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イノベーション人材開発のススメ

第6回 イノベーション人材が育つ組織的条件とは

大崎 真奈美

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今回で第6回となる本コラムだが、「イノベーション」について「前例がない」「常識を変える」「あらゆる業務において必要な要素」といったことを繰り返し伝えてきた。そのため、イノベーション人材の育成のチャンスはすべての社員に与えるべきであると考える。実際にそれに共感するクライアント企業では、事業部の人材育成計画に、イノベーション人材開発の要素を織り込んで実施している。

 今回のコラムでは、私自身の経験から感じる「イノベーション人材が育ちやすい組織」の前提を4つ紹介したい。

前提1:心理的安全性の確保

 先日、同僚とこのような話をした。同僚は、ある企業でイノベー
ション人材開発の研修を担当しているのだが、「相手を否定しないワイガヤの組織風土があるので研修がしやすい」と言う。

 イノベーション人材は大小問わずチャレンジをする。それに対して、否定をしたり相手をさげすむような関係性があると、イノベーション人材が育ちにくい。本当に自分軸で動けるようになるまでには時間がかかるし、そこに至る前には周囲から応援する雰囲気があった方が望ましい。昨今当たり前に言われるような「心理的安全性」がベースにあった方がよい。

前提2:対話の多さ

 心理的安全性と合わせていまや至極当然となっている「対話」の重要性だが、イノベーションにおいても同様に重要だ。とくに、トップのメッセージを正しく理解するために、メンバー・上司双方の対話の努力は欠かせない。

 トップにとっては新製品だけではなく現製品の収益改善も重要な任務である。ときには、「間接費を見えるようにして無駄な工数を減らすように」と言ったメッセージを出さなければならないこともある。ところがメンバーは「イノベーションのための、成果がでるかどうかわからない調査は無駄な工数なのか」と受け取り、不満が生まれてしまうことがある。

 中間管理職は仲立ちをして、トップのメッセージを適切に現場に伝えてあげてほしいと思う。

前提3:管理職が自分を見つめているか

 管理職自身が「自分のことをどういう存在だと思っているか」は、イノベーション人材の成長に影響を与える。組織的な活動ののちに「自分の振り返りをしてください」とお願いをするのだが、管理職の場合「自分」のことを話す人と、自分の「組織」のことを話す人に分かれる。

 たとえば、前者だと「『自分は』今まで、他人を変えようとしていたが、自分から変わらないといけないと気づいた」といった振り返りがある。後者だと「『この部』はワイガヤができるようになった」などである。どちらの管理職の方が、組織に対して影響を与えやすいと思われるだろうか。

 先日、ある企業の組織風土活性化活動の中で、これまで「組織」について振り返りをしていた部長が「自分」に対して振り返りを始めた。それをきっかけに、多くの部下が部長に対しての信頼感を高めて「部内で力を合わせて課題解決をしていこう」という雰囲気が生まれた。部下からすれば振り返りの対象が組織だと、いつでも評価をされているような気分になり「メンバーばっかり振り返れと言われているけれど、部長は自分のことを変えようとしていない」と見えてしまうのである。それが、部長も自分たちと同じように自らを変えようとしている姿を見ると、大きな共感が生まれやすくなるのである。

 イノベーション人材育成も同様に「部下や若手が対象」と思わず、管理職自らがイノベーション人材に変化したいと思っているか、そこに自らの時間を投資する覚悟があると、周囲の人材も変化しやすいのである。部下やメンバーばかりの変化を求めていると、イノベーション人材は育ちにくい。

前提4:謙虚さと「本当の」自信

 先日、機械系メーカーにおいてR&Dの組織風土活性化活動の発表会があった。元々、「自らの提案がない」「活気がない」というトップの問題意識があり、たしかにこちらから見ても活気があるとは言い難い雰囲気だった。そこで、「職場横断チーム4名程度で、何でもいいから好きなことをやろう。ただし、未知のチャレンジをすること。砂場で遊ぶように、自由に試行錯誤しながら活動しよう。」という取り組みをした。

 発表会では活動の対象となった30代の技術者・研究者たちが実にイキイキと発表され、聞いている上司や役員も、想像の斜め上を行く提案に、知的刺激を受けているようだった。組織風土を変えるのには時間がかかるが、この職場が持っていた創造性のポテンシャルを感じた瞬間だった。この職場のよさは、すぐに仲間を作って巻き込もうとする動きである。これは自分たちが謙虚でなければできない。企業によっては、プライドや上手くいかないリスクが邪魔をして、仲間づくりができないことがある。一方で、この職場からは自信のなさも見え隠れしていた。

 せっかくチャレンジをし、目に見える成果が生まれなくても、この会社のR&Dに対して確かに今までとは違う道を切り開いているし、自分たちは大いにチャレンジを楽しんだはずである。にもかかわらず、「もう少しこうしておけばよかったかも」といった振り返り内容が多い。そして、R&D全体への提案に二の足を踏むのである。日ごろのR&D活動においても、今一つ自信を持ちきれないでいたのではないか。私はある師匠に「自分の自信を成果に依存させてはならない。うまくいかないこともあるが、自分なりに真摯に考え最善をつくしたのであれば、何があっても自分は大丈夫だと思えることが、本当の自信だ」と教えられて、膝を打った。そもそもR&D活動やその中での自分の貢献を測ることは難しい。イノベーションにおいてはとくにそうだ。だからこそ、仲間を頼れる謙虚さと合わせて、自分自身の最善について自信を持ってほしいと伝えた。

  以上、「イノベーション人材が育つ組織」4つの前提についてお伝えした。イノベーション人材育成は個人の成長を促すものではあるが、より一層多くの人が挑戦できるようになるためには、今回ご紹介した組織の風土・クセのようなものも見つめていきたい。

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