イノベーション人材開発のススメ
第5回 イノベーションの前に「ビジネスの基本」を
大崎 真奈美
ビジネスの課題設定ができない現場
今回から現場を率いる管理職(課長~部長)の振る舞いについて語る。私はコンサルタントとしてイノベーション創出を支援しているが、一方で現場活性化の支援も多い。そこで今回はいったん「イノベーション」というキーワードは横において、日常の業務に焦点を当てたい。
普段の支援の中で、当たり前と思うことが当たり前に理解されていない現場を目の当たりにすることがある。たとえばコーポレートの技術開発においては、魅力的なテーマが設定されていないにもかかわらず、「顧客ニーズ(後工程含む)を理解する」という課題が上がってこない。管理職であれば「顧客ニーズを理解し続けられる『仕組みをつくる』」などの課題を設定して取り組んでほしいものだが、「情報収集が足りない」「目標設定があいまい」という課題が多く上がる。
あるシステム開発のクライアントに「自分たちの職場は風通しもよく最高だと」自負しているチームがあった。たしかに風通しは良かったが、「自分たちのビジネス上の課題は何か」と問いかけると、リーダーであっても答えることができない。与えられた仕事や案件、テーマを回していくことに慣れすぎてしまっており、課題設定がうまくできないのである。
いずれのチームに対しても、ビジネスの基本は「マーケティング」と「イノベーション」だと伝えると、3秒後にハッとした顔になり、課題設定が進むようになる。
私自身も「イノベーション」「自律性」がテーマであるため、ビジネスの基本ということを意識的に伝える機会があまりなかった。改めてお客さまに伝えてみて、もしかして昨今の現場にはこの基本が欠けているのではないかと危惧している。
イノベーションは特別なことではない
「ビジネスはマーケティンとイノベーション」という経営学者ドラッガーの言葉にあるように、もともとは「イノベーション」ということは特別なときに起こすものではなく、ビジネスを構成する基本要素である。イノベーションの結果、新事業が生まれたり、新商品が生まれたり、技術が生まれたり、新しいプロセスが生まれたりすることを考えても、やはり特別なことではない。
しかしながらこの10年を振り返ると、「効率化」や「生産性向上」が喧伝され、今のやり方はそのままにして、スピードを上げる、確実にやり遂げるなど、オペレーション上の効果を強化しすぎたきらいがある。このため、失敗のリスクをはらむイノベーションに、誰もチャレンジしなくなっているといえる。見方を変えれば、本来イノベーションは日々のビジネスを構成する要素のはずなのに、それを怠っていることになる。新事業を生み出すどころか、日常の業務の質も下がってきたのだ。それは恐ろしいことである。
最近「両利きの経営」という考え方がクライアントに広まってきており、支持もされている。しかしながら、既存事業と新事業創出を分けるリスクも生じる。すなわち、前述した「既存事業でのビジネスの基本」が欠けていくことである。ビジネスの基本があって初めて両利きが成り立つ。
実際、あるクライアントでは研究者が「新事業」というほどのインパクトはないが、新カテゴリー創出をねらった商品化アイデアを立てた。しかしながら、既存事業の組織の中では「イノベーション」を促進する仕組みがない。一方で、それとは別に「イノベーションは新事業開発室へ」とでもいうように、新しい組織ができあがる。しかしそこでは「既存事業のものは既存事業組織で」と跳ね返されてしまう。既存事業を拡張するイノベーションが生み出されにくくなっている。
戦略があってこその現場提案
先のクライアントでは「新事業でなくてもいいから、研究開発現場から新商品のアイデアを創出し、上市に結びつけたい」というので、まずは担当者のヒアリングを行った。聞けば、現場からのアイデア提案自体はなされているが、上位層の誰も判断ができずに流されてしまう状況が常態化しているようだった。
私自身、16年間研究開発領域の提案力強化に携わっているが、この間にもクライアントの状況に違いが生まれているように感じる。かつては「MOT」や「CRM」が普及していたこともあって、論理的に考えられたマーケットコンセプトや技術戦略が曲がりなりにも存在していた。しかし、最近はそうした会社全体の戦略がない中で「現場からの提案」を要求するマネジメント層に出会うことが増えた。
たまたま私の出会いがそうなだけなのかもしれないが、先が読めないVUCAの時代の中、戦略の意味を見出されなくなっているものと推測される。とはいえ「会社としてどうしたいのか・どうすべきなのか」がないことには、現場の提案を判断できるわけがないのである。「これは既存戦略に乗っているから○○事業部で判断する」とか「どこの戦略にも当てはまらない斬新なものだけど、まだ具体性にかけるから泳がしておこう」といった議論ができない。結果、自分が出した現場の提案がなぜ判断されないのかがわからないままだ。
おそらく「自分が決めたら、メンバーはやらされ感になってしまう。メンバーが決めたことをやったほうがいい」という意見の管理職もいるだろう。たしかに組織マネジメント上そういう局面もある。しかし、少なくともメンバーに対して適切な支援ができる自分なりの戦略イメージは持ってほしい。
管理職はビジネスリーダーになれ
管理職になると実験などの実務をやらなくなるケースが多いが、メンバーの管理に重きを置くべきだとは誰が言い始めたのだろうか。
イノベーションや新価値を生み出すときには、仕組みの前に良いアイデア、良いビジネスパートナーが必要である。もちろん、担当者レベルでも学会などに出かけて外部交流することは可能だし、今の実務は担当者が望ましいこともある。しかし、管理職はさらに高い視座でビジネスチャンス創出のための動きをとってほしい。もちろん、イノベーションや新しい価値創出のための仕組みづくりも大事な仕事だが、新規参入してきそうな業界と交流したり、市場のシンポジウムなどに自ら出かけたりしてチャネルを構築していくことも大事な仕事である。
“イノベーション人材開発“は決して担当者のためにあるものではない。管理職こそ自らの意識や行動を正すべきである。内向き行動を外向きに、やらせる前に自ら管理職としての責務を果たすことを振り返ってほしい。
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