サステナビリティ経営課題実態調査で見えたこと
実態調査から見える10年後も通用する企業の特徴とは
- SX/サステブル経営推進
青木 麻衣
今回のコラムでは、前回ご紹介したJMA三社グループ合同の『サステナビリティ経営課題実態調査』について、具体的に中身を見ていこう。それと合わせ、今回の調査結果から見える、企業が実現すべき「シン・市民主義経営」についても解説する。
90年代に提唱された「市民主義経営」
突然だが、みなさんは「市民主義経営」をご存じだろうか。
1990年7月、社団法人日本能率協会により『市民主義経営の提唱』が発信され、のちに書籍化もされた。ここで言う市民とは、顧客、従業員、協力者の人々、株主ならびにその他融資者、影響圏の人々、その他一般社会の人々、すべてを指し、つまりは現在でいうステークホルダーにあたる。
当時、日本のGDPは世界ランク2位、世界時価総額ランキング上位の大半を日本企業が占め、国外の土地や企業買収を繰り返すなど、強すぎる日本企業や産業が注目されていた。そんな中で、「市民主義経営」は、日本企業が謙虚に社会のためになるように向かっていくべき、という方向性を訴えたものである。
ここでのポイントは現代のサステナビリティへの対応においても十分な価値のある提言だったという点だ。「市民主義経営」では、これからの経営の方向(コンセプト)として4点あげられている。
1点目は、「企業経営でもっとも重視すべきは新しい価値の創造である」という点だ。企業は模倣を廃し、独創力を高めることで、新しい価値を創造して社会の発展に寄与すべきである、と述べられている。
2点目は、「企業は世界のあらゆる地域の市民から歓迎されることを目指すべきである」である。大切にすべき企業の姿勢として「世界化」と述べられている。これは、活動を世界に広めることではない。世界に広めることだけでなく、企業の人々が世界に通用する考えや行動を身につけて、いつも世界を意識していることを指す。
3点目は、「企業は市民によって支持されなければならない」。顧客や従業員だけでなく、何より支持を得なければならないのは、個々の市民、特に生活者としての市民だと言う。
最後に、「企業は単に産物の供給者ではなく文化の発信者であるべきである」と述べる。経済活動だけでなく、その企業独自の理念に基づき、幅広く社会貢献を行うべきであるということである。
時代背景は異なるものの、市民主義経営の4つの方向は、現代にも通じる考え方だと言える。
調査結果から見るサステナビリティ経営先進企業
上記のグラフは、「現在の貴社の主要な事業の進め方が10年後も通用すると考えるか」という設問の回答結果である。主要事業の今後の見通しについて「10年後も通用する」企業と言えると回答した企業は、全体の21.3%(202社中43社)の企業にとどまる。
時価総額平均とのクロス分析を行った結果、これら企業はそうでない企業に比べて時価総額が高いことが分かった。われわれは、「10年後も通用する」と回答した企業は、長期的視点で経営を行っており、「サステナビリティ経営の先進企業」だと特徴づけた。
「10年後も通用する」サステナビリティ経営先進企業とそうではない企業で設問全体をクロス分析した結果が、下記である。
まとめると、外部や社会の目線を持ちながら、経営層が本気になり、グループとして存在価値を再検討し、社会課題の解決と自社の提供価値強化につながる具体的な事業を、外部と連携しながら推進できている。
それにより、社員が自社の未来に明るい展望を描けている。つまり、自社が新しい社会像を描くという思いでサステナビリティを経営革新の好機ととらえ、主体的・具体的に取り組むことで社員が自信を持ち、さらなる将来展望が開けていくのである。
今、日本企業が目指すべき「シン・市民主義経営」とは
前述のサステナビリティ経営の特徴について、サステナビリティ経営に向けた実現アプローチとして整理・集約したものが下記の図である。実現アプローチは4点に集約された。
①「社員の参画機会の創出と当事者意識の醸成」
サステナビリティ経営について、そもそも経営層の認識がない・薄いことが多々ある。まずは経営層が当事者意識を持ち、その思いを従業員にしっかりと伝えていくことが重要である。
その上で、社会課題解決に関連した活動に対する参画機会を創り、実行することで、従業員の当事者意識の向上と課題解決を図っていくことがポイントとなる。経営層から従業員一人ひとりに至るまで自社が目指す姿が浸透することで、サステナビリティ経営実現の価値についての共通認識が醸成され、SX推進の指針となり、原動力となる。
②「自社らしさの追求」
まず、自らが、社会課題が解決された新たな未来を切り開くことを目指して、「自社(グループ)らしさ」があふれる理念・パーパス・ビジョン・戦略を再度考えることが重要である。
自社のDNA・強みと未来予測に基づき、自社の製品・サービスが実現する新しい未来像を考える。なぜ自社がこの課題解決を目指すのか、なぜこの事業に取り組むのかが、腹落ちできるものになっているかが重要である。
③「現場実態に根差した“一挙両立”テーマの設定」
事業への危機意識が大きい、または、事業創造・開発が強みだが活かしきれていないなど、経営層と現場でギャップが生じてはいないだろうか。ギャップ解消のためには、経営層が掛け声を発信するだけではなく、現場の実態・問題点を把握することが重要である。
それでこそ、現場課題の解決とサステナビリティ経営実現の課題解決を同時に取り組むための“一挙両立”のテーマ設定が可能となる。例えば、現場の生産性の低さや設備の老朽化対策は、CO2排出削減のチャンスとなり、あらたな事業の柱の創出に向けた、自社技術による社会課題解決商品の開発は自社の理念・パーパス実現のための大きな武器になり得る。
企業においてもっとも重要な、新しい価値の創造のキーワードは“一挙両立”なのである。
④「外部との積極的な連携と人材育成を可能にする企業文化づくり」
推進できる人材・文化がなければサステナビリティ経営に取り組むことはできない。実現のために、自前主義にこだわらず、ガバナンス面においても、事業推進面においても、人材育成面においても、外部からの刺激を受けながら、経営を実践する。それにより、新しい価値創出につなげていくことが必要である。
日本企業がもともと持っている現場力・チーム力のさらなる強化のために、一人ひとりに向きあうコミュニケーションや職位・経験・部門・社内外などの立場の違いを超えて、建設的に議論し、あらたな価値を受け入れる企業文化づくりが重要だ。
そして、上記4点こそ、今回提唱した「シン・市民主義経営」の4つのコンセプトである。
先に挙げた市民主義経営の「4つの方向=新しい価値の創造」「市民から歓迎される」「市民から指示される」「文化の発信者」とともに、新たに加わった4つのコンセプトについて今一度しっかりと考えて取り組んでいただくことが、サステナビリティ経営の実践にもっとも大切であるとわれわれは考える。
それにより、生活の豊かさ・利便性などの価値は維持・向上した上で、それを生産性高く実現し、社会課題と企業課題の同時解決を実現する。こうした日本発のモデルが、世界の共感を呼び、日本らしい「シン・市民主義経営」の発信によって、世界をリードすることができるのではないだろうか。
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