存在を感じてしまう。

人間はやはり嫌われたくはないから、「嫌われる」と感じてしまう可能性のあるイノベーションや組織変革には尻込みをする。しかし、実際には「嫌われる」と思っているのは自分だけであり、反対はされても別に嫌われているわけではない、ということに気がつくと気が楽になり、行動に移せるものである。

イノベーションを左右する「自覚のない存在」

このコラムでは第1回から第4回にかけて、個人の内面に強くフォーカスをあてて、イノベーションや変革を促進したり妨害したりする要因について語ってきた。

「やりたいこと」「自由の実感」「アイデンティティ」「認知バイアス」。これらはすべて、個人的なことであり、また人生全体に影響を与えることでもある。それでいて、自覚すら難しいことであるため、おそらく、これまで企業のマネジメントの中でも注目されてきていない。

これら自覚のない存在に自覚を促し、自律性を発揮させるといっても、それがいつ花開くかわからないし、会社の経営にどう影響するのかも予測できないというのが正直なところだ。

しかし、18年間イノベーションの促進にかかわってきて、手法や考え方、組織論は発達するのにそれでもうまくいかないとするならば、その要因は「自覚のない存在」にあるというのが私の今の結論だ。

能力強化と違って「気づけばすぐに変われる」という可能性も秘めているし、事業環境が変わっても、自分の自律性の発揮の仕方が身についていれば、その都度、活躍の仕方を自分で切り開いていくことができる。

ぜひ、イノベーションマネジメントのひとつの手段として、自覚のない存在への着目に想いを巡らせてみてほしい。

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